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善悪の彼岸








 さして大きくもない川に浮かぶ小船。その心もとない小船に乗っている自分。
 小船はゆらゆらと揺らぐだけでどうする事も出来ない。
 こぐための艪もなく、ただただ風任せ。
“どうしてここにいるのだろう”と思いつつも、積極的に何かを考える気にもなれず、かといってこのままでいるつもりもないので、たどり着くための岸を探す。
 薄暗く見通しの悪い岸には多くの人影がある。が、なぜか人の気配がしない。

──三途の川?

 ふと、そんな事を思う。三途の川ならば、渡る気はしない。思い残す事、やり残した事がまだまだある。
 反対側‥‥対岸に眼をやる。
 最初に見た側がもし死者の岸ならば、対岸は生者の岸だろう。
そちらに自分を呼ぶ者が、呼び戻す者がいるだろうと、そう思い。
 だが、そこには誰も立ってはおらず、待ってはおらず。
「‥‥小十郎?」
 不思議そうに、彼は呟く。
 岸にいない、待ってもいない者の名を。





 ゆっくりと、政宗は目蓋を開ける。
 日の光が、障子の紙越しに柔らかく差し込む。もう朝なのだろう。
 起こしに来る者がいなかったせいではないが、少し寝入り過ぎ、妙な夢を見てしまった。
 内容は覚えていないが、あまりよくなかった雰囲気だけ覚えている。言いようのない焦りが残像のように胸に残って‥‥。
 お盆が近いという、時期的なせいもあるだろうか。
 寝汗で、布団代わりにかけられていた麻の上掛けが身体に絡みつく。何も着ていないせいだろう。そしてこの気持ちの悪さも夢見の悪さの要因である気がする。
 身を起こし、記憶を辿る。夢ではなく、眠りに陥る前の。正気であった部分を。
 だが、正気な部分を思い起こす事が難しいほど昨日の、病的な情事の時間ばかりが思い起こされた。
 思い起こされるのは、貪り・弄び続けられる己の意識と身体ばかり。
 ため息が出る。
 それを自らが望んでいたとはいえ、正直、あそこまでいいように扱われるとは思っていなかった。
 幼い頃に経験した‥‥無知なまま抱かれた、あれから十年近く経つというのに、形勢はまったく変わらなかった。どころか、いいように攻められ追われ、途中、身体だけではなく犯され続ける意識に、拷問かという思いがうっすらと頭を過ぎるほど、途絶えない快楽になすすべがなかった。
 初めてあの男の身体の重みを知った時のように、すがった。
 片倉小十郎という男の。
「‥‥」
 慣れた手だった。政宗のどこを触れればよいか、よく知っている手だった。
 不慣れな手だった。政宗の身体のつくりを丁寧に確認してゆくような。
 そして繊細に追い続ける意識とは逆に、行動は荒かった。
 この関係を反故するつもりもないというのに、政宗の息をまず上げさせ、自由に制限をかけ、逃げないように、暴れないようにといった風に手首を床に押し付けた。何度覆いかぶされ、何度羽交い絞めにされた事か。
 思い出しただけで、首筋の後ろにぞくりと何かが走る。
 自分は間違いなく男だ。だがこれ以上なく求められ、気分が悪いはずがない。それ程、自分が小十郎にとってどうする事も出来ない存在だという事実が、どうしようのない甘美な悦だ。
 ただ、問題がある。
 小十郎と結ぶ関係は、楽しむという気楽なソレではないという事。
 まるで最後といわんばかりに自分を食い尽くそうとする行動は、自重すべきだと感じ取れる。
 簡単に言ってしまえば、溺れる。
 自分も、小十郎も。
 だからこそ幼少期、一時の間、抱く事によってこの身体と意識を保たせていたにもかかわらず、プツリと触れなくなったのだろう。無知な幼子ではこの危険性は感じ取れない。ただ溺れる。小十郎はそれを避けたのだ。
 そしてもう一つの問題は、この事実だ。
 小十郎から得られる、拷問のような快楽は、彼の心を映している気がしてならなかった。
 政宗とて解っている。小十郎は稚児や伽女ではない。重臣──傅役なのだ。それが君主に手を出すなど大罪。
 たとえそれを政宗が望んでいたとしても、認めたとしても、誰かが罪として問う事がなかったとしても、道の外れた事なのだ。
 それは小十郎の中で延々と思い悩み、繰り返されるのだろう。
抑えられない想いや快楽と供に来る拷問のように。
 上掛けを握り、そのまま起こした身体を又パタリと寝所に転がす。
 少なからず、小十郎のせいではない。
 自らが望んだことだ。
 あの心が欲しいと、身体が欲しいと、思っていたのは自分だ。
 むしろ自分さえ望まなければ、過去の事は封印するべき汚点として小十郎の中で処理できていたかもしれないのだ。
 その思いを、掘り起こしたのは自分──
 だから。
 だから、自身から得れるものがあるなら得て欲しい。奪えるものがあるなら奪って欲しい。
 己から、手放す気はさらさら無い。
 小十郎の身体も心も、

「竜の右目は、竜のもんだ‥‥」






 櫓のない小船。
 どちらも、見覚えの無い岸。待つ者の居ない岸。それでも、いつかは‥‥
「小十郎‥‥?」
 どちらの岸にも居ない者の名を、もう一度呟く。
「──どうか致しましたか?」
 先ほどまで、自分一人しか乗っていないと思われた小船に、小十郎が乗っていた。
 しかも艪を持って。
「居たのか」
 小十郎はにっこりと微笑む。
「右目を置いて外を見聞ですか?」
「別にそういう訳じゃねーけが」
「さて‥‥どちらに向かわれるおつもりで?」
 艪を持ち、小十郎は問うてくる。
 先刻まで、どちらかの岸にたどり着かなければと思っていたが、無理にたどり着く意味が解らなくなった。むしろ、川に出ている方が両岸の違いがよく見えるもの。それから、岸にたどり着けばいい。
 政宗は応えて微笑む。
「このまま川を下るか。無理からどこかにたどり着く必要はねぇだろう。」
「承知。」
 返答し、小十郎は政宗を乗せ、舟を漕ぎ出す。
 たどり着くのは、もう少し先でいい。