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「……巫女はばあちゃんで、僕はばあちゃんにここへ送られた。」

僕はやっとそれだけを告げる。

「だが、その獅巫石は?それは巫女の証であろう?」

……以前僕がここに来た時、シコウはこの石を見て何か考え事を していた。
きっとシコウは獅巫石の意味を知っていて、僕を巫女だと 思ったのだろう。


「確かに巫女の証だけど、これはばあちゃんからもらったんだ。
 僕がここに来る為に必要だから。」

「では、お前は巫女ではないのに、何故ここに来る必要がある?」

シコウはまだ僕を睨みつけたまま。
でも赤く爛々と光るその瞳の奥に、何かに怯えるシコウの心が 見える。
こんなに恐ろしくて強いシコウが、一体何に怯えているの?


「僕はこの世界に伝えなければならない事がある。
 だからそれを伝える為に戻ってきた。」

「……何を?」

僕は恐れる事無くシコウの目を見詰め返した。

「琴の旋律を。
 僕がそれを伝えなければ、ばあちゃんがこの世界を救えない。」


シコウが一瞬考え込む。僕は言葉を続けた。

「ばあちゃんは未来のこの世界に召喚されて、ここを救うんだ。
 でもその時に僕がこれから伝える琴の旋律がないと
 ばあちゃんを召喚できないって言ってた。」

「……お前が以前琴を弾いた時、側に感じた気配が
 祖母殿なのだろう?
 お前は祖母殿と話をしたのか?」

やっぱりあの時シコウはばあちゃんの気配に気付いてたんだ。

「うん。ここに来る直前に。」

そして僕はばあちゃんから聞いた話を掻い摘んで話した。


シコウはしばらく考え込んだ後、ゆっくり口を開いた。

「……お前の役目はわかった。
 だが琴の旋律を伝え終わってからまた自分の世界に戻るのだろう?
 ではお前がいる間の生活も食べ物も以前と同様保障しよう。
 オウウンなり他の鬼なりにそれを伝え、早々に自分の世界に
 戻るが良い。
 役目、ご苦労。」

そう言って顔を逸らされた。

……やっぱりまた嫌がられちゃったのかな……

覚悟していた事とは言え、やっぱり辛かった。
でも、ふとシコウを見ると……


僕から顔を逸らした後、下を向いてしまったシコウの表情は わからない。
でも、先程から膝の上で握り締められているその両手は微かに ブルブルと震え、その鋭い爪が食い込んだ掌から流れ落ちた血が、 真っ白な衣装を汚していた。
そしてそのオーラが以前見た事があるように、炎のように 立ち昇っている。

……もしかして……?


「……シコウ、僕はもう帰らないんだ。」

静かに告げた。
すると、ハッとしたようにシコウが顔を上げる。
僕のその言葉に、先程の怯えの色が薄くなり、 少し明るい光が見えている気がする。

恐ろしくて強い鬼神のシコウがこんな表情をするなんて……

その目を見て確信した。


「僕がここに残るのは、確かにそれが僕の使命だからでもある。
 でもね……」

僕はゆっくりとシコウに近付く。

「シコウは僕の思いを勘違いだって言ったけど、
 僕は自分の世界に帰されてからもシコウを忘れられなかった。
 他の人と付き合ってもみたけど、やっぱりシコウがずっと心の中に
 いたよ。」

僕は血を流している両手を持ち上げて手を開かせると、 ゆっくりとその血を舐め取った。
少し鉄の味がして、鬼神も僕と同じ血の味なんだと少し意外に思う。
でもきっとこれは、シコウが僕との別れを怖れて流してくれた血だと 思っても…間違いないよね?

「……シコウに勘違いだと言われても迷惑だと言われても、
 もう僕は帰らない。
 だって僕はシコウと一緒にいる為に戻ってきたんだから。」

シコウに微笑みかける。

「やっぱり、僕はシコウが好き……」

そう言ってシコウの両手に口付け、 ここに来てからずっと我慢していた涙を一粒ポロリと零した……



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