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以前僕が使わせてもらっていた部屋に、僕達は向かい合わせに 座っていた。
相変わらず、青い鬼火とパチパチと燃える篝火の光だけしか届かない 薄暗い部屋の中、胡坐をかき真っ白な古代衣装を着て、 腕を組みながら目を閉じているシコウと、 あんな荘厳な場所に出現しておきながら、 よれよれのTシャツにジャージのハーフパンツという情けない格好で 正座をして下を向く僕。


……祭祀の最中に僕が行く事はわかってたけど、 まさかあの獅紋鏡の場所が祀られてるとは思わなかった。
こんな事ならもう少しましな格好に着替えてくれば良かったな。
ばあちゃんも教えてくれればいいのに……

何だか悪戯好きのばあちゃんがほくそえんでいる顔が見えるようだ。


そんな事を考えながらそっとシコウの様子を窺う。
一瞬しか見れなかった角は消えていたが、 記憶通りの真っ赤な長い髪に少し尖った耳。
今まで見た事がないから多分正装用なんだろうけど、 獅紋鏡を小さくしたような銀色の額飾りをつけ、 口紅をつけている訳でもないのに真っ赤な唇は硬く閉ざされている。

そして僕が何よりもう一度見たいと願っていた攣り上がり気味の目は、 何かに堪えるかの様にギュッと閉じられ、眉間に皺が寄っていた。

僕が覚えている通りの、僕があんなに好きだったシコウ……

思わず涙が零れそうになるが、僕の気持ちが迷惑だと言った シコウに、もう二度と好きな素振りを見せてはいけない事を 思い出して、パチパチと瞬きをしながら誤魔化した。


「……その後、息災に暮らしていたか?」

ゆっくり目を開けたシコウは、僕の覚えている通り 畏怖の念を抱かずにはいられないその真っ赤な攣り上がった目で、 真っ直ぐに僕を見る。

……本物のシコウの目だ……

夢に見ては、目が覚めた時にそれが夢だった事に気付いて、 辛さのあまり何度も何度も涙を流してきた。
でもこれは夢なんかじゃなく、本当に本物のシコウの目だ。

……泣いちゃいけない。

言葉を発するとそのまま涙が溢れそうになるので、 僕はシコウの目をしっかり見返して、うん、と頷いた。

「髪が伸びたな……少し…痩せた、か……」

ゆっくりと僕の顔に手を伸ばし、 その真っ赤な尖った爪でそっと僕の頬を一度だけなぞる。
8ヶ月前、僕の肩に刻まれた爪痕。
このままずっと残ってくれればいいとの願いも空しく、 2週間ほどで消えてしまった。


シコウはその手を自分の膝に戻し、僕が見ていてもわかる程 強く握り締める。

「……何故、お前は又ここに来た?」

下を向き、低い声でそう呟いた。

……空気が一変する。

以前よく感じたピリピリという緊張感が辺りを包み、 シコウの体からあの赤いオーラが立ち昇り始めた。
そして不意に顔を上げ、僕を睨み上げる。

「お前はやはり巫女なのか……?」

それまでその目に捕らえられた様に瞬き一つ出来なかった僕は、 ゴクッと唾を飲み込んだ後、そのままゆっくりと顔を横に振った。