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 ひときわ大きな咀嚼音。そして、すっかり聞き慣れた衣擦れの音。
「もういいぜ」
 声を掛けられ、アデューがおそるおそる目を開けると──、サルトビは人に弱さを見せない普段の佇まいに戻っていた。
 だから、アデューも普段の態度に戻る。
「ゆっくり食べろとは言ったけど、今度はのんびりしすぎだよ〜。腕がしびれちまったぜ?」
「普段あんなデカイ剣を振り回してる奴が、なに言ってんだ。いい鍛錬になっただろ?」
 いつもと変わらない軽口の応酬。やっぱり、自分たちにはこういう雰囲気の方が似合う。
「もう麺が伸びちまってるぞ。テメェもさっさと食っちまえ」
「わぁ、本当だ! 汁がだいぶ減ってる〜!」
 アデューは慌てて蕎麦を口に運んだ。サルトビの言うとおり、最初はかなりコシのあった麺が、すっかりふやけてしまっている。
「細くて長いから人生に似てる、かぁ……。こうしてふやけちゃうと、別のものにも似てるな」
「ん? なんだ?」
 アデューは満面の笑みで答える。
「細くて長かったり、太くて短かったり、ふやけたりするものって言ったら一つしかないだろ?
 うんこ!」



 厨房と客間を忙しく行き来していた若い仲居は、ふと足を止めた。
「番頭さん、今、除夜の鐘が聞こえませんでしたか?」
 帳簿を捲っていた番頭も手を止め、大陸式の掛け時計に目をやる。
「空耳じゃないかい? 除夜の鐘が鳴り出すにはまだ早いよ」
「そうですか……。ゴーン!って聞こえたと思ったんだけどなぁ」
 仲居は中庭に通じる障子戸を開け、もう一度耳をすませてみた。
 飛び込んできたのは遠くの寺からの鐘の音ではなく、二階の客間からの怒声。
「く〜、イッテェ〜〜!! お膳の角で殴ることないだろっ、サルトビ〜!!」
「飯時に糞の話をすんじゃねぇよ! この大馬鹿野郎!!」
 その後、仲居は喧嘩の仲裁に駆り出され、本当の除夜の鐘を聞き逃したという――。

                                    −了−

 (2004/9/11 up)
 (2009/11/30 旧サイト版から色々と修正)
 (2017/10/9 2頁の一部表現を微修正)

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