1頁<2頁<■>4頁 「やっぱり間に合わなかったな……」 湯気を立てている蕎麦の椀に視線を落とし、サルトビは今回の旅で何十回目かになる溜息を吐いた。 「だ〜か〜ら〜! イオリさんには、オレがついて来たせいで遅れちゃったって、ちゃんと説明してやるって! はやくソバ食べよう、ソバ! オレ、もう腹ペコだよ」 アデューはフォークで蕎麦を豪快に掬い取り、口に運ぶ。 「うん、うまいっ!!」 その一言で、サルトビの張り詰めもようやく解けた。 「美味ぇだろ? 日の出国で年を越すなら、これを食わねぇとな」 サルトビは、よし俺も、と椀をお膳ごと持ち上げ、アデューに背を向けた。 覆面を外す衣擦れの音の後、間髪入れずに蕎麦を啜る音が響く。フォークで食べているアデューより何倍も小気味いい音だが、少々せっかちだ。 「のぞいたりしないから、ゆっくり食べろよ〜」 警戒心の強い相棒に、アデューは苦笑する。 サルトビが自分に素顔を晒さないのは心を許されていないようで、寂しくないと言えば嘘になるが、別々の部屋を取れば落ち着いて食べられるのに相部屋にした理由――宿代を浮かせるためだけではなく、自分と一緒の空間で食事をしたいから――を知っているから腹は立たない。 「別に、テメェを警戒してるわけじゃねぇんだぜ。早食いは、もう完全に身に染み付いちまっててな……」 覆面を直して、サルトビはアデューの方に向き直った。椀の中身はすでに残りわずかだ。 「そんな食べ方じゃ、いつかノド詰まるぞ」 「馬鹿、そんなドジは踏まねぇよ」 「どうだか! 自分は大丈夫、って思ってる奴ほど失敗するんだぞ〜!」 冗談っぽく話してはいるが、アデューはかなり本気で心配していた。サルトビは一見隙がないようで、けっこう抜けているところがあるので安心できない。 しかし、しつこく注意すると逆ギレされそうなので、アデューは話題を変えることにした。 「なあなあ、サルトビ〜、日の出国は新年のお祭はやらないのか? ほら、パフリシアとかだと、何日も派手に祝うだろ? このソバもおいしいけど、これだけってのは……」 「ああ、あっちほど派手にはやらねぇが、日の出国でも年が明けたら豪華な飯と酒で騒いだりするぜ」 「そうなのか。やっぱりお祝いするんだな」 初めて触れる異国の習慣に、アデューは興味津々だ。 「こうやって蕎麦を食うのは祝い事じゃねぇんだよ。願掛けだ」 「願掛け?」 サルトビは、箸で器用に蕎麦を一本だけ掬い上げた。 「ほら、蕎麦は一本一本が細長ぇだろ? この蕎麦のように細く長い人生を送れますように、ってな」 「へえ〜、そんな意味があるのか。面白いな」 「まあ、テメェは太く長い人生だろうがよ」 「あはは、そうだな〜。今年だけでも、本当に色んなことがあったし。 でも、それを言うなら、サルトビだって同じだろ?」 アデューもサルトビも、一年中アースティア全土を渡り歩いて大冒険している。人生の濃密さは変わらないはずだ。 「俺は、長さがずっと短ぇよ。テメェみたいにしぶとくねぇ」 「!? そんなこと言うなよ!」 寂しげに笑うサルトビの声が本気だったから、アデューも本気で動く。 サルトビの椀を両手で持ち上げ、ずいっと顔面に突き出した。 「ほら、目をつむっててやるから、食え! ソバを食べて長生きしろよなっ!」 「……おいおい、行儀が悪ぃな」 サルトビは苦笑しつつ、素直に覆面を下ろした。 室内に、蕎麦を啜る音だけが響く。 アデューは目を閉じたまま、サルトビの寿命が少しでも延びるよう祈った。真剣に祈った。 1頁<2頁<■>4頁 |