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「やっぱり間に合わなかったな……」
 湯気を立てている蕎麦の椀に視線を落とし、サルトビは今回の旅で何十回目かになる溜息を吐いた。
「だ〜か〜ら〜! イオリさんには、オレがついて来たせいで遅れちゃったって、ちゃんと説明してやるって!
 はやくソバ食べよう、ソバ! オレ、もう腹ペコだよ」
 アデューはフォークで蕎麦を豪快に掬い取り、口に運ぶ。
「うん、うまいっ!!」
 その一言で、サルトビの張り詰めもようやく解けた。
「美味ぇだろ? 日の出国で年を越すなら、これを食わねぇとな」
 サルトビは、よし俺も、と椀をお膳ごと持ち上げ、アデューに背を向けた。
 覆面を外す衣擦れの音の後、間髪入れずに蕎麦を啜る音が響く。フォークで食べているアデューより何倍も小気味いい音だが、少々せっかちだ。
「のぞいたりしないから、ゆっくり食べろよ〜」
 警戒心の強い相棒に、アデューは苦笑する。
 サルトビが自分に素顔を晒さないのは心を許されていないようで、寂しくないと言えば嘘になるが、別々の部屋を取れば落ち着いて食べられるのに相部屋にした理由――宿代を浮かせるためだけではなく、自分と一緒の空間で食事をしたいから――を知っているから腹は立たない。
「別に、テメェを警戒してるわけじゃねぇんだぜ。早食いは、もう完全に身に染み付いちまっててな……」
 覆面を直して、サルトビはアデューの方に向き直った。椀の中身はすでに残りわずかだ。
「そんな食べ方じゃ、いつかノド詰まるぞ」
「馬鹿、そんなドジは踏まねぇよ」
「どうだか! 自分は大丈夫、って思ってる奴ほど失敗するんだぞ〜!」
 冗談っぽく話してはいるが、アデューはかなり本気で心配していた。サルトビは一見隙がないようで、けっこう抜けているところがあるので安心できない。
 しかし、しつこく注意すると逆ギレされそうなので、アデューは話題を変えることにした。
「なあなあ、サルトビ〜、日の出国は新年のお祭はやらないのか?
 ほら、パフリシアとかだと、何日も派手に祝うだろ? このソバもおいしいけど、これだけってのは……」
「ああ、あっちほど派手にはやらねぇが、日の出国でも年が明けたら豪華な飯と酒で騒いだりするぜ」
「そうなのか。やっぱりお祝いするんだな」
 初めて触れる異国の習慣に、アデューは興味津々だ。
「こうやって蕎麦を食うのは祝い事じゃねぇんだよ。願掛けだ」
「願掛け?」
 サルトビは、箸で器用に蕎麦を一本だけ掬い上げた。
「ほら、蕎麦は一本一本が細長ぇだろ? この蕎麦のように細く長い人生を送れますように、ってな」
「へえ〜、そんな意味があるのか。面白いな」
「まあ、テメェは太く長い人生だろうがよ」
「あはは、そうだな〜。今年だけでも、本当に色んなことがあったし。
 でも、それを言うなら、サルトビだって同じだろ?」
 アデューもサルトビも、一年中アースティア全土を渡り歩いて大冒険している。人生の濃密さは変わらないはずだ。
「俺は、長さがずっと短ぇよ。テメェみたいにしぶとくねぇ」
「!? そんなこと言うなよ!」
 寂しげに笑うサルトビの声が本気だったから、アデューも本気で動く。
 サルトビの椀を両手で持ち上げ、ずいっと顔面に突き出した。
「ほら、目をつむっててやるから、食え! ソバを食べて長生きしろよなっ!」
「……おいおい、行儀が悪ぃな」
 サルトビは苦笑しつつ、素直に覆面を下ろした。
 室内に、蕎麦を啜る音だけが響く。
 アデューは目を閉じたまま、サルトビの寿命が少しでも延びるよう祈った。真剣に祈った。

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