1頁<■>3頁>4頁 事の始まりは、数ヶ月前に魔法国家パフリシアに届いた一通の文(ふみ)だった。 手紙はサルトビ宛で、差出人は日の出国のイオリ。サルトビは一つの所に留まらずにあちこち旅しているので、定期的に顔を出すパッフィーに託したらしい。 ところが、間が悪いことに、手紙が届く数日前にサルトビはパッフィーの元を訪れ、すでに辞していた。次の行き先を聞いていなかったため、慌てて追いかけることもできない。緊急事態であれば各地に散った忍者たちのネットワークを使って本人に直接伝えるだろうから特に急ぐ用事ではないのだろうが、だからといって次に会う数ヶ月先まで手紙を放置しておくわけにもいかない。 パッフィーがほとほと困り果てているとき、やって来たのがアデューだった。 そして――姫君の勅命により、若き騎士は忍者を探す旅に出たのである。 + + + 『たまには、里で正月を過ごしなさい』 ただ簡潔に、そう記してあった。 「やべえ……!」 凛とした強さを感じさせる筆跡から幼馴染の声が聞こえてくるようで、サルトビは手紙を握り締めたままその場にしゃがみこむ。 「なんて書いてあったんだ?」 「……新年までに帰って来いってよ」 「ええっ!? 急がないと間に合わないじゃないか!」 アデューはなかなかサルトビを見つけることができなかったため、新しい年はもうすぐそこまで迫っていた。 「ここから日の出国までは……」 サルトビは懐に手紙を仕舞い込み、代わりに地図を開く。 「チッ、最短ルートを使ってもキツイか。 こんなことなら、闇風を持って出てくるんだったぜ」 「里帰りにリューを使うなよ! そりゃあ、お前の爆烈丸も日の出国で年を越したいだろうけどさ」 アデューはニンジャマスターが風呂敷包みを背負って空を翔る姿を思い浮かべた。なんとも間抜けな光景だが── (精霊石を持ってたら本当に実行しそうだな〜) 今のサルトビの雰囲気は、それぐらい余裕が感じられない。故郷で年を越すというのはそれほど重大なのだろうか。 (日の出国の新年か……) アデューが以前に日の出国に立ち寄ったのは邪竜族との戦いの最中だった。赤富士を眺めたり湯治したりと観光めいたこともしたが、旅の目的はあくまでもサルトビと月心の精霊石探し。風景の美しさや独特の文化を心行くまで満喫できてはいない。 「なあ、オレも一緒に行っていいか?」 「なに言ってんだ、アデュー!? 急いでも間に合わねぇかもしれねぇってのに、テメェみたいなお荷物が増えたら確実に遅れるだろうがっ!!」 「お荷物とか言うなよ〜! 船とギャロップを使うんだから、足の速さは関係ないだろ? 日の出国って今ちょうど冬だよな? 月心が日の出国の雪景色はキレイだって言ってたから、一度見てみたいんだ」 アデューは、「ゆき〜、ゆき〜」と調子っぱずれの即興歌を口ずさみながら、玩具をねだる子供のようにサルトビの周りをぐるぐる走り回る。 「ったく、他人事だと思って……」 馬鹿すぎて殴る気も失せるぜ、とサルトビはしゃがみこんだまま呟いた。 「いいだろ、サルトビ〜? もし間に合わなかったら、オレからもイオリさんに謝ってやるからさ」 その一言で、サルトビの眼の色が変わった。 「……本当だなっ?」 勢いよく立ち上がり、まだ走り回っているアデューをひっ捕まえて顔を覗きこんでくる。 「約束だぞ!?」 「あ、ああ。 なんだよ〜、そんなにイオリさんが怖いのか?」 「……」 サルトビは無言で視線を逸らした。 (うわ〜、尻に敷かれすぎだよサルトビ……) アデューはこのとき初めて、自分が重大な約束をしてしまったことに気付いたが、時すでに遅し。 そんなわけで、アデューはサルトビと共に、日の出国の小さな宿で年越し蕎麦を啜ることになったのである。 1頁<■>3頁>4頁 |