それが何を指すのか、未だ見えず。
しかし、深い森を抜ける導のように、灯るものを感じる。
不安よりも焦燥よりも、求める気持ちが先に立つ。
この先に何を見ても自分が自分で在れるよう、心を静めていよう。
綺麗ではない自己を知り、期待とは違う現実を知り、希望とは違う先を感じて……それでも、何を捨てる覚悟も必要ないと解った。
全てが導かれるまま、自然な所へ落ちる。
そんな未来を、貴方と見たい。
泰明殿が、京から姿を消した。
事情が見えずに狼狽えた私達を前にして、神子殿は何事もなかったように微笑みながら、キッパリと言い切った。
「きっと帰ってきますから。…信じていてください」
揺るぎない、信頼。
世界の重圧を背負って立つ神子殿にとって、八葉は唯一の拠り所なのだと思っていた。私達が神子殿を守っているのだと。それは…大きな間違えだったのかもしれない。
京の人間が背を向けていた『鬼』という存在に、心を砕き。
人に仇なす『怨霊』すら、温かい同情で封印して。
心を削るような日々の中で、絶えず八葉の一人一人と信頼の絆を紡ぐ。
「おやおや、すっかり龍神の神子らしくなったものだね。…君が信じるというなら、無駄に探ることはしないよ」
「ま、お前がそう言うなら、いいんじゃねぇのか」
「うん。あかねちゃんが大丈夫だって言うなら、きっと平気だよ」
「我らは、あなたを信じておりますゆえ」
「ええ。それに泰明殿のことですから、何かお考えがあるのかもしれません」
「ったく、なに考えてんだか知らねーけど、あかねに心配かけんなっつーの」
絆は確かに紡がれている。
その証拠に、神子殿の一言で、ピリピリとした空気が一瞬にして和らいだ。
「大丈夫ですよ、神子殿。泰明殿がお戻りになるまで、私達が今まで以上にお守り申し上げます。安心なさってください」
「うわぁ、頼もしいな。宜しくお願いしますね」
主従関係でなく、同列でもなく、先導者でもない。
ついてこいと言われずとも、常に傍に在ろうと誓ってしまう。
神子殿は……とても、不思議な方に思う。
「それで、今日はすみません。鷹通さんと友雅さん、一緒に来ていただけますか。ちょっと確かめたいことがあるので」
確かめたいこと?
「ええ、私は構いませんが」
「……意味深なことを言うね。気になるじゃないか」
「うふふ。気にしててください。私の推理が当たったら、種明かししますからね」
そして行き先も告げずに先導を切る神子殿が向かったのは、若葉の茂る桜の丘だった。
そこで不意に襲う感覚。
三度目だというのに、僅かにも慣れることのない、感情の嵐。
今度は、記憶ではなく……傷みだった。
もどかしいばかりの傷み。狂おしく身を捩るような、官能的な苦しみ。
これは。……慕情…?
「やっぱりなぁ。なんか変だと思ってたんですよ」
「何が変だと言うのだい?」
「あれ?…友雅さん、気付いてないんですか?」
……そういう、ことですか。
「鷹通さんは気付いたんですね。そうですよね。ここには何度も一緒に来てますものね」
そう。つい数日前にも、訪れた場所だというのに。
「ん?二人の秘密かい?……捨て置けないね」
「もーう。そんなんじゃないですよ。鷹通さんの心のカケラだけが行方不明で、私少し焦ってたんですから。…よくわかんないんですけど、鷹通さんのカケラって、友雅さんと一緒に居ないと戻ってこないみたいで」
「そんなことを気にしていらしたのですか」
こんなに大変な毎日の中で、私のカケラなど……。
「そんなこと、じゃないですよー。京を救うことも大切だけど、アクラムに壊されたものは全部修復しないと気が済みません!怨霊だって、もうすぐ封印しきれるし。札だって、四神だって、ちゃんと元の位置に戻すんだから!」
神子殿が、その小さな両手を握りしめて、目をキラキラさせているのを見て……不謹慎とは思うのに、笑いが込み上げてしまった。
「プッ、ククククク……」
「なによー、二人とも、笑うことないじゃなぁい」
「いや、馬鹿にしているわけではないのだよ。その完璧主義っぷりは、あまりにも鷹通に似ていると思ってね。…そうかそうか。今まで誰に似ているのかとモヤモヤ考え込んでいたのに」
私に似ている!?
そんな、それは神子殿に失礼な意見ではありませんか。
「あ、友雅さんもそー思う?…私も鷹通さんと一緒にいると、自分見てるみたいで可笑しい時あるんだー」
神子殿!?
「そうだろう?とても生真面目で肩の力が抜けなくて…そうだね、神子殿の言葉を借りれば、バランスが宜しくない人間なのかもしれない。……それが、私には眩しく映るのだが」
神子殿と私を交互に見つめる視線が、これ以上はないというほど柔らかく幸せそうに微笑んでいる。
ムキになって否定をする場面では…ないのでしょう。
「ありがとうございます…」
二人がどういうつもりで言ったのかは、この際どうでも良い。
尊敬に値すると仰ぐ存在と並べられたのは、嬉しいこと。好意を持つ相手から評価されるのは、誇らしいこと。
「んー……。それで、天地の白虎様に、お願いがあるんだけど。いいかな」
お願いですか。
「もちろん、出来る限りのことでしたら助力は惜しみませんよ」
「それじゃ遠慮なく言っちゃうけど。…二人の心のカケラ、取り戻してきてくれる?」
取り戻して、とは…。
「……どういうことだい?」
「うん。やってみてダメっぽかったら、教えてほしいんだけど。…たぶんもう、私がいなくても戻ってくると思うんですよね。最後のカケラ」
神子殿が居なくても、戻ってくる?
「あの、申し上げにくいのですが。私はともかく友雅殿のカケラは、神子殿と共にでなければ返らないのではありませんか」
「鷹通のカケラも、神子殿の力があってこそ戻ったのではないかな」
「だから。実験!……半信半疑だったけど、今日は勝ったでしょ?他の六人はどうあれ、白虎の絆なら、それもアリかなって思ったの。付き合ってもらえませんか」
そうか。確かに八葉のカケラも残らず取り戻して、怨霊も全て封印して…これを全て神子殿が手がけるのは、難儀なことだと言わざるを得ない。
「戯れ言は、できることを試してから言うべきだったね。……行こう、鷹通」
友雅殿も同じ事を感じたらしい。
そう。何も試さずに軽々しく『できない』などと言うべきではない。
神子殿の荷物を少しでも減らせるのならば。
「…参りましょう、友雅殿」
「あっ、でも、今日一日は、私に頂戴ね。やることは『てんこ盛り』なんだから!」
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泰明が消えた・・・これは神子殿と泰明のカケライベントの1つです。友×鷹だし、神子は泰明にあげよう。そうしよう(バカ) |