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【酔恋譚】 ~Suirentan-06~

 その面影が、心を温める。
 その面影が、心を凍てつかせる。
 ゆらりゆらりと浮かぶ影は、私を何処へ導くのか。

 恋に焦がれる歳でもあるまいに。
 この胸に芽生えた熱と、忘却の彼方より私を呼ぶ炎。

 どちらにせろ手が届かぬような予感は、絶望と同じ色をしている。



 心のカケラは次々と戻ってきた。
 それはまぁ、これだけ神子殿と行動を共にしていれば、呼び寄せてしまうのも仕方ないのかもしれない。
「忙しいのに、いつも付き合ってもらってすみません」
 悪びれずに笑う彼女が、どうやら私に懐いていると気付いたのは、二度目の物忌みの日だった。

 自分の住む世界でもないのに、ひたむきに前向きにつき進む少女を、可愛く思うのは……誰かの面影を感じるからだ。

「友雅さん、私気付いたんですけど、土地の力を強めて五行が高まっても、怨霊の復活と共に消えてしまうみたいなんです。…だからって何度も何度も戦うのは、怨霊に可哀想な気もするし…」
 せっかく来てもらったし、一緒にご飯を食べましょう。そんな軽い提案の後、不安げに真面目な話を始める。
 ……本当にこの娘は、誰かに似ている。
「神子殿は、本当に一生懸命だね。……そんなに思い詰めて、疲れないかい?」
 軽く茶化してやると、ふうわりと気持ちの良い笑顔を浮かべて、首を傾げた。
「やっぱり友雅さんって、いいなぁ。…こんなことを藤姫ちゃんに聞かせたら、心配かけちゃいそうで云えないんだけどね。私、少しバランスが悪い人間なんですよ。やらなきゃって思うと、ガチガチになっちゃう。京のためって思うけど、かなり荷が重いし、正直言うと、どうしていいのか解らないっていうのが本音で。……だから友雅さんと一緒にいると、楽なんです。いつも頼ってしまってゴメンナサイ」
 それを言うなら、こちらが謝らなければならない。
 巻き込んだ上に大任を背負わせて、こんな幼い少女に『京の未来を守れ』だなんて、何かの冗談としか。
「謝ることはないよ、姫君に頼りにしていただけるとは光栄だ。しかし君は……はじめて現れた時から、気丈なほど明るく前向きに、この世界のことを捉えているように思えるよ。……なぜかな」
 これは、機会があったら聞いてみたいと思っていたことだった。
 遠い時空の狭間からやってきたと思われる少女が、こちらに住む者よりも熱心な姿勢を見せるのは、どうしてなのか。
「それは。…信じてもらえるか解らないのだけど…。この京が壊れると、私の存在も…私の家族も、友達も。私のいた世界の全てが、壊れてしまうかもしれないと、思うからなんです」
「ん?……どういうことだい」
 神子殿は言葉を探して、探して…探しても、見つからないといった顔で、困ったように笑った後。…驚くようなことを口にした。
「私は、たぶん、ずーっとずーっと先の未来から、この世界に呼ばれた……みたいで…」
 未来?
 ということは、ここは神子殿にとっては『過去』の世界ということになるのか。
「それでは、神子殿は、この世界の何処かで生まれるかもしれないと?」
「えっと……もっとずっとずっとずーっと先になって。帝の世界も終わって、政治も世の中も何もかもが入れ替わって……その後で、私も、この国に生まれるんだと思います」
 突拍子もない話だが、ここで嘘をついて彼女に特があるとは思えない。
「……そうか。いや、まだきちんと飲み込めてはいないが、神子殿の話が真実だとして。それでも政治まで全てが変わるのなら、ここでの小競り合いなど、あまり関係はないのではないかな?」
「ええ。そうかもしれません。……でもやっぱり私にできることなら、頑張らなくちゃいけないかなって気持ちになったんです。できないことをヤレと云われても困りますけどね。私にそんな力があるなら、使わなくちゃ」
 この少女を好ましく思うのは、不自然なことではない。

 だから三つ目のカケラが返った時、私は彼女に惚れてしまったのかと内心焦っていた。彼女はいつか月の世界に帰るかぐや姫。生まれて初めて本気になった相手が、そんなに儚い存在だとは…。いや、儚い存在だからこそ、本気になってしまったのか。
 そう、生まれて初めて…。

 うちひしがれる胸の内で、何か強烈な違和感を覚えた。

 心のカケラは、こんなにも戻ってきている。それなりに大切にしていた想いは、すでに胸の内にある。
 その中に影も形も無かった存在が…まだ、あるのか?
 神子殿への慕情が『初めて』のものでないとするなら、誰をそんなに想っていたのか。それは私の心を、この世界に留めておくだけの想いなのだろうか。
 この身を打ち捨て『心だけでも…』と、共に月の世界へ旅立ってしまいそうな自分を感じていた。
 なにも繋ぎ止めるものなど無い、この身を焦がす情熱の存在しない世界など、すぐに捨ててしまえる自分が悲しかった。

 強い想いで土地にしがみつく怨霊。
 その心を羨ましく想うのは、世界に私一人なのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 
小説TOP05 || 目次 || 07
 
 

実は結構、女の子が好きです(笑)だから友雅と鷹通だけ書いてりゃいーじゃないかと思われる話でも、神子殿は軽視しません。情に厚くて気の効いた神子殿ってイメージなので、これからも絡んできます。ふふふ。恋路の邪魔はしませんから、ご安心を。