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【酔恋譚】 ~Suirentan-04~

 心のカケラを失ってしまったらしい。
 たぶん八葉全員を亡き者にしようとしたのだろうが、神子殿が龍神の力を用いて抗ったせいで、その程度の被害で済んだわけだ。
 まったく、生きているとたまには楽しいこともあるものだね。
 失ってしまったカケラを気にする者も在るようだが、私には関係ない。今ある記憶を遡る限り、大切にしていた存在など何一つ思い当たらないし、失くしても支障のない記憶ならば無くなってしまえばいい。
 胸に残る空虚な感じは、幼い頃から抱いてきたのと同じ色だ。
 大切な物など無い。
 大切な者など無い。
 こうしてこのまま朽ち果てていくのだろう。…それもよい。



「友雅殿。何処へおいでですかっ」
 やれやれ、見つかってしまったか…。
「ここだ、鷹通。…そんな大声を出すものじゃないよ、全く情緒のない男だねぇ」
 クスクス笑うと、顔から湯気が出そうなほど赤くなって怒り出す。
「貴方という人は…っ。この状況を解っておられるのですか!?京の街では怨霊が蔓延り、人々は夜も眠れず…」
「わかっているよ。大丈夫……鷹通、お役目を忘れたりはしないから、ね?」
「甘い声を出してもダメですっ。もう少し真面目にやっていただかないと………京が、滅んでしまいます…」
 怒りが脳天を抜けたら、今度は涙まで流して。……必死という言葉は、彼の為にあるものなのだろうね。
「ああ、わかったよ。泣かせるつもりはなかった。真面目にやるから、落ち着いてくれないか」
「泣いてなどおりません…っ」
 顔を背けて袖を濡らす。こんな仕草を可愛い女人にやられたら、それこそ仕事なんて投げ出して、昼間から頑張ってしまいそうだ。

 藤原鷹通。どうやら彼は、私の対になる存在らしい。
 生きる姿勢、仕事に対する姿勢、全てが対極にあたるこの男を、実は少し気に入っている。
「行きましょう、友雅殿」
 私を堂々と下の名前で呼ぶ…その響きも心地良い。知り合ったのは最近のはずだが、いつの間にそういうことになったのか。…まぁ、どうでもいいことだが。
「はいはい」
 何も毎日通い詰めなくても、必要な時だけ呼んでくれたらいいのに…とは思うのだが。真面目一本槍の鷹通は「放っておくと何時まで経ってもいらっしゃらない」と怒りながら、日々お出迎えをしてくれるから、仕方なく付き合うことになってしまう。
 鷹通にしてみれば、白虎という括りで粗相があってはならないといった所か。
「まぁ、いいのだけれどね…」
「何が宜しいのですか?」
 迎えに来てもらうのは、嬉しいものだからね。などと口にすれば、もう二度と来ないのだろう。
「ふふふ。……いや、もう少し肩の力を抜いていいのではないかな、と」
「貴方は抜けすぎですっ。よいですか、鬼が京全体に穢れを撒き散らして」
「あーあーあー、わかった、わかったから」
 まぁいいのだけれどね……昨夜は内裏に怨霊騒ぎがあって、朝まで働いていたのだが…。

「友雅殿!?…今日はお休みになってよろしかったですのに。昨夜の騒ぎはもう落ち着きましたの?」
 開口一番、藤姫のネタばらしから始まり、鷹通の顔色が変わる。
「友…雅………殿……?」
 消え入りそうな声で名を呼ぶ鷹通が、心の中で「私はなんてことをっ」と叫びながら頭を抱えているのが見える。
 この顔を見られただけでも、ここまで来た甲斐があるというものだ。
 真面目で世話焼きで可愛い男。
「気にしなくていいのだよ。無理だと思ったら言うに決まっているじゃないか。私がそんなに真面目な男に見えるかい?」
「………友雅殿」

「友雅、今ごろ来たのかよ、遅ぇーよ」
「天真殿、友雅殿は昨夜寝ずの番でお仕事をなさっていたのですよ?」
「だったら来んなよ、役に立たねーじゃんか」
「天真先輩、それはあんまりですよっ。友雅さん、気にしないでくださいね。天真先輩の口が悪いのは生まれつきで」
「だーれーがっ、生まれつき性悪なんだよっ」
「痛っ、痛いよ、天真先輩。僕、性悪なんて言ってない~っ」
「お二人とも、喧嘩はおやめくださいませっ」
 可愛い相方と、無遠慮な仲間。策略と私怨にまみれた内裏より、よほど楽しい役目だという他ないだろう。
「友雅殿…今日は、本当に……」
「まだ言うのかい?…それならお詫びに、明日からも迎えに来てくれるかな。どうも私は朝に弱くてね」
 言葉無く嬉しそうに笑う鷹通に、胸の奥がチリチリと焦げる。
 懐かしいような感覚が、何故か不思議に思えた。
 
 
 
 
 
 
 
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さてさて、こちらもカケラが無くなって、なんか忘れてます。2章で愛を語った舌の根も乾かないうちに、このザマです。実はカケラ騒動の前に『デキてても』いーかなー、なんて思ってたんですが。そうなるとこの辺を書く時に、私の胃が痛いので(←強調)やめました。二人のためではありません(笑)