記事一覧

[翡幸]想双歌 〜19〜

「これはこれは‥‥‥さすがに厄介な敵だねぇ」
 怨霊と一口に言えど、無数の集合体ともなれば手に負えたものではない。
 うんざりとした気分になった時、幸鷹が楽しげに声を上げた。
「泣き言をいっている場合ではありませんよ、翡翠。この世に悪が栄えた例しはありません。正義は必ず勝つのですっ。ですね、神子殿!」
「幸鷹さんって、もしかして小さいころ戦隊モノとか好きな子でした?」
「そうですね。私の憧れはブルーの仮面の持ち主でした」
 会話の内容は、あとで解説してもらうとしても。
 すっかり憑き物が落ちた顔で笑う横顔を見つめながら、あの夜の言葉を思い出す。

『今は私達に与えられた使命を果たしましょう。全てを終えた時、道は示されるはずです』

 力強く笑った幸鷹からは悲痛な気配は感じられず、私はそれ以上の追求をやめた。
 君が信じる未来なら私も信じてみよう。
 これが酔狂ならば、生きることは全て喜劇のようなもの。後悔ならば、事の後ですればよい。今は、君の笑顔を。
 守る。
「さがりなさい。‥‥ッグ」
「翡翠っ!」
「どうということもないよ、さて次の攻撃を」
「すみません。借りはいつか返します」
「貸したつもりなどないさ。私には、勝たねばならない事情があるものでね」
 身勝手な事情で君を傷つけるわけにもいくまい?
 ニヤニヤと笑うと、私へと斬りつけた攻撃を幸鷹が薙ぎ払った。
「私にも私の事情がありますから」

 京の空を覆う魑魅魍魎。それを吸収しては力とする、百鬼夜行。
 目の前にあるそれを倒しても、新たに生じる怨念までは手が届かず、焦る。
「まだだ」
「もう一度行きましょう」
 声を重ねた時、神子殿が凛と立ち、空へと手をかざした。

「龍神を呼びます」

 神子殿を護る白龍の力。そして手渡された黒龍の加護。陰と陽を司るそれが、何かの象徴のように空へと舞い上がる。
「神子殿っ!」
 ふわりと舞うように、空の色に神子殿が霞む。
 捕らえることのできない刹那の出来事に、全身の血が煮える。

 幸鷹が、消えてしまったら。

 恥も臆面も無く、手を伸ばす。
 神子殿は龍神の許か、それとも役目を終えて元の世界に降り立ったのか。
 これで京が救われたというのならば、君は‥‥?

 私の腕の中で、幸鷹は静かに空を見上げている。
 腕に添えられた掌が、まるで焦る心をあやすように温かい。
「神子殿‥‥」
 震えるように呟いた視線を追えば、雲の中からゆうるりと天女が舞い降りる。

「えへっ。帰って来ちゃった♪」

 京の平和と加護は約束されたのだという。
 そして神子殿は。
「まだやり残したことがあるから、どうしても帰りたくなった時は空に向かってお祈りします!って云ってきました。龍神様は暫く沈黙してたけど、呆れてたのかな?」
 肩をすくめて笑った神子殿に、張りつめた空気は一気に弛んで和んでしまう。
 八葉の面々に小突き回される少女は、とても世界を救った方とは思えない程あどけない笑顔を見せたけれど。
 君の八葉でよかったと、心から思う。

「‥‥‥そろそろ私を解放しなさい」
 云うが早いか足を踏みつけて、軽やかに神子殿の元へと駆けだした幸鷹の背中は、とても幸せそうに見えた。
 
 
 
 
 
--
 
小説TOP18 || 目次 || 20
 
--