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[翡幸]想双歌 〜18〜

「つあ‥‥‥‥っ」
 神子殿と手を触れ合わせた刹那、燃えるような、凍てつくような、壮絶な感覚が体内に流れ込んできた。
 頭の中で黒い影が暴れる。
「あ、ああああああ‥‥‥」
 割れるような激しい痛みの中に浮かぶのは、懐かしい灯り。
 それは海を行く舟灯りのような幻想的なものではなく、どこか無機質で機械的な美しさを持つ‥‥そう、あれは街路樹を飾るイルミネーション。
 そして隣で手を取る、優しい存在。
『幸鷹』
 私を呼ぶ人の名前を思い出せない。いや、そもそも名前でなど呼んだ覚えがない。パパ。ママ。そう呼ぶことが多かったようにも思う。幼さのせいばかりでなく、それは習慣として。
 心配をかけただろうか。
 すっかり忘れ去っていたと知れば嘆くだろうか。
『いつでも君の幸せを祈っているよ‥‥』
 耳の奥に残る、口癖のようなそれ。
 まだ幼かった私が留学を決めた時も、動揺を見せることもなく背中を押してくれた声。
 その直後。
 突然に襲った、大地の軸がブレるような感覚。
 思えばあの瞬間に、この時空へと落とされたのだ。意図は解らない。意味など無いのかもしれない。右も左も解らぬ私を抱きしめてくれたのは‥‥。
『幸鷹っ』
 この身に降りかかった事件のトラウマに、毎夜泣き崩れた私を抱く、母の腕。
 どれほどの心配をかけたか。
 自分ではそれなりに現実を受け止めているつもりでいたが、理性で抑えが効くのは日のあるうちだけ。そうだ‥‥だから記憶を。私を苦しめる酷い事件の記憶を封じた‥‥京の父と母は、とにかく優しい人で、少しばかり心配性で。
『貴方がしたいようになさい。いつでも見守っているから』
 愛を疑うことなど無かった。
 まやかしの生い立ちを疑う余地もないほど、惜しみない愛情を注いでくれた人。

 痛みの中で目を開く。
 気遣わしげな神子殿の眼差しに、僅かに笑い返して、もう一度目を伏せる。

 そこに浮かぶのは鮮やかな海の色。
 異国の海を思わせる、エメラルドグリーンの湖面‥‥翡翠色の瞳。
 何を考えているのかは解らない。
 まるでこの世界へと運んだ神の御手のように、あれの言動は理解の範疇を越えている。
 だが、それでも。
 私は翡翠の全てを信じると決めたのだ。

 恩に報いたい気持ちがあるのならば、まずはこの京を救うことだろう。
 末法の世など、認めぬ。
 淀みない優しさが涙に変わるような世界を許してはいけない。
 神子殿が、その為に舞い降りたのならば、私の存在にも意味があるのだと信じよう。
 私は白虎に選ばれた、神子殿の守護者なのだから。

 夜分遅くに連れ出したことを詫びながら、神子殿を屋敷へと送り届けて、その足であの場所へと向かった。

 私を待つ、あの人の許へと。
 
 
 
 
 
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