腕の中でとろける寝顔に、凶暴な欲が暴走をやめない。
全身で答えを示した幸鷹に、これ以上の何を求めようというのか。
「‥‥‥‥胸が」
どれだけ満たされても、それ以上に求めることをやめない胸が、明らかな痛みを覚える。
苦しい。
何も辛いことなどないというのに。
これ以上に満たされることなど有り得るはずもないというのに。
「幸鷹‥‥早く‥‥」
目を覚まして、私を抱いてくれないか。
愛の痛みに胸を焦がす。そんな冗談のような逸話が現実のものとしてこの身に降りかかるとは、想像だにしていなかった。
片恋の傷みより、すれ違う歯痒さより、想い合うこの時が苦しいなどと誰が想像するものか。私を想う幸鷹の傷みまで、あたかもこの心であるかのように胸を締め付けてくる、これほどに理不尽な痛みなど‥‥。
「翡翠。起きてください、翡翠‥‥っ」
次の瞬間には、重たげな着物を整えた幸鷹がいた。
腕の中が、寒い‥‥。
「行ってしまうのかい」
グッタリと布団に倒れ込んで恨めしげに呟くのは、どこか計算も混じるのだろうと。期待通りに困り果てる幸鷹を眺めながら、他人事のように思う。
「決心が付いたのです。今一度、神子殿の御手に触れる決心が」
君の決意は解る。
それが避けられない流れなのだということも。
「っ‥‥‥翡翠?」
これではまるで、ダダをこねる子供だ。
「離せ」
だが、幸鷹。
その後も私の許へ留まるという保証は?
「離し‥‥‥ん‥っ」
君が消えれば、私は。
白虎の試練は終えた。
神子殿も暫くは他の四神との話もあり、忙しい御身なのだから。
「翡翠っ」
消えないという君の言葉を信じないわけではないよ。
ただ。
「足りない‥‥‥」
君が足りない。
呼吸さえままならないほど、君が欲しい。
「まったく‥‥お前は」
僅かな言葉に全てを悟り、諦めたように笑う幸鷹を、眩しく思う。
大人びた笑顔のまま無邪気に誘いかける吐息に甘えて、これでは君への呪縛は強くなるばかりだというのに。
「‥‥すまないね」
「いい。お前のワガママなら‥‥ン‥‥‥、翡翠‥っ」
優しく抱きとめる腕に溺れて、空気を求めるように唇を奪う。
執拗に。絡みつくように。
くちゅりと隠微な水音が響けば、君の頬が染まる。
常ならば一度に解いてしまうはずの着物を意図的に一枚残して、布地の上から戯れるように探ると、熱い溜息に隠すような声が届く。
「もどかしい‥‥‥」
ぞくりとくるほど切ない響きで。
「‥‥今日は君から誘われたい気分なのだが、それは過ぎた望みというものかな」
試すように呟いた先、暫しの時を止めたあと。
「そう、ですか」
覚悟を決めたように頷いた。
寝そべりながら背を抱く私の目前で、そろりそろりと開脚されていく様子は、怖ろしく情欲をそそる。
「この程度では許されませんか‥‥?」
「いや、充分だよ。‥‥触れても構わないかい」
こくりと頷いた赤い頬に口付けながら、ほろりと零れた物を包みこむように揉みしだく。
「ん‥‥んっ‥‥」
「足りないようなら、胸を刺激してみては如何かな」
「私、が?」
「そう、君自身の指先で‥‥できるだろう?」
躊躇うようにジッと指先を見つめた後で、そろそろと胸元へ滑りこむ動きを楽しむ。
無理矢理に奪うのもいい。
私の波で攫うような交わりをこそ、君は求めているのだから‥‥。
しかし。
「自ら乱れることは怖ろしいかい?」
「怖ろしくなど‥っ、‥‥‥‥ッハン‥」
言葉で煽られて動揺する君も、挑むように登り詰める君も、愛しくてたまらない。
欲望を吐き出しながら涙目で振り向いて、不機嫌に縋りつく腕も。
押しつけた胸の上で、さりさりと肌を擦る前髪も。
「怖ろしいわけではなく、ただ、もどかしいだけだっ。私が欲しいのは快楽ではなく、お前の熱なのだから!」
新たな君を知るたび、切なさは上塗りされていくばかりで。
「君が望むだけ差し上げるよ。私は、その為に生きているのだから」
いっそ二人で消えてしまえたらいいのにと思う。