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[翡幸]想双歌 〜14〜

 八葉の役目も、検非違使別当としての役目も、手を抜くことなどしない。
 これは私事。
 それでも真実を追究するために‥‥この不安を埋めるためには、夜の時間を使うことしかできなかった。
「おやおや、別当殿はお疲れのご様子だ」
 欠伸を噛み殺す私を見てはクスクス笑うけれど、その目は厳しいものだった。
「ホントだ〜。幸鷹さん、少しやつれたみたい‥‥。今日はやめておきましょうか」
「いえ、ご心配には及びませんよ。白虎の試練を遂げねば京に未来はないのですから。‥‥参りましょう、神子殿」

 試練は思うよりも簡単なものだった。
 そう‥‥幾重にも隠された真実を暴く作業より、ずっと‥‥。

 私の戸籍が捏造されたものであることは解った。そして私の記憶に手を加えた者が、安倍の陰陽師‥‥これは泰継殿のことではないかと確認を取る。
「術師は秘密を漏らせぬ。知ることを欲するならば、それを望んだ者に聞くがいい」
 望んだ者。依頼人。
 順当に考えれば、それは私の両親ということになる。
「‥‥‥わかりました」
 大事にされていた記憶ばかりが蘇る。
 両親は私を欺いていたわけではないのだろう。それを信じさせるほど、無償の愛で包まれていた自覚はあるのだ。まるで、翡翠がするように‥‥。

 翡翠。

 気付けば宵闇の中を駆けていた。
 それがお前に続いているのならば、伊予までの道程すら短く感じるほど、無性に逢いたかった。叱られるかもしれない。呆れられるかもしれない。それでもいい。なんでもいい。お前の声が聞きたい。
 待ち合わせたわけでもないのに、何故か戸口で立ち尽くしていた胸にドンッと飛び込む。
「翡翠ぃ‥‥っ」
 全ての現実から逃げ出すようにしゃくりあげる私を、何も言わず何も聞かずに包みこんだ腕が苦しかった。愛しすぎて、涙が溢れた。

 あの頃より随分と重くなった私を、それでもやはり翡翠は軽々と抱き上げる。

 片手で担ぎ上げるように引き入れると、さっさと戸の鍵を落とし、履き物を放りながら寝所へと向かう。
 迷いのない姿が、やはり好きだと思う。
 何事かと問い質されれば逃げることしかできなかっただろう。
 寝所の床に腰を落として、そのままの姿勢で私を抱きしめた胸を、何も言わずに抱きしめる。
 一言の説明も無しに取り乱す私は、どこまで小さな子供なのだろうと思う。それに呆れず付き合う翡翠は、どこまで大人なのだろうと。やはり私とお前の距離は縮まることなどないのだと諦めるのは、決して心地の悪いものではないと、不意に気付いた‥‥。
 
 
 
 
 
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