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[翡幸]想双歌 〜12〜

 どこか、違和感を感じていた。
 世界に対して。否、この世界に存在する私自身に対しての、払拭できぬ違和感を。
 言葉で交わることはできる。
 逆に言えば言語の通じぬ相手との交流は不可能だった。

 私は、他人に触れるのが怖ろしい。

 流れ込む不吉な何かを避けるために、袖の長い服でこの身を覆い、静かに全てを拒絶していた。その感覚は、泰継殿の言う「気が乱れる」というものなのだろうと八葉となって初めて知ったが、なぜキレイに覆い隠したはずの不安を泰継殿によって言い当てられるのか、それが解せない。

 翡翠は‥‥‥。
 伊予の国主となった私を「挨拶がてら」と笑いながら、あろうことか抱き上げて拐かしたのだ。‥‥とはいえ、難しい顔をしていた幼い私に「伊予の海」を見せたかっただけだという言葉に他意はないのだろう。
 本当に驚いた。
 私の身体より重い装束ごと軽々と抱き上げた腕の力も、直に触れられて‥‥何一つの違和感も覚えなかったことも。
 思えばあの瞬間から、私は翡翠を受け入れていたのだろう。
 私を愛してくれる家族の抱擁ですら、どれほどの努力と忍耐を以ても受け入れられなかった私は、気付くことのないほど根底から孤独に病んでいた。
 人肌は恋しい。
 しかし人肌は苦しい。

 翡翠だけが、それを満たすのだと、この時知った。

 単純な言葉にしてしまえば、私は「寂しかった」のだと思う。
 何もかも投げ捨てて胸の中で甘えたい欲求と、尊敬を覚える存在に私を認めさせたいという自尊心との狭間で揺れながらも。翡翠が求めるのなら‥‥と自分を甘やかして、関係を持った。
 本当は、飢えていたのは私の方だったというのに。触れて欲しいと、触れたいと渇望していたのは私の方だったというのに。
『幸鷹‥‥‥おいで』
 甘やかすように伸ばされた腕に不承不承という顔で凭れて、心の中では、そんな私に愛想を尽かす翡翠を想って震えていた。
 上手にはできない。
 甘えることも、求めることも、愛されることも。

 戸惑う私を構いもせず、強引に帯を解く翡翠が好きだった。
 すっかり解いた重い着物から私を抱き上げて、一糸乱れぬ姿で包みこむ流れも、日に焼けた肌も、太陽の匂いも‥‥全てが好きだった。
 胸の中で肌をすりあわせていると、虚ろに凍り付いた心の洞が、温かいもので満たされていくのを感じた。
 気付けばもう、私はお前に夢中で。
 あれほど見事に伊予を治めることができたのは、ただお前に認められたいが故。従順で無能な恋人を愛せる男ではないと感じたから、その枠に填らぬように足掻くことしかできなかった。


 一人きりの部屋で床に身を投げて、己の指先を見つめる。

 神子殿の手に触れた時の、あの感覚が忘れられない。
 凄まじい衝撃と、世界の流転。
 あるはずのない記憶への執着と違和感。
 心のカケラは一つも失っていないはずの私が、なぜこのような波に晒されるのか、その意味も解らず。
「デジャヴ‥‥」
 ふと呟いて、明らかに京の言葉ではないそれの意味を知る自分に、驚く。
 あれは確かに存在する世界なのだろう。神子殿がそこから舞い降りたと言う以上、偽りの記憶などではないはずだ。‥‥‥そう、偽りの‥‥。

 得心がいく。
 だからこそ怖ろしい。

 この世界が、私にとって仮初めの宿なのだとしたら。伊予といわず京といわず、翡翠の前から姿を消さなければならない日がやって来るのだろうか‥‥。
 込み上げる恐怖に震える私は、まるで翡翠を知る前の子供の時分に戻っているかのようだった。
 
 
 
 
 
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