長い秋が続く。
それが京の異変なのだと言い切るには、まだ少し早い頃。
「う〜〜〜〜」
「おやおや、何を思い悩んでいるのだろうね。我らが京の救世主殿は」
「救世主かぁ。救えなかったらオオゴトですよね‥‥」
これは疲れていらっしゃるご様子。
「別に構わないさ。いっそ滅びてしまえばいいとは思うがね。そうだ、失う前に一見する価値のある場所へとご案内しようか」
どうやら本日の訪問先を決めかねていたらしい神子殿は、一も二もなく私の提案に頷いた。なんとも素直な姫君‥‥‥だから、こんな面倒事にも笑って巻き込まれてしまうのだろうか。龍神もいささか人が悪い。
山へ向かい山を囲むように、人々の祈りが込められた鮮やかな赤が並ぶ神社。
「‥‥‥ここか」
そこで私を待ち呆けていたのは、あれほど探し求めた伊予からの記憶だった。
今さら何の感慨もない。
伊予の海は懐かしく、幼さを残す幸鷹の面影は今も胸を焦がすものだが‥‥。
そこへ連れ帰ることをこそ強烈に望んでいた私は、なんと浅はかなことかと思う。それは私にとって都合の良い結末ではあるが、幸鷹にとっては?
その心中を思えば、なんと身勝手な愛なのだろうと溜息が零れる。
「カケラが見つかったんですねっ、よかった。あと1つですね〜♪」
あと一つ?
「まだ、あるのかい‥‥‥?」
「あれー?言いませんでしたっけ。心のカケラは4つに別れて京のアチコチに飛び散ったみたいなんです。最後の1つも無事に帰ってくると良いんですけどね〜」
まだ何か忘れていると。
「それは、面倒だねぇ」
溜息に混じった言葉は、どこか別の場所から響いているような気がした。
「翡翠‥‥?」
見上げてくる眼差しは熱を孕み、色を乞うことを是非ともしない。知らぬ間に随分と潔い大人になってしまったものだと感心を覚える。
取り戻した記憶に何を左右されるわけもない。
だが、この身体を胸に抱けば、思い出すことはある。
『ひす‥‥‥っああ、ん‥‥んあぁっ』
『キツイかい。やはりもう少し慣らしてから』
『いいっ、大丈夫だから‥‥するなら、さっさと奪え!』
目に涙を溜めて、それでも私に子供扱いされることを嫌った、気の強い恋人。
『っ、あ、あ、あ‥‥っ、入ってくる‥‥お前が、っあ‥‥‥』
『幸鷹‥‥幸鷹‥っ』
快楽に戸惑い、泣いて縋ることしかできなかった、幼気な幸鷹の記憶。
それを無惨に奪うことで、私という存在を刻みつけようとした、この身の幼い恋情。
愛していた。
出逢いの瞬間から、絶えることなく‥‥今も。
満足に恋と呼べぬそれは、しかし紛れもなく純粋な恋情だったと、記憶を繰り返すほどに胸が熱くなる。
「翡翠、翡翠‥‥‥っ」
唇を覆う情熱に引き戻される。
これほど熱い恋人を前にしては、過去の幻を追い続けることなどできようはずもない。
膝を跨いで自ら沈みこもうとする身体を宥めながら慣らして、腕の中で踊らせる。
目にするそれは何物にも代え難い媚薬。
「幸鷹‥‥‥美しいよ‥‥」
「ば、馬鹿を言うなっ、ァ‥‥‥ハァ‥‥ッ」
黙らせるように胸元に食らいつく。
全身を朱に染めて身悶える身体も吐息も悲鳴も匂いも、全てが愛おしい。
「ゆきたか‥‥‥」
「‥‥っ、ひす‥‥ぃ」
私達は出逢って何度、互いを呼び合ったのだろうか。
想いは日を追う毎に愛しさを帯びて、狂いそうなほど果てしなく‥‥。
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