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[翡幸]想双歌 〜10〜

 相変わらず勝手な奴だと思う。
 確かに休みと言えるような休日は取っていない。お前の元を離れた日から、私にはそれなりに目指すところがあり、身体を休めることはしても心休まる日など一日たりとありはしなかったのだ。自然、仕事に逃げるようにもなる。
 そこをついて、まるで鬼の首を取ったかのように「それみたことか」と笑うが、そもそもこれでは休みになどなるわけがない!
 息を継ぐ間もないほど追い上げられて、あの世の縁を見るほど昇天を繰り返して。
 私を抱き殺す気かっ。
 しかしそれを伝えることは白旗を振るような気分でもあり、たまらなく屈辱的だった。
 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて「少しは運動でもしては如何か」とのたまう翡翠を想像するだけで、鳥肌が立つほど腹立たしい。

 なれば受けて立とう。

 自分が如何に愚かな勝負を挑んでいるかは重々承知している。しかしこんなにもクダラナイ意地の張り合いが、どうにも楽しいのだから始末に悪い。それが私と翡翠の温度なのだろうと思えば、どれほどまでに馬鹿げている話も愛おしいと感じることが既に病なのではないかと‥‥‥まったく。
 ムキになる自分は楽しい。
 負けじと子供のような顔をする翡翠が愛しい。
 誘うような瞳に身を投げて、この身の深奥でお前を捕らえよう。

 深く差し貫かれたまま背を抱かれ、唇に触れた指を、舌先で弄ぶ。クチュクチュと淫猥な音を響かせて長い指の谷間を舐め取ると、翡翠が僅かに息を飲む。そのまま腕を取り、その付け根までを追うように舌を這わせた私の耳に、燃えるような溜息が届いた。
 思わず首筋に絡みつく。
 もどかしく繰り返す熱い息が嬉しくて、中にソレを挿れたまま無理矢理に姿勢を変えれば、無茶をした私にも、それを許した翡翠にも、拷問のような快楽が襲いかかった。
 互いを抱きながら、それをやりすごす。
 不意に見せたバツの悪い笑みが、妙に現実的で、腕の中のそれが私の夢や想像などではないことを語る。
 思えばこんなに素直な気持ちで交わるのは、初めてのことかもしれない。

 触れ合える今が愛しい。
 私を抱くために硬く屹立する肉さえも。
「翡翠‥‥‥っ」
 暴かれるばかりで、大人しく『されるがまま』になっていたのは、お前がそれを望んでいると思ったからだ。
 私が求めれば、翡翠は悦んでその身を任せることに、ようやく気付く。

 素直に欲しがる私を笑っているのか。
 与えられる快楽を悦んでいるのか。
 どちらにせよ、人形のように『揺さぶられるまま』というのは性に合わない。
「っあ、‥‥ゆき‥っ」
 突然の抱擁は、抱きしめられたというよりも、しがみつかれたと言えば近いだろうか。
 締め付けて擦り上げて追いあげる。
 獣のように黙々と腰を振る翡翠からは、いつものように皮肉気な笑みは零れず、燃えるように熱い視線が私の肢体を舐め回していた。
 見せつけるように踊る。
 視界から煽るように。瞼に私を刻みつけるように。
「‥‥幸‥、‥‥幸鷹‥っ」
 こんな翡翠は知らない。今まであれほど怖れ戸惑っていた気持ちが凪いでいく。求めていた幸福は、こんなに近くに存在していたことに気付いて、それまで必死で堪えていた涙が音を立てるように零れていった。

 翡翠の記憶が戻ろうと何も終わらない。
 終わらせない。
 私は、もう逃げないから。


 気の済むまで貪り続けた身体はタールのように重くて、私達は身体を巻き付けたまま、昏々と眠り続けた。
 この時はまだ、己の中に心を揺るがす謎が隠れていることを知りもせずに‥‥。
 
 
 
 
 
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