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[翡幸]想双歌 〜05〜

 私は早急に、それを取り戻さねばならない。
 取られてすぐは軽く小バカにしていた己の記憶。心のカケラ。大切な何かが封じ込められている、ガラクタのような宝箱。
 その中に、あれが在るのならば‥‥。

「神子殿。今日は私と共に出かけてみないかい?」


 毎夜とはならぬ、しかし今の京には検非違使別当の色恋沙汰になど関心を寄せるほど酔狂な輩もなく、逢瀬は容易い。
 なによりソレを乞うのが別当殿本人であるのなら。
「待ったか」
「いや?」
 さして嬉しくもなさそうに、まるでそれこそがお役目であるかのように、それでも律儀に通う真意を問うたことはない。
 ただの火遊びができる男でもあるまいに。
 ましてやそれが己の身体に苦痛を呼ぶ行為である以上、よほどの理由を思わぬはずもない。
「‥‥‥なにか?」
 ともかくも、目の前の光景に目を向ければ、疑念や困惑は形を潜めて‥‥。
「相変わらずの美しさに意識を奪われていたのだよ。幸鷹殿」
「名を呼ぶな」
「‥‥‥何故だい?」
「それが必要になる時まで、私はその名を捨てる」
 意味深な言葉を吐き捨てながら、スルスルと手慣れた様子で着物を解いていく。
 何処の誰に慣らされたか。
 男の猛りを受け入れる術まで知った美しい肢体に、胸の奥が焦げる。

 何を聞いても答えない情人。
 ならばそこに愛などという生臭いものが混じらなければ、納得もいこうものを‥‥。
 恋情などという熱いものは感じない。情欲ならば優しく抱くことをこそ望むはずを、それこそ不快な表情になる。
 敢えて言うなら、執着。
 それも並大抵の覚悟ではない、狂気を含むほどに執拗な念。
「‥‥‥ッ、‥‥ハッ」
 甘い声を堪えては、快楽も責め苦にしかならぬだろうに‥‥。
「声を、聞かせてはくれないかい」
「いやだ」
「‥‥‥‥そう」
「ク、‥‥‥ァッ‥‥」
 薄い月の夜。
 間近に声をかけられた時は、なんの冗談かと思った。
 海賊を捕らえる手口としては、誘うその身も危ういというものだろう。‥‥それに、それほどまで疎まれている自覚もなかった。どれほど邪険に罵られようと、言葉の端に乗る熱までは隠しようもない。
 ならば一度手酷く抱いて、軽く捻ってしまおうかと‥‥。
「‥‥ンッ‥‥ァ、‥ァ‥‥‥‥‥翡翠‥っ」
 加減もなく抱き続ければ、意識を飛ばす刹那、私の名を口に乗せる。
「ひ‥‥すい‥‥」
 愛の言葉などなくとも、甘い視線などなくとも。

 幸鷹殿。‥‥それは何処の翡翠だい?
 君が愛を誓う「翡翠」と名乗るそれは、私以外に存在する者なのか。


「いいですよ、翡翠さん♪ 今行きますから少し待っててくださいねー!」

 龍神の神子と行動を共にしていれば、心のカケラを取り戻すこともあろう。
 深苑殿の言葉を反芻する。
 ‥‥‥すまないね、神子殿。他人のためにしかならぬ奉仕を、これほど健気に果たす君。京の未来など君にとってはどうでも良いことのはずなのに。
 私は決して裏切ることなく、君に仕える八葉となろう。
 だから今暫く、その存在を利用することを、許してくれるかい。
「さあ行きましょーう!!今日こそ翡翠さんのカケラが見つかるといいですねっ」
 屈託のない笑顔に支えられながら、末法の世を巡る一日が始まる。
 
 
 
 
 
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