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[翡幸]想双歌 〜04〜

 あの日吹いた風は、確かにこの京にとって大切な存在を運んできたのだろう。
 それを手放しで喜ばしく思えないのは、引き替えに失った代償の、あまりの残酷さゆえ。
「そんな露骨に睨み付けるものではないよ、別当殿。私とて何も好き好んで君と肩を並べているわけではないのだから‥‥‥まったく、龍神もたいした趣味をしている」
「それについては不本意ながら同意見ですね。まさかこの私が、海賊などと同じ天を仰ぐ日が来ようとは」
「まだ言うかい」
「ええ、何度でも」

 あの日、確かに感じたとおり。私と翡翠の運命は、強い‥‥抗うことを許さない力によって硬く結びつけられた。強引に強力に。
 それを知る、僅かに前。
 私と翡翠の絆が何者かによって分断されてしまったことをも、この身の知るところとなる。

 再び顔を合わせた翡翠からは、静かな敵意と拒絶の意志。それを裏付けるような違和感ばかりが感じられて‥‥‥焦る。
「‥‥‥‥ひすい?」
 なぜ自分が、捨てられた幼子のように心細い想いをせねばならぬのかと自問して、その明白な理由に寒気を覚える。
 認めようが事実、認めまいと事実。
 いつの間に心へと深く入り込んだそれに気付こうと、見ぬ振りを通せるほどの余裕が有れば良いものを‥‥。
 僅かな望みに縋るように、神子殿を、星の姫を訪ねた先で、翡翠の心が不完全なものへと変わってしまった経緯を知った。
「生きてゆくのに必要な記憶はあるんだって。‥‥だけど、何か大切なことを忘れてるような、そんな状態だと思うの」
 大切なこと。
 初めは正直神子殿の言うそれが、自分のことだとは思えなかった。
 翡翠は私を覚えている。
 伊予で過ごした2年前の私を知っている。

 ・・・しかし。
「ほう。君でもそんな顔をすることがあるのかい、ただの堅物かと思っていたが」
「うるさい。減らず口を叩く暇があるのなら、マトモに動いてみせてはどうだ」
 この身を賭して、確かに掴めることはある。
「うるさい子供だねぇ。そんな暇があるのなら、明日の仕事を休む口上でも考えていたまえ」
「‥‥‥っあ」

 翡翠は、私を抱いた記憶を失くしている。

「っ‥‥不思議な、ものだね‥‥」
「なにがです」
「‥‥いや、単なる既視感だよ。君のはずがない」
「ゥア、‥‥ン。‥‥‥そう、ですね」
 獣のような呼吸を繰り返しながら、朝日を待つ。
 確かに想いを交わした過去を忘れているはずの男は、それでも同じように優しく甘く、この身を抱く。
 それが、虚しい。
 誰にでもそうなのだと、思い知らされるようで。

 生きるに必要のない、心のカケラ。
 ならばそのまま捨て置くのが、この男のためなのではないかと‥‥思い始めていた。
 
 
 
 
 
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