生まれたての情熱。
狂おしいばかりの存在。
もはや駆け引きなどの入りこむ隙もなく、疑う術もなく。
静かに確実に、この胸に宿る君。
捧げられる愛の重さに耐えられず、幾度も逃げてきた。
全てを諦めたふりをして。こんなにも愛に飢えていたと気付きもせず。
絡み合う視線が、鼓動を打ち鳴らす。
何度求めても足りない。きりがない欲望だと気付いて、奥歯が軋む。
しかし、これ以上はいけない。
初めての逢瀬に疲れきった身体には、眠りが必要なのだと気付いていた。
捧げるように投げられた視線。重たげな目蓋と闘う姿は、なんとも健気で愛しいけれど。
「鷹通。少し眠りなさい?」
そっと告げると、苦しげに眉を寄せて首を振った。
「そんな……、私は、まだ…何も告げておりません…。友雅殿……」
急激に襲った眠気に混乱して、涙まで滲ませて。
そんな姿を見せられては、腕を弛めることすらできないよ。まったく…君は、本当に。
「こらこら。嬉しいけれどね、聞き分け良くしていなさい。……それとも、今夜限りの逢瀬などと寂しい事を言うつもりかい?」
「そんな…っ」
狼狽える身体を抱き寄せて、耳元で囁く。
「目覚めるまで離れずにいるから、安心して眠りなさい。焦らずとも、明日も明後日も夜は来る。君の気持ちも全て聞かせてもらうし、……私の全ても、ゆっくり教えてあげるから」
君が望まなくとも、もう私は君を離してあげられそうにない。
気が抜けた途端に事切れてしまった身体を寝かしつけて、その隣に寄り添った。
深く落ちた意識を確かめるように頬を舐めてみる。
ピクリとも動かぬ睫毛に底暗い楽しみを覚えて、身体中の敏感な部分を指で、舌で、弄ぶ。
「……ふ……ぁ………、……ぁ…」
寝息に混じる声を楽しみながら、ふと自嘲的な笑いが込み上げてきて、手を止めた。
これでは本当にキリがない。
可笑しい。
可笑しくて、楽しい。
今の自分はまるで、初めて与えられた玩具を手放せない子供のようなものだ。
「壊すわけにはいかないからね」
明日も明後日も夜は来るのだと、今度は自分に言い聞かせる。
もう逃がさない。二度と自由になどしてやれないから。私も……今は、眠ろう。
「すみません。起こしてしまいましたか」
衣擦れの音に目を開けると、身支度を整えた鷹通が笑いながら振り向いた。
うっすらと開いた戸の向こうで、空が色を変え始めている。
「どうしたんだい……、こんな時間に」
怠い身体を起こして髪をかきあげると、内緒話をするように身を寄せてくる。
「私はこれでお暇いたします。……忍んできた身ですゆえ」
楽しそうに告げる顔に迷いはなく、引き止めるきっかけを失ったまま後ろ姿を見送った。
………読めない。
あまりにも、読めない男だ。
昨夜の扇情的な姿との違いように、絶句する。
そしてそれを悔しく頼もしく想いつつ、惹かれている自分に気が付いた。
あれほど慣れた『退屈』という言葉の色すら、忘れてしまいそうな予感がした。
泰明殿の気配が京に戻ったとの知らせを受けた時、すでに神子殿の姿はなかった。
「神子殿は気付いてお出かけになったのでしょうか。……無事に泰明殿と合流しているとよいのですが」
鷹通は少し不安げに呟いたが、心配には及ばないと笑うしかない。
「大切な者を取り戻しに行ったのだよ。我々はゆっくりと待つことにしよう」
「大切な、者?」
そうか。鷹通に話してはいなかったか。
鷹通と心が通ってから随分と時間が経ったようにも思えるが、ほんの一日前の今ごろは『秘密を明かす』どころか、他愛のないことさえ何処まで話して良いものかと測るような距離にあったと、不意に思い出す。
「神子殿は泰明殿に心を寄せている様子でね。……まあ、そのうち君にも見えてくるとは思うが」
そういえばこんな事になる前は、泰明殿に嫉妬を覚えていたものだ。忘却の果てにある鷹通の面影を神子殿にかぶせて、恋だなどと………いや、誰にも気づかれていないはずだ。このまま忘れてしまうことにしよう。
「泰明殿と親しい北山の天狗に『お前は泰明に福を呼ぶ』と言われたと、それはそれは手の付けられないほど手放しで喜んでいたことがあったよ」
「天狗、ですか…」
怨霊と化した北山の天狗には苦労したから、鷹通の戸惑う気持ちもよくわかる。
「ああ。晴明殿の信頼も厚い大天狗だと言っていたから、危険な者ではないのだろう。泰明殿は不思議に満ちているからね」
「まったくですね」
不思議に満ちている…という意味では、君も泰明殿と同類なのだが…。
「それでは、今日は帰るとしよう。カケラの報告も兼ねて、神子殿に挨拶もしたかったものだけどね。焦って手を付けるようなこともないようだし」
踵を返すと、鷹通は少し慌てたように袖を引いた。
「友雅…殿……」
「なんだい?」
言い淀んで赤く火照った顔は、このまま連れて帰ってしまおうかと血迷うほどに愛しい。
「あの……今夜は…」
不器用で不慣れな、私の恋人。
「鍵はかけずに待っておいで。何も用意せずに……ああ、人払いは忘れずにね」
無粋なことと突き放さずに望むまま教えてあげよう。
下手くそでも構わない。
私は君と、恋がしたいのだから。
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何やってるんですか、友雅さんっ(笑) |