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【酔恋譚】 ~Suirentan-11~

 何とでもなるものだろうと、高をくくっていた。
 全ての人が通る道ならば、たいした障害ではないのだろうと。

 禁欲的な生活を送っていると他人から言われても。
 私には関係がないことと、その言葉の意味を知ろうとはしていなかったのだ。

 貴方以外の誰にも、教えて欲しいと願いはしなかったから。



 貴方の指が掠めた場所が、急激に熱を呼び込んでいる。
 一度堪えることをやめてしまえば、喉の奥から湧く切ない声は途切れることもなく。その声に、自分の声に、煽られて上り詰めていく。
 身体のあちこちにピリピリと落とされる、唇の名残。
 それが増えてゆくほどに、まるで貴方の所有物になるような感覚が心地良く、胸の底から燃えつくような傷みが広がっていく。

 ああ…。このまま貴方の物になってしまいたい。
 自分で考えることをせず、貴方との距離を量らずに、ただ傍で生きていられたら。
 そんな、貴方の負担にしかならぬような生き方に、憧れを覚えてしまう。
 決して自分にはできぬ生き方だと知っているくせに。
 たとえ貴方がそれを望んでも、そんなものにはなれぬと自覚しているくせに。

 座り込み、されるがままに刺激を受けていた身体は、熱く怠く火照っている。
「鷹通。足を開いてごらん」
 身を乗り出して鼻先で囁かれた言葉に従うと、嬉しそうに身を割り入れてきた。
「はあぁっ………ん、んぅ…っ」
 すっかり熱く固く張り詰めた物を、包み込むように手でさすられて鳴くと、あまりの刺激に涙が溢れる。
「と…、……さ、どのっ。ふぁあああっ。やっ、いけません、もう、もう…っ」
 それまではボンヤリと形にならなかった快感が、いきなり鋭利な牙を剥いて襲いかかってきた。
 逃れようと半身を引いても、固定されたように動かぬ足を置いて下がれるはずもなく、後ろに肘をついて腰を突き出す始末。
 視界が宙に飛んだ刹那、生暖かい感覚に脳髄までも支配され、わけがわからなくなる。
「ああっ、あ、あ…ぅ……、…ぁ……んあぁっ」
 何をされているのか、まるで想像ができない。直視する勇気もない。
 物凄い快楽に全てを揉まれている。
 それが友雅殿の仕業であるということだけが解る。
「友雅殿、あ、ああっ、と…まさ、ど……、あはあんっ」
 なにが……なにが、起こっている…?
 どうして、こんな声が出るんだ。言葉になどならない。……友雅殿。
 前後不覚になり、狂ったような嬌声をあげながら、無様にのたうち回っている。
 それ以外に出来ることが何もない。

 快楽の涙に閉ざされた視界。
 汗の匂い。
 耳鳴りの彼方で響く水音。そして自分自身の浅ましい声。
 肌に触れる、友雅殿の体温。

 そのまま世界が閉ざされて、一度、闇の中へ落ちた。

 何も聞こえず静かになった世界から、段々と耳鳴りが戻ってくる。
 包み込む柔らかな感覚を感じて目を開くと、不安げな瞳が覗き込んでいた。
「ともまさどの……………?」
 声にならず唇だけで名を呼ぶと、大きな溜息が肩口を覆った。
「まったく、君は……。まさか自分で処理をした経験もないと言うのか?」
 処理?
「何の、処理です?」
「自分の処理だよ」
 自分………?
 意味する所が解らずに首を振ると、呆れたような、温かいような、楽しげな笑いが降り注いだ。
 腹の底から笑いが込み上げるらしく、私を膝に乗せたまま、身を捩って笑い続ける。
「凄いね………くくくく。筋金入りとは、これを言うのだね……」
 確かに何の経験もないが、それは先に申し上げたはずなのに。
 友雅殿の笑い声が先程よりも近くなり、ようやく耳鳴りが落ち着いたことを知らせる。
 どうにかして身を起こすと、ふわりと真正面から抱かれた。
「それでも怖くはないのかい?」
 そうだ。自分の意志がまるで効かないような状態に陥ったのに、恐怖すら感じていない。
「おかしいですか」
 おかしい、かもしれない。
 友雅殿は額を額につけ、眩しそうに目を細めて破顔した。
「いや、嬉しいよ。新雪を踏みしめる喜びは、幾つになっても胸躍るものだ」
「そんなに綺麗なものではありませんよ」
 子供のように手放しで喜ぶ友雅殿を、少し可笑しく思う。
 その瞳に映った私の姿は、獣よりも浅ましく乱れたものだったろうに。

 不思議に思いながら見つめていると、友雅殿は胡座をかいて手招きをした。
「わからないなら教えてあげる。……なにもかもを」
 吸い寄せられるように近づくと、温かな掌に両頬をそっと挟み込まれて、下へと導かれた。
「舐めてごらん」
 頭上から響く声に頬を染めながら、言われたとおりに舌を這わせる。
 フッと友雅殿の息が乱れて熱くなった瞬間、……私の中身が燃え上がった。
 驚いて顔を上げると、ほんのりと頬を染めた友雅殿が意地の悪い笑みを浮かべている。
「もう少し、やめないでもらえるかな。……私も、君に愛されたい」
 友雅殿が快楽を感じている?
 私が、与えているのか…。
 どうしようもなく気分が高揚して、手順も解らずに舐め上げ、吸い付いた。
「はぁ……っ。鷹通……激し………」
 苦しそうな息づかいを感じて上目遣いで見上げると、よしよしというように顔を撫でてくれる。
「もういいよ。……少しわかっただろう。私も、君が感じていると嬉しい。それだけの事だ」
 友雅殿の砕けた微笑みに、頷くことしかできない。
 おぼろげに想像していたものとは、あまりにも違う、生々しい接触。
 快楽に隠れた願い。混ざり合う悦楽。
 切ない充足感。
 私は何も知らなかったのだと、それだけは解った。
「まだ何も教えていないよ、鷹通。しかし一度に知ったら刺激が強すぎるかな。続きは今度にするかい?」
「いえ……貴方になら、殺されても怖くはありませんから」

 貴方の全てを、教えてください。
 
 
 
 
 
 
 
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あまりにも未体験な鷹通(笑)情報過多の時代だと想像できませんが、この時代だし、意識して『その辺』を避けてた鷹通は、自慰なんてものも知らないんじゃなかろうかと。生理的な部分は避けて通れないだろうけど、夢精だって一時的なものだし。女の裸も氾濫してないし(笑)友雅にとっては、それこそ「アリエナイ!」って話だろうけど。