「僕たちは京に戻ってきた」
僕たちは京へ戻ってきた。
約10年ぶりの帰郷に九郎は懐かしそうにしていたけれど、それが許されたのはほんの最初だけだった。戦の後の雑務に追われ、後白河院への謁見を繰り返し、僕は僕で怪我人の治療をしているうちに日々は慌ただしく過ぎていった。
鎌倉殿から六条堀川邸を賜ったのもそんな日々の最中だった。そこに移り済み、片づけも終わった頃に源氏の仕事も一段落して、ようやく僕らは一息つくことができた。
そんな時、どちらが言いだしたのか覚えてないけれど、僕は九郎と並んで京の街を散策した。
「久しぶりだ」
歩きながら何度も九郎は言った。どこを見ても懐かしそうにいちいち目を細める九郎はかわいらしかった。
「ああ、ここも昔お前とよく来たところだ」
「そうですね。ここで九郎が立ちまわって、母上から貰った笛を無くして血相を変えて探してた」
「……要らんことを覚えてる奴だな」
「だって、無理もないこととはいえ君があまりに大騒ぎしていましたからね。それに、結構色々君のことを聞けましたし、あの日」
「そうだったか?」
「ええ」
普段ならうるさいとふくれていたところだろうけれど、機嫌がいいのか、はたまた大将という肩書が九郎を変えてしまったのか、
「最初からお前にはなんでも話していた気がしたけどな」
と、やはり懐かしさに目を細め柔らかに言うものだから、僕もつられて笑みを深くしてしまった。
「それにしても街の雰囲気が変わった気がする」
「そうですか?」
「ああ。こんなだったか?」
「うーん、平家がいなくなって、義仲殿が大分暴れまわっていたと聞きますから、そのせいかな」
「それもあると思うが、なんていうか、うまく言えないけど、戻ってこれてよかったと思った。だからかも」
「鎌倉殿のお役にたてること以外で?」
「そうだな……うん、そうだ、」
僕は問いかけた。自分でも把握できてない九郎は首をかしげながら思案して。
「……お前と一緒にこうして京を歩けているのが結構嬉しい」
と、僕にとっては目の瞠る事を、
「それと、この街をこれから俺が守るんだ、ってことも案外嬉しかった」
彼らしい唐突さで言うものだから、僕は微笑むことすらできなかった。
「おや、君もいきなり源氏の大将らしい事を言いだす」
「宇治川の前に散々そう言って圧をかけ続けてきたのは誰だ」
「威圧? そんなことしてませんよ僕は」
「またお前は」
さっきと違って今度は不満気にしたけれど、それも直ぐに崩れた。
「でも……俺はやるぞ」
「ええ。君ならできます」
「またお前はそうやってそそのかす!」
「そそのかしていけないですか?」
「いけない。俺はお前がそうやって焚きつけるとすぐに安心するからな」
「焚きつけてなんていないですよ」
焚きつけるっていうのはもっと別の事でしょう? なんて、ここより3年前の僕だったら言っていたのだろうか。
「…………お前がそういうならいい、けど、だが、先の戦はお前の助けがあったから勝てた。お前は俺にとってかけがえのない軍師だ。これからも頼む。共に平家を倒そう」
と、宇治川の戦以降何度も言った言葉を繰り返した。
ただし、いつもと違って、随分と改まって、ついでに頬まで赤くして。
「はい」
僕は微笑んだ。
もしかしたら、この時僕もらしくなく、目など潤ませていたかもしれない。
存外に九郎からこうして褒められるのが嬉しかったのだ。
九郎が源氏の大将として京へ戻ってきたことは僕にとっては本当に幸いだった。
これで平家を、清盛を滅する方法ができた、というのもあるけれど、
九郎と僕の目的が重なったことは僕の力になった。
罪を辿る道は辛く苦しく、心晴れぬ日が続いたこともあった、けれども僕のその償いの横に九郎の悲願とお役目があるならば、君の笑顔の為なら僕はそれまで以上に頑張れた。
君が笑ってありがとうと僕の名を呼んでくれることは、九郎が思っているよりも僕にとってかけがえなく、喜ばしいことだった。
それがどんなに僕を救ったか、きっと君は知らない。
僕にとって、九郎と出会い、その九郎が源氏の将として京に戻ってきたことは幸運だったけれどもうひとつ。
宇治川で神子に出会ったこと、そして僕が八葉に選ばれたこともまた、運命にしてはできすぎな程に救いだった。
神子が突然現れたということ、九郎や景時、……後に行動を共にした九郎の師やヒノエまでもが八葉だったことも驚きだったけれど、この僕までそれに含まれていたなんて、信じがたいにも度を越していた。今でも右手を見るたびに繰り返し思う。
龍神の神子。そして白龍。
彼らとの出会いは僕に大きな転換をもたらした。
僕が苦しめた龍の神はそうと知らずに僕に恵みをもたらした。
「白龍はどうして黒龍が生じないのか知っているのですか?」
「ううん、私にもわからない。でも黒い龍が蘇る兆しはないよ」
「では、どうすれば黒龍が生じるのですか?」
「神子が怨霊を封印していけば、五行が整って龍脈が蘇る。そうしたら私も元の力と姿を取り戻せると思うし、黒い龍もきっとまた生じる」
つまり、このまま僕が八葉として望美さんを助けて行く事ができれば、
彼女が神子としての役目を全うしてくれるのならば、戦とは無縁の地から来たという彼女に、僕が殺した龍に、僕は助けられるということで。
細かな策など何も要らない。ただ巡りをただすだけでよいのだと白龍は言った。
神とは本来僕や清盛殿がどうこうできるものではないほどに……触れて乱せども赦すほどに、偉大なのだ。
(02.11.2018)