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「行き違いの果て」


※九弁で無理やり気味描写があります
地雷な方はここから次の話へお願いします
ちなみに今回の主なあらすじ(反転)
どうしても熊野に行きたい弁慶は準備してたけどもたもたしてたから九郎に会っちゃったよ。
九郎の話を聞こうともしない弁慶に九郎がいらっとして押し倒してみて、弁慶は最初は九郎に後ろめたさを感じていたけど結局九郎の事が好きなわけだしなによりいらっとしたので喧嘩を買っちゃったよ。
そしてそのまままともに話もせずに弁慶は出てっちゃったよ。


 まだ文月だと言うのに随分と蝉がうるさく鳴いていた。
 昼下がり。正午までには熊野に発ちたかった筈なのに、僕は未だ部屋の中で探し物をしていた。
 笠がなかった。日頃の行い、というものがこれほどに当てはまるもなかっただろう。物の積みあがった部屋の中、あんなにみつけやすいはずのものが見つからないなんて。
 こんな時でもなければ出立は明日にまわしただろう。けれど僕は焦っていた。もしこんなことのせいで機会を逃したら悔やんでも悔やみきれなかったし、僕一人の問題でもなかった。だから僕は焦っていた。
 それに。
 探し当てる前に、足音が近づいてきた。僕は唇を噛んだ。……これを最も避けたかったのに、間に合わなかった。
 振り返る必要はなかった。足音は九郎のもので、そもそも静かに僕の所に近づいてくる人間など九郎しかいなかった。それは部屋の入り口あたりで止まり、明るさの足りない言葉を落とした。
「行くのか」
「ええ」
 こんな時でもなければむしろ、別れを惜しみ会話を交わしあっただろう。けれどいくら僕でも昨日の事がひっかかっていて、そっけなく返すことしかできなかった。
「どうしても行くのか?」
「ええ。兄の頼みですから。君も、君の兄上の為に働いているでしょう? そういうことで了承してください」
 一瞥すれば、九郎は言葉を噤んだ。僕も再び笠を探した。
 笠を持たずに出てもよかった。けれど今、陽射しは強いし、なにより
「もうすぐ雨が降る。せめて明日にしないか?」
彼の言うとおり、空には既に重々しい雲が広がっていた。
 だからこそ笠が欲しかった。
「まだ梅雨の終わりは先でしょう。雨を理由にできません」
 僕がきっぱりと言っても九郎は部屋を出て行きはしなかった。
「そこにいるなら手伝ってくれませんか?」
「断る」
 そして彼もまたきっぱりと言った。
 険悪だった。この一年前、僕が彼を突き放した日から少しずつ……否、もしかしたらもっと昔からずれていたのかもしれない僕らの関係はますます捻じれていたけれど、この頃はいよいよだった。
 僕は僕のすべきしか見ていなかった。
 九郎は九郎で、いつ平家を、木曽を追討するために鎌倉殿が出陣するか分からないのだ、気が気でなかったろうし、そもそも街自体が異様な興奮に包まれていた。
 前日の事もあった。
 それでも僕は無視した。
 それでも九郎は出て行かなかった。留まり続ける九郎の気の鋭さは増していった。ぴりぴりとしたものを感じたけれど、構わずに僕は彼を無視し続けた。
 そのうち、まるで彼が呼んだかのように、どん、と雨が降ってきた。
 これみよがしなほどに土砂降りだった。
「ほら、降ってきた」
 柱によりかかりながらかける声は無感情。九郎らしくないほどに。
 僕はそれでも無視をする。
 ざあざあと流れる雨と一緒に僕の感情も消えてゆいった。
 ……九郎がそうされるのが嫌いな事を知っていたのに、
知っていたからこそ。
 闇雲に怒らせようとしたわけじゃなかった。ただ突き放したかったし、余計な事をしたくなかった。そうすれば出て行くと思っていた。
 なのに。
「今出たら風邪を引く。そしたら兄上の手伝いなどできなくなるぞ。ましてや、熊野に行けるかも怪しい」
 言いながら、九郎が入り口の板戸を閉めた。それでも雨の音はよく響いていた。
(……人が出かけようとするのに、戸をしめるなんて)
「なにを」
「それどころか、熊野まで辿りつけないかもしれないぞ」
 僕は彼を睨み抗議しようとした、けれど言い終わるより前に、心配する言葉を淡々と吐きながら九郎が大股でこちらに近づいてきた。至近距離で目があった。一瞬、僕はその瞳の奥に垣間見えたものにすくんでしまった。その間に僕の体は崩れた。瞬く間に押し倒され、伸しかかられていた。
 雨が打っていた。全ての音を奪われて、部屋の暗さも相まって、九郎の瞳だけがぎらりと光った。
 もしかしたら、何か話があるのかと思っていた。僕に相談でもあって、それで出立を伸ばして欲しいのかと思った。
 けれど違った。彼の瞳に浮かんでいたのは、およそ僕には向けられたことのない程の憎しみだ。……源氏を蔑ろにする僕へ。息を飲んだ。目を瞠った。
「離してください」
 それでも、と、彼ほどに冷たく返した言葉は無視された。九郎はぴくりとも動かなかった。
「九郎、どいてください」
 続けざまに、今度は憎しみをこめて言っても動かなかった。でも、瞳だけは揺らいだ。
 迷える瞳。
 だから僕は九郎の手を掴んだ。引き剥がすつもりだった。けれど逆に掴まれ、もう片方の手と一緒に頭上に押さえつけられた。
「っ、」
 床に転がっていた本が腕に当たって、痛みに顔をしかめているうちに、くるりくるりと器用に九郎がその辺にあった紐で僕の両手を縛った。
 まさに日頃の行い、だ。散らかしておくからこんなことになる。けれど反省などしている間はもちろん、この時の僕にはなかった。
「九郎!」
「前に言っただろう? 夜伽の相手ならしてもいいと」
「それは、」
 僕は目を瞠った。
 夜伽の相手をしてもいいと、たしかに僕は言った。けれど九郎にだから僕は言ったのだ。軽んじてたのだ。九郎にそんなことできるはずないと。良く言えば信頼だ。九郎がそんなことするはずがないと。ただ僕は傷つける為だけに言ったのに、なのに、まさか九郎が実際に事を起こすなんて思うはずもなかった。し、そもそも、この時の、覆いかぶさられる体勢は、そういうものを連想させるものではあったけれど、まさか、本当にそういう意図だったなんて、しかも唐突な上に、縛り付けてまでなど、想定の外にもほどがあった。
「今はそんな場合じゃ」
「いつでもいいと言った」
「昼間ですよ? そういうの嫌いでしょう?」
「これだけ暗ければ昼も夜も変わりはしない」
 そして頬に九郎の手が触れた。随分とまろやかにひたり、と、触れて、それはそのまま顎を首を辿り、僕の外套の止め具を外してしまった。
「九郎、」
(九郎、やめて、君が傷つく)
 伝えたかった。けれど、彼に優しくできない僕は言葉として紡ぐことができなかったし、視線すら合わない彼に渦巻く想いは、伝わることは無かった。打ちつける雨音だけが場を包んでいた。
 そうこうする間に九郎は横着に僕の衣服を乱して肌蹴させた。そんな姿は乱暴に僕を押しつぶした。
(九郎を傷つけてきたのなんて……今更なのに、)
 卑怯な僕は結局全ての言葉を飲み込んだ。
(そう、今更だ)
 最善は、行くなと言った九郎の要求を受け入れることだったのだろう。鎌倉殿の弟としての立場に潰れかけて気が立っていたのだろうと推測できたのだから。けれどそれは僕には許されなかった。
 ならば蹴飛ばすべきだったのだろうか。九郎の手を払いのけ罵ればよかったのだろうか?
手の束縛など緩かった。そもそも足は自由だったのだから逃げる事など容易かった。きっと九郎はそれを望んでいた。僕だって九郎は二度と僕に触れられないだろうと見くびっていたなら尚のことそうすべきだった。そうすれば僕らの関係は本当に切れる。諦める。
 けれど動けなかった。僕は怖れた。もちろん、強引に体を開かれることを、ではない。そんな事、九郎相手に思うはずがない。
 僕が怖れていたのは結局のところ彼の真の意が分からなかったからだ。やはり僕にとって、九郎がここまでするという事は尋常ではない事に思えたから。
 そんな僕を九郎の指が粛々となぞった。
「っ、ふっ、……ん、」
 何でもないように耳朶を噛み、項を、鎖骨を吸った。痛みを伴う程だった。多分跡がついた。それだけで僕は震えた。視界が歪んだ。欲を露呈されても抗議すらできなかったし、辿られれば簡単に猛った。そして、思考がどろりと崩れた。
(……まずい流されすぎだ)
 思えど、心外にも僕は動けずにいた。それは些かの誤算、というより、甘かった。どうにかできるわけがなかった。相手は九郎なのだ、何度も肌を重ねた相手、という以前に、僕は九郎が好きで、大事で、その彼に触れられて打ち震えぬわけがなかった。想いばかりを募らせてしまったのだから尚更だ。しまいこんだ記憶は簡単に晒され、身体は簡単に、あっという間に熱を帯びていった。
 それでも零れる息は必死に飲み込んだ。残った理性がかろうじて僕を制していた。
(ここで縋ったら今までの一年が台無しだ)
 堪える僕を、九郎は露骨に嫌がった。口にしなかったし顔にすら出さなかったけれど態度が示していた。昂りを扱く手が乱暴になり、乳首に歯を立てられた。痛みに僕は呻きそうになった、けれどそれも堪えれば、九郎の攻めは更に強引になった。手の動きに緩急がついて、舌でねちねちと膨らみをつぶした。いちいち人の好みを覚えているのが憎たらしく思えた。
……後から思えば、九郎の性格だったらここで諦めていたんじゃないかと思う。なのに続行したということは、それだけ彼は自棄になっていて、それだけ僕は九郎を追いつめていたということだったのに。
 両の手のひらをぎゅっと重ね堪えていれば、ようやく九郎の顔が僕の胸から離れた。漸く目があった。相変わらずに無表情で、瞳に熱さえ帯びていなかった。ぞっとした。けれど間髪いれず、いきなり九郎は長い指を僕の口内につっこんだ。
「っん!?」
 突然のことに驚いて、僕はとっさに対応できなかった。その間に指が僕の舌を撫でた。反射的に僕の舌が蠢きそれを嬲り貪っていた。けど重なったままの視線に頬が焦げ、我を取り戻し、噛みちぎってみようかと顎に力を入れたところで、素早く抜かれた。
 そのままかなり強引に膝が割られて指が後孔に差し入れられた。今度こそ僕はのけぞった。
「や、」
 ぞくりと一気に悦が背筋を駆けあがった。顔が崩れた。構わず九郎の指は滑らかに僕の中を犯した。一直線に弱いところまで潜り込んでぐいぐいと刺激した。
「っ……!!」
 必死に声を殺した。けれど耐えれば耐えるだけ、体の中に悦がたまってゆくような気がした。眩暈がした。両手を縛った紐が軋んだ。それで耐えきれるものじじゃなくて、視界が滲んだ。やりすごすにはあまりに直接的に善すぎた。
(くっ、簡単にもっていかれる)
 こうも簡単にここまで融かされた僕を、九郎は随分と冷たく見ていた。そう、なおも冷たかった。
 随分な仕打ちですね、とでも言ってやりたかった。けれどもちろん言葉を紡ぐどころではなかった。それに多分、僕は九郎のその目で正気を、九郎への想いを口にしてはならぬ現状を繋げていた。冷たい感情を向ける、どこまでも彼に不似合いな目が、僕にも同じ感情を植え付けていくようで、瞳を開けているのもやっとな中、懸命に彼と視線を絡めた。
(君は、僕じゃないんだから)(君は、僕じゃないのに)
(そんな目をしていいはずないのに)(なのにそんな目をするのか)
 ただ、身体はそうはいかなかった。容易く絆されていた。九郎の指が動くたびに後孔はひくつき、そのたびに九郎の指を締め付け、刺激が増した。悪循環。九郎も九郎で淡々と僕の中を弄んでいった。僕を見降ろしつつどんどんと広げていった。
「んっ……くぅっ、は、あ」
 堪え切れずに息が漏れ、腰が揺れた。閉じられなくなった足先が、半端に残された袴ごと九郎に絡んだ。容赦なく追い立てる絶頂の気配に慄いた。
(どうしよう)
 けれど矢先、九郎が動いた。頭が下がった。
 何を、と虚ろな僕が見つめた先で、おもむろに唇を開き、僕の性器を咥え、吸い上げた。
「あっ、やっ、ああああっ!」
 考えるより先に、その圧倒的な悦楽に僕は成す術も無く、息をまともに吸う事さえできずに達した。びくびくと繕う事もままならずに精液を九郎の口内に吐きだした。
 久方ぶりの強すぎる感覚に刹那意識を見失った。
 だから後悔が襲ってきたのはその後だ。
「九郎……?」
 懸命に繋いだ視界の先で起きた光景に、僕は一気に青ざめた。
 そもそも九郎の口の中で果てるようなこと、したことなかったのに、あろうことか、九郎は僕が吐いたものを飲み干していた。
 けれど相変わらずに裏腹に未だ吐清の余韻で震える身は、目の前の光景にぞくりと震えた。身体の芯が甘く痺れるのを感じた。挙句、九郎が指を僕から引き抜いただけでそれは簡単に増幅された。
(何を、僕は!)
 そのことも愉快ではなかった。それでも、息を整え、冷静を取り戻そうとした。
(どうすれば、よかったんだ?)
 やはり、九郎の手を払いのければよかったのだろうか。蹴飛ばして罵ればよかったのだろうか。
 それで九郎は諦めたのだろうか。
 それで……ああ、仮に、僕が源氏にいよいよいられなくなったとしても、それが九郎に唯一できる、僕の償いだったんじゃないだろうか?
 自らの罪と秤にかけても……たった一度、ひとつだけ例外として慈しんでも、赦されるのではないか?だから。
「九郎」
 整わない呼吸で、滲む視界で僕は呼んだ。そして僕は今度こそ、縛られたままの手で彼を押し返した。
「もう気が済んだでしょう」
(そうだ、君は僕じゃない)
(こんなことに耐えられるほど、君は汚れていない)
(なにより僕も……本当に、戻れなくなってしまう)
 思っていた。この状況を怖れていたのは、僕じゃない九郎の方だ。言葉で意図的に傷つけることに慣れていない九郎は一生懸命に心を殺していたと。分かっていたつもりだった。
 けれど僕は読み違えていた。だから九郎は言った。
「そうだな、これでもう、行けないだろう?」
 ひとつめの呟きは雨音に溶けて聞こえなかった。変わらぬ無表情だけが僕の瞳に映った。
「え?」
「こんな姿でどこへ行けるんだ? 足だって、力が入らないだろう?」
 僕の髪を撫でながら繰り返された言葉はようやく僕の耳に届いたけれど、それでも返事を返せなかった。
「だから、ここにいればいいな」
「…………それは」
 名前も、呼ばなかった。ばらばらと屋根を打つ雨音が鬱陶しいほどに響き、支配していた。
(……君はどこまでも……どこまでも!!)
 みしり、と、腕の紐が軋んだ。唐突に声をあげて笑いたくなった。けれどその前に僕は、自動的に口角を上げ睨み上げていた。
「……へえ、その為にこんなことをしたんですか、君は」
「そうだと言ったら?」
(馬鹿馬鹿しい)
(九郎を傷つけてきたのなんて……今更だ)
(だったら僕のすべきはひとつ)
「ふふ、随分と……半端な事をする、と、言いましょうか」
「半端だと?」
「ええ。僕を外に出られないようにする、で、やったことがこの程度? 笑わせる。君も本当、子供ですね。それとも穢れるのが怖い?」
 うっとりと僕は告げた。ここでようやく九郎の綺麗な顔がぴくりと歪んだ。
「やるなら、きちんと最後まで犯せばいいじゃないですか。突っ込んで、どろどろにして、足腰も使えなくして、湯でも浴びなければ出られないように、それくらいしてみせればいいじゃないですか? もしかしたら絆されるかもしれませんよ?」
(徹底的に傷つけて)
(二度と、僕の目の前に顔など出せないというほどに)
(追いつめて)
「……お前」
「あるいは、自信がないのかな? 僕をそこまで溺れさせるなんてできない? もしくは、僕を傷つけるのが怖い?」
 九郎は何もしていないのに、
ただ、僕を好いてくれた、それだけだったのに。
「言ったでしょう? 夜伽の相手ならしてやりますって。さあ、かかってくればいい、九郎。僕を満足させられるならね」
(追いつめてやる)
「……言ったな?」
 九郎の目が一気に据わった。そんなもの、と、鼻で笑い飛ばした僕の、縛りあげたまの腕と腰に手を添えてくるりと僕を転がした。
 受け身のとれぬ体勢の変化にあちこち軽く床に打ち付けたけれどすぐさま首を回し余裕を繕って九郎を煽った。
「ふーん、それで、どうしてくれるんです?」
「どうするもなにも」
 と、九郎も帯を解き、衣を落とし、投げた。僕も引っ掛かってた袴を蹴り捨てた。
「先に言う」
 そして、背後に回った九郎は、すっかり激昂を帯びた声で。僕の後孔にはりつめた昂りを押しあてて。
「お前が好きだ。行かせない」
 僕が言葉に目を見開いた矢先、九郎はぐい、と勢いよく突っ込んだ。
「くっ、あっ、あ、ああ、」
 堪えるつもりはもはやなかったけれど、声も消せなかった。
(まさか、そういう事、だったなんて)
 動揺を押し殺すように、かわりに全身に力を込めた。
 さっきまで九郎が僕をいいようにしていたように、僕だって九郎の好みくらいは知っていた。だから動いた。九郎に合わせて腰を引き深く長く打ちつける、と、
「っ、……弁慶」
 酷い声で呼ばれた。
 僕にはそんな声音で彼に呼ばれる資格はあるけれど、けれど今ではない、もっと未来か、あるいは過去であるはずだったのに。……だから僕はそのまま続けた。滾った。恨めばいい。いくらでも。むしろそのほうが好都合だったはずだ。
 あっという間にまた息に熱が混じり出した。下に敷いたままの外套で滑って邪魔だったし、膝が崩れそうになるけれど、止めなかった。九郎もさせまいと僕の腰を両手で掴んだけれど、抑えがきかなくなっているのは向こうも同じはずだった。封じられたかわりにやわやわと締め付ければ、九郎が息を飲んだのが分かった。吐息が場違いなほどに甘やかに僕の耳を犯した。
(はやく)
(はやくいってしまえ)
 九郎は性格の割にこういう時だけ我慢強い。
 いつも、変なところで、厄介な所で、思ってもみないところで我慢強い。
 僕はそれに気付かずに、
僕はその訳にも気付かずに、
僕は僕の都合で九郎を置き去りにする。
(でも、それでいいんだ)
 ちらり、と僕は身をねじって九郎を見上げた。目が合ったから微笑んだ。僕に燻る彼への愛しさを全て込めたそれに、九郎は怯んだ。その隙に手を逃れ、強く二三度打ちつけた。声も素直にあげた。
「っ卑怯だ!」
 そして九郎が負けた。ついに僕の中に九郎は精をぶちまけ、悔しそうに呻いた。
「っ、……あ」
 悲しそうに呻いた。ごめんなさい。悔恨の伴わない謝罪で僕は彼から視線を逸らした。そのうち、九郎の息がゆっくりと落ち着いていった。
(これで終わりか)
 複雑な想いが僕の中を彷徨っていた。全ての感情が僕の中に揺蕩っていたかのようだった。それでも、それでも、終わりだ。僕はゆっくりと九郎から離れようとした。
 けれど。それもまた、誤算だった。
 九郎は僕を離さなかった。腰を落とした九郎は何も言わず、僕を後ろからぐいと抱き寄せた。僕がまだ昂ぶっていたからかもしれない、なんにせよ、九郎は続行した。背後から僕を抱え乳首を押しつぶし項にかみついた。痛いのに勝手に首筋が伸びた。もっとそうして欲しいとねだっていた。こんなときだというのに九郎の体温も心地よかった。九郎の肌はやっぱり少し熱くて、それに跳ね返されたように、あるいは彼のそれまで移ってきたかのように、艶やかな(じゃないんだよね!!)熱が籠って僕の中で反響した。
 つまり、僕もとうとう九郎に負けた。
(ああ、九郎)
 気付けば、心の中で何度も彼を呼んでいた。もしかしたら唇に乗せて紡いでいたかもしれなかった。
 そうしてついに僕は無防備に振り返ってしまった。閉じることのできなくなっていた唇を、すぐさま九郎が貪った。ぐい、と九郎の髪を掴んで引き寄せながら僕もそうした。大いに嬲った。何もかもを置き去りに、接吻と呼ぶにはあまりにも生々しい行為だった。けれどきっとそれは言葉の代わりだった。そのままどろどろと欲に濡れ続けた。最早縋りつくのも構わずに、縛られた両腕の拘束を今度こそ乱暴に解き、互いに息を零し手足をも絡め、平泉にいた頃のように抱き合った。

 気付いたら眠っていた。喉がひりと痛んで目が覚めた。瞼を開けたらやはり九郎が隣で寝息をたてていた。僕は静かに身を起こしながらあたりを見まわし、状況を思い出し、確認した。
 相変わらずに雨が降っていた。この状況でよくも熟睡したものだ、と、他人事のように感心した。けれどいくら部屋の中は薄明かりが差していた。
(まだ日は落ちてない。大丈夫だ)
 僕はゆっくりと立ち上がった。けれど衣服はひどい皺がついているか、汚れているかのどちらかで、おおよそ着られるような状態ではなかった。僕が下敷きにしていた外套など目も当てられなかった。
 それでもここにいるわけにはいかなかった僕はそのまま衣を纏った。きっと道中で少しは汚れが流れるだろうし、最初の宿でも雨にぬれたことを口実に水を貰い洗えばいい。幸い季節は夏だったから風邪もひくまいと思えた。僕は一転、降雨に感謝した。
 探していた笠は、やはり見まわしただけでは見つからなかったから九郎の物を勝手に拝借した。外套は諦めて置いていった。
 そうして静かに、極めて静かに身を整えた僕は、最後に一度、眠る九郎の顔を見た。
 酷い顔だった。酷く苦しんでる顔だった。きっと悪夢を見ている。そうでなければ、また頭痛に苛まれてるのかもしれなかった。
(まさか、そういう事だったなんて)
 九郎がこの頃、僕を引き留めていたのはただ、鎌倉殿の為に働けとか、軍師としての才を期待されていたからだとしか、僕は思っていなかった。
 まさか、ただ恋情でもって引き留めていただなんて、未だ僕を想ってくれていたなど、少しも気付いていなかったのだ。
 それでも僕は、彼から離れるのだ。
 罪があった。咎もあった。だからこの離別は揺るぎないものだった、けれど、
(僕は弱いから……あんな想いを見せつけられたら、もう君を拒絶できないのだと知ってしまったから)
(そうしたらいつまで続くかわからなぬ償いの道を辿ることなどもう、できなくなってしまうから)
だから、彼から離れるのだ。
(さよなら、九郎)
(今度こそ君は、僕を許しはしないだろう)




書いてるうちによくわからなくなってるやつ
(08.10.2017)


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サソ