「あのひとは、消えました」
九郎に決別を告げた後。
一応、鎌倉殿の命という形で京へ向かっていた僕は、報告すべく一人大倉御所へ向かった。
本来、僕のような身分の者では上下関係に厳しい鎌倉殿に直に会えはしなかった、けれど、むしろこのような場合は直の報告を望むところがあの人にはあったのだ。そういう堅実、あるいは独裁的な部分は、常日頃から鎌倉の町に浸透し、この地の形成の基盤となっていたのだろう。
その道中。ある光景に僕は歩みを緩めた。
どこぞの武士の屋敷の傍らで、若い尼僧が顔を上げ、じっと何かを眺めていた。
黒髪の、後姿の美しい彼女は九郎と同じ年ごろに見えた。彼女の眼前には大きな楓の木があったので、余程美しい花か鳥でもいるのだろうか、と、近づきつつ、僕も無遠慮に彼女の視線の先を見やった。そして。
(ああ、成程)
すぐに把握した。木の上に、襟巻かなにか……布がひっかかってしまっているようだった。
「お困りのようですね」
歩み寄り、声をかければ、弾かれたように女性が僕を振り返った。
「えっ」
「あれ、あなたのものなのでしょう?」
「……はい」
言葉少なく、こくりと彼女は頷いた。顔かたちも美しい人だった。そして、思いの外年若かった。ヒノエと同じくらいかも、なんて頭のどこかで考えながら、僕は携えていた薙刀をくるりと握りなおした。
「僕がお役にたてるかもしれません。……少し、下がっていていただけますか」
彼女と入れ換わる形で屋敷に近づき、柄の部分で、そっと布をつつくと、幸いな事にふわりと布は枝から離れ、持ち主の元へ落ちた。
「ああっ! よかった、ありがとうございますっ……本当、なんとお礼をいっていいのか」
「そんな。大したことはしていませんよ」
また元通りに薙刀を握りなおしつつ微笑めば、よほど大事なものだったのか、しっかりと布を抱きしめながら、彼女は安堵の笑みを浮かべていた。
「いいえ、大切な……大切な思い出の品だったんです。そうだわ、お礼をしなければ。是非、家に寄ってくださいませんか? そう遠くはござませんから」
「そんな、お気遣いだけで十分ですよ」
「そうは参りません。本当に大切なものだったのです。これがなくなってしまっていたら、私……」
引き留める彼女を見ながら、不思議な印象の女性だな、と、僕は片隅で思っていた。
遠目には大人びて見えた。きっとしっかりした人なのだろう、と、思わせつつも、裏腹に、言葉をかわしていると、妙な儚さを感じられた。そもそもからして、本来ならばもっと着飾って華やかに過ごす年頃だろうに。
(悲しいことが、あったのだろうな)
自分の寂しさをまぎらわしてみたかっただけかもしれないけれど、いくらかでも助けになれるなら話くらい聞いてあげたい、と思った。
けれど残念ながら、鎌倉殿への報告を後回しにすることはできなかった。
「ではお言葉に甘えようかな、と言いたいところですが……すみません。実は、今から行かなければならないところがあるんです」
「そうでしたか! まあ、ああ……っ、それなのに引き留めてしまって。申し訳ありません」
「いいえ、一日の最初から綺麗なお嬢さんとお話できたのですから、役得ですよ」
「まあ……そんな、私は尼僧ですから、そんな」
と、僕の言葉に女性の頬が赤く染まった。年相応の可愛らしさを持って映った。
「ふふ、可愛いひとですね。ですが、僕は事実を述べただけですよ」
「もう、からかうのはおやめください」
そんな姿が尼僧装束とちぐはぐで、からかってなどいないのにな、と、続けたくなったけれど、それでも言葉をただの笑みに変えて、僕は別れを告げるしかなかった。
「困ったな、こうしているとどんどん名残惜しくなってしまいますね。本格的に動けなくなる前に、失礼することにします。それでは」
と、軽く会釈して、その場を去ろうとした。けれどそんな僕の外套を、彼女がくいと引いた。
「あ、待ってください」
「え、あ、はい」
「せめて、お名前を教えていただけませんでしょうか。私は……朔と申します」
思わず目を丸くしてしまった僕に、彼女が黒い瞳を瞬かせもせずに名乗った。
「朔殿、ですか」
闇夜を意味する名。彼女に夜の印象はなかった。なのにその響きは妙に相応しく、奇妙な想いがしたものだった。
「僕は、名乗るほどのものでもありませんが、武蔵坊弁慶と申します。しばらく鎌倉にいると思います。また巡り逢えたらいいですね」
「はい。こちらこそ、その時にこそ、きっとお礼を」
告げた彼女はしっかりと布を抱きしめていた。
どこか不思議な出会いだった、と、心の中で思い返しながらも大倉御所に付き、鎌倉殿に面会を許され、僕は京での出来事を出来る範囲で報告した。
平家はあちこちに出兵しているから京は空洞化が進み、治安は悪化していること、けれど平家を留めるまでの力は現朝廷にはないこと、街は荒み、ついには怨霊まで現れた、と、そこまで僕が述べたところで、高みで鎌倉殿と共に話を聞いていた御台様が声を上げた。
「まあ、怨霊、ですの? なんて面妖な……でも怨霊など伝承の類のものでしょう? 弁慶殿、あなたの見間違いではなくって?」
どちらかといえば寡黙(というより、無用な事を口にしない)鎌倉殿と違い、御台様は存在するだけで華やかな人だ。この時も扇で口元を覆つつの、いくらか大げさな一言で、それまで淡々としていた場の空気をがらりと変えた。油断できない人とも言えた。
「いえ……残念ながら、実際に相対し、傷も負わされました。京では清盛殿の祟りだとされ、貴人から下々まで当たり前のように噂が広がっております」
「にわかには信じがたいな」
鎌倉殿も流石にすぐには僕の話を信じはしなかった。けれど御台殿は、ふと思いついたという風に、扇をぱちりと閉じて指で弾き。
「でも、そういえば、黒龍の神子を名乗る者がいるのでしたね。神子は怨霊を封じるもの。でしたら、怨霊がいるのも必然かもしれませんわ」
「黒龍の神子、ですか?」
そして突然の話題。場所も、相手も弁えず僕は色めきたった。
「あらあら、弁慶殿も御存じ?」
「……ええ。龍神と神子の伝承に、以前から興味があって調べておりましたので」
「まあ、勉強家でいらっしゃるのね」
くすくすと笑む姿を見れば、膝に置いていた掌の代わりに、足の指先に力がこもった。
無理もない。僕が滅したはずの龍の、その神子がいるというのなら。
「その方は、今、鎌倉にいらっしゃるのですか?」
僕は焦りを慎重に隠して聞いた。すると、とある名前が飛び出した。
「うふふっ、私の言葉を信じてくださるの? 我が殿は信じてくださらなかったのに」
「ふん、龍も呼べぬ神子を、どうやって信じろというんだ?」
「でも景時がわざわざつまらない嘘をつく理由はさらにないでしょう?」
(景時?)
(景時、というと、九郎がよく口にしてた、あの?)
梶原景時。後に八葉として共闘することになる仲間。
僕はまだこの当時、顔を合わせたことはなかったけれど、名前は知っていた。
「あら、弁慶殿も、景時はご存じ?」
「はい、僕はお会いした事はございませんが……」
「そうよね、景時は有名ですもの。なんといってもこの方を救ってくださったのですから」
そう、有名だった。まだ挙兵して間もない鎌倉殿の危機を救い、後に平家側から裏切った武将。実力も高く、この頃は八幡宮の新たな社の建立に取り掛かっていた。
九郎とは既に相当親交があった様で、彼が何度も、ごく気安く名を呼んでいたのは印象的だったのだ。
「くすくす、神子に興味がおありのようね」
実に楽しげに、政子様は僕を見下ろしながら微笑んでいた。
油断していた、と、我に返ったけれど時遅し。判断した僕は、こうなれば、と率直に切り込む事を選んだ。
「そうですね。正直、僕も伝承の中の存在だと思っていたので……それに、怨霊を実際に見てしまいましたから」
「でしたら……ああでもそうですわ、怨霊の噂が本当なら、身を守る手段を考えなければならないのね。弁慶殿はご存じで?」
「いえ、ですが、僕も具体的な対処法までは」
「そう。困りましたわ」
ぱちりぱちり、と、扇を弄びながら御台所は悩む風を見せ、隣の鎌倉殿もなにかを思考していた。
(……彼らは平家に追撃をかけるつもりか)
両家の対立は既に戦火となって表だっていて、必然だったとはいえ、僕はいくらかの救いを…なんていう言葉で表せるような白い感情を、この二人に対して抱いてなどいなかったけれど……源氏が平家と事を構えるなら…京へ攻め込むのなら、何か手掛かりを得ることができるなら……いっそ、攻め込ませなければならないとすら、思っていた。その為に源氏に残ったのだから。
ただしそれよりもこの時の僕には聞くべきことがあった。
「……先程の話ですが、梶原殿が、黒龍の神子様をこの鎌倉へお連れした、のですか?」
いくらか慎重に口を開いた僕に対し、御台殿は実にあっさりと返した。
「あら、でしたら直接、景時にお聞きになられればどうかしら? ……弁慶殿がそんなにも、気になっているんですもの。景時のことだからきっとよく取り計らってくれるのではなくて?」
「そうですか……僕のような身分でお会いしていい方なのか、少し躊躇いますが、政子様に背を押していただいてしまいましたから、伺ってみることにいたします」
「ええ、そうなさいな。景時は既に九郎とも知らぬ仲ではないようですし、弁慶殿も縁を深めて、更に殿に貢献なさればよいわ」
「はい、善処いたします。それと、他に京で気になった事と言えば……」
軽やかな口調に目を細める彼女の笑みは、何故か、無性に、不快だった。理由を探ればよかったのかもしれない。けれど無理だろうと判じた僕は、早々に話題を変えることを選んだ。
実際、他にも報告すべきこと…法皇や平家の動向も掴んでいたので、不自然にはならなかっただろう。けれど、その間に、平常と言われればその通りではあれど、悠然と構え続けていた二人の様子がどうにも、落ち着かなくて……特段、互いに何も、腹の探り合いさえしていなかった場だというのに、一方的に煮え湯を飲まされた様な心地ばかりが残った謁見だった。
主だった報告も終わり、終始表情を変えなかった鎌倉殿に下がって良いと言われた僕の目的は、自然、黒龍の神子への面会へと移った。
とはいえ……僕の、九郎の腹心、という立場を考えれば当然とはいえ、政子様は『梶原殿』への仲介をしてくれなかったので、『梶原殿』への伝手を探す所からはじめなければならなかった。
彼は有名だったので、日数をかければ、御家人ではない僕でも辿りつくことができただろう。けれど僕は、特にこの時は、焦っていた。何かしなければという観念に追いたてられていた。
ならば、頼るべきはただひとつしか無かった。
当然過ったのは、朝方のやりとりだった。もうこの頃にはすっかりと……償いの事と関係ない所でも、目的を達するためには比較的、手段を選ばない僕だったけれど、いくらなんでも、一方的な離別を切りだしてから数刻も経ってない状況で、九郎に頼みごとをするのは抵抗があった。虫が良すぎると思ったし、なにより、九郎に築いてきた情は、そのようにまで容易く、ぞんざい扱うような物では、けしてなかった筈だった。
故に家に向かいながら僕は迷った。迷った。けれど言い繕ったところで結局、僕は既にもう、九郎を十分に傷つけてしまっていて、この期に及んで躊躇いは許さると思えず、
なにより、黒龍の神子、という情報に僕は捉えられてしまっていた。
(神子がいるならば黒龍は、蘇っているのだろうか? ……僕が滅した黒龍が)
(けれど「龍も見せない神子」と、言っていた、その意味も知りたい)
今度は切りだし方を思案しているうちに、家の前まで辿りついてしまった。
挙句、まだ腹も括らぬうちに、郎党の一人が僕を呼んだ。
「弁慶殿! よかった、お戻りになられた」
「ご苦労様です。どうしましたか? 九郎になにか」
「いえ、弁慶殿にお客人ですよ。九郎殿のところにいます」
「そうですか……誰でしょう、ありがとうございます」
彼はいつも明るく場を盛り上げる人物だったけれど、いつも以上ににこやかに言うので、、僕はいくらか身構えてしまった。
どういう意味なのか。誰が来たというのか。そして、九郎にどういう顔で会えばいいのか。
それでも、最早出たとこ勝負しかないだろう、と、歩みは止めず、九郎の部屋へ近づけば、誰よりも聞きなれた主の声が聞こえてきた。
存外、朗らかなそれに、大丈夫そうだとまずは胸を撫でおろした。客人が来た事がいい気分転換になったのかもしれなかった。
僕はそのまま聞き耳を立てつつ近づいた。声の主は3人。九郎と、おそらく知らない男。
それに。
「……たら、…………で、困るんです」
(…………あれ?)
廊下を曲がり、部屋の前で膝を折ったところで、聞き覚えのある女性の声がした。誰だっただろう、と、思いだすより先に。
「ん? 弁慶か?」
「はい、只今戻りました。失礼しま……っ、御客人は、あなたでしたか、これは、」
まるで普通の声音で、……垣間見た感じ、普通の様子の九郎に呼ばれてしまったので、僕は膝をつきつつ間仕切りを越えた。途端、目を見開かざるを得なかった。
(なるほど)
そこにいたのは朔殿だった。朝の襟巻を綺麗に撒いて、朧に霞む空のような柔らかな笑みで僕を迎えてくれた。
「ああ、弁慶殿! やはり九郎殿縁の方で間違いなかったのですね。よかった」
「はい……ですがどうして」
さすがに戸惑いを隠せなかった僕に、朔殿は向き直り、綺麗な座姿で指をついた。
「押しかけてしまって申し訳ありません。ですがやはりどうしても、早いうちにお礼をしたくて。もうじき鎌倉を離れる予定でしたから」
「そうでしたか。お心遣いありがとうございます。僕もあなたにもう一度お会いできて嬉しいですよ。まさかこんなに早く、再会できるとは思っていませんでしたけどね」
「それは私も……いいえ、今朝のように偶然でもなければお会いできるとも思っていませんでした。ですがあの後、家族に親切にしていただいたと話をしたら、偶然兄が弁慶殿のことを存じているかもしれないと言うので、いてもたってもいられなくて」
「いや〜、うん、世間って狭いよね〜」
と、そこで、彼女の隣にいた男……先程外まで聞こえた声の持ち主が、飄々とした体でそんな事を言った。
見た事のある人物だった。が、思い出せはしなかった。おそらく御家人、年は同じくらいだろうか、と推測しつつ、挨拶しようと改まるも、先に口を挟まれた。
「全くだ。尋ねてくるなりお前の名前を出された時、何かしでかしたのかとひやひやしたぞ」
その九郎の言葉に、僕はますます驚いた。
「君が懇意にしていただいている方、なのですか?」
「そうだ。紹介した事なかったか?」
「うん、オレは弁慶殿とは初対面だね。九郎が何度も口にするから知ってただけ。てことで、はじめまして弁慶殿。梶原景時と申します。此度は妹がお世話になりまして」
「梶原殿、ですか?」
(なんていう、偶然だ)
睡眠不足も相俟って、めまぐるしさに僕は眩暈すら覚えた。額に手を当ててしまいそうになったものの、留まった。
「まあ、兄を存じ上げていらっしゃるのですか?」
「そうですね、お会いしたことこそなかったですが、お名前は九郎からも、あちこちからも聞き及んでおりました。はじめまして梶原殿。武蔵坊弁慶と申します」
「ほら、景時はやはり有名なんだ」
「え、やだなそんな〜。うーん、広まってるのが悪い噂じゃなければいいんだけど」
「でしたら悪い噂を流されるような事をしなければいいんです、兄上は」
「うわー早速そんな図星指さないでよ、朔」
景時を窘める朔殿は、成程やはりしっかり者という印象は正しかったらしい。その上僕に対する畏まった姿とは別の一面の愛らしさに、僕はついくすりと零してしまった。
「いえ、もちろんいい噂ですよ。鎌倉殿の覚えめでたき梶原殿、ですからね。まさに今、御台様から名前をお聞きしてきたところですよ。それで更に驚いてしまいましたね。実は、丁度、九郎に紹介を頼もうと思っていたところでしたので」
「そうなのか?」
「え、そうなのかい?」
「はい。実は、お会いしなければならない方がいるんです。それで、人脈の広い梶原殿にお取り次ぎをお願い申し上げたくて」
ここでようやく、僕は正面から九郎を見た。微笑みを浮かべた僕と目が合うなり九郎の瞳がきらりと揺れた。けれど、微かな期待を帯びていたそれを受け、僕がにこりと、九郎には向けない類の、他人行儀な笑みを浮かべると、途端、あからさまに傷ついた瞳をした。でも、一瞬だったし、僕も視線を景時に戻してしまったし、当然だが僕らの不和など知らぬ景時が、喜ばしいほどの明るい声で続けたので、僕らのやりとりは簡単に有耶無耶になった。
「本当に偶然って重なるものだね。でもそれならお安い御用さ。妹のお礼をかねてなんでも言ってよ。どーんと任せて」
「頼みます、兄上」
僕も意識を彼らへ切り替えた。朝に朔殿と出会っていたのは幸運だったのだろう。これなら少し無茶も言えるかもしれない、と、打算を抱きながら僕は早速切り出してしまった。
「実は僕、怨霊について少し、興味がありまして」
「怨霊? ……ん〜、これはまたいきなり、意外な話がはじまったね〜」
「ええ。鎌倉殿へもこの件で伺ったんですが、怨霊が出たんですよ、京に」
「えっ」
「なんだって!?」
「そうなんです。それで僕に何かできればと思いまして……、それで、黒龍の神子殿にお目通りを願いたいのですが。梶原殿、彼女にご縁があるとの話、真でしょうか?」
「それは、」
ぱたり、と、景時の腕が落ちて床を打った。ただならぬ雰囲気だった。それでも景時をじっと見つめた僕に。
「私です」
「朔!」
「私が、黒龍の神子です、弁慶殿」
隣の朔殿が毅然と告げた。慌てた景時と対称的な姿だった。声音は厳粛さや神聖を帯び、あまりに急過ぎる展開が続いていると云うのに、驚くよりも先に、ああ、この人が本当に神子なのだ、と、疑いを返すことなく僕は理解してしまった。
そして彼女の表情でまた……ぎゅっと、首元の襟巻を握りしめた姿に、予感した。
「黒龍は、今、存在するのですか?」
「あのひとは、消えました」
「……そうでしたか」
彼女の静かな憂いが、僕たちの間をさあと通り抜けていくのを、僕はまるで無感情に捉えていた。
その後、話題はほんの少しだけ続いた。
言葉少なに彼女は黒龍の消えた状況を話してくれた。龍の姿を保てなくなり、人型となって朔殿に助けを求め、けれど最後に消えてしまったという龍神。彼を深く想っていたのだろう、彼女が回想しながら傷ついていることは明白だった。それでも僕は……朝に垣間見た、彼女の深い悲しみの原因が僕だという地点まで、心を寄りそわせることもせずに、事実のみを欲した。
龍を滅した呪詛は確かにかかっていたというのは事実だった。黒龍が消え生じられないことにより京が荒廃しているのか、京の荒廃が黒龍の復活を妨げているのか。結局この時には分からなかったけれど、そんな事ばかり僕の中を巡っていた。
いつもならば何か口を挟みそうな九郎も、僕を睨むばかりで……ついに、どういうことなのだと問いかけて来ることはなかった。それを気に病む余裕も無かった。僕は問いを重ねたけれど、いくつも問わぬうちに朔殿は「ごめんなさい、それ以上は私には」と首を緩く横に降った。
それでも、彼女を揺さぶってでも聞き出したい思いはあった。ただ、景時の……今にして思えば、彼らしからぬほどの妹を守るのだと云う強い意志を、一変した気配をひしひしと感じ、それで、冷静になった。彼らは同陣営だ、ならばいつかまた話を聞く方が得策だ、と打算も働いたし、ようやく僕が彼女を傷つけたという罪悪感も這い出してきたので、僕は追及をやめた。
結果、話題はすぐに変わった。景時に京の様子はどうだったのかと問われ、当たり障りのない話をしているうちに、場は穏やかなものに戻り、談笑を重ね、後日彼の家の宴に来るよう約束をして、解散した。
皆を見送った後、僕と九郎の間に当然に残ったのは静寂だった。
九郎はただ僕を一瞥した。およそらしくない冷たい視線だった。余裕のなかった僕が目を逸らせば、彼もそのまま無言で部屋へと戻って行った。それだけで、景時の前で見せていたいつものくつろいだ姿が揺らいで消えた。
それでも九郎がそんな風だったのはその日のみだ。次の日の朝には、ごく今までの、明るく快活な姿に戻っていた。少なくとも、僕の目にはそう映っていた。
そうあってほしいと願っていたから、そう映っただけかもしれなかった。
未だによく分からないなりに、弁慶と梶原兄弟の初対面は九郎が総大将に任命された後(朔ちゃんとは宇治川)な気がするんだけど、
どこかで一回弁慶と怨霊や朔や黒龍の話は書いとかなきゃいけない気がして足した
けど更新した後数年ぶりに遙か3(PSP版)やったら明らかにこの時点で黒龍の事語れるほど朔ちゃん立ち直っていなさそうだった
朔ちゃんは本編でこそ朱雀組をばっさり切ってるけど初対面の感じいいイケメンに助けて貰って褒められたらちょっと照れちゃうタイプだとかわいいなって思ってるけど遠くないうちに「弁慶殿って…」って態度を滲ませてくれるに違いない
そんな朔ちゃんがりそう
(04.27.2015)