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「ああ、俺に任せろ!」

 この年の秋も僕らは少しだけ収穫を手伝った。九郎は野菜や稗の時も少しだけいたようだった。でも僕はこの時の米だけだ。
 それでも二度目だし、前の年よりはずっと手伝えただろう。田をやみくもに走り回ることもなかったし、穂の長さもできるだけ揃えた。
 九郎は見違えるほどにてきぱきと刈っていた。もともと器用な方だったし、山で遊んでいたからかもしれないし、背が伸びたからかもしれない。さすがに本職の方とは比べることはできなかったけれど、九郎はせっせと働き、せっせと穂をまとめ、せっせと運んでいた。
「君はよく動きますね」
「これくらいなんてことはないぞ」
「けれど、今日も泰衡殿と学問の予定ではなかったでしたか? また苦言をさしに現れますよ、きっと」
「……そしたら今年はあいつも手伝えばいいんだ」
「泰衡殿は僕たちと違ってここを治める藤原家の嫡男ですからね。ここを手伝ったら平泉全域を手伝わなければいけなくなります。無理を言うものじゃないです」
「全部手伝えばいい。あいつもたまには外に出ればいいんだ」
 穂を刈り取る手を休めることなく意地っ張りな九郎は言った。それを聞き流しつつ、僕もやっと一列刈り終わったので、束にしてまとめる作業に移った。
 前の年もこの年も、運良く僕らが手伝っていた時は雨に降られることはなかった。けれど、その分、秋だというのに暑さが沁みた。日陰なら心地よかったけれど、動いていると背まで汗だくだった。
「はあ、昼になったら一回顔を洗いに行こうかな」
 去年もここで見たな、なんて思いながら空行く渡り鳥を見上げながらいうと、九郎が心底呆れた声で言った。
「情けないな」
「君と一緒にしないでください。君こそ、ひと月くらい泰衡殿と屋敷に籠ったらいいんです」
「一月……!? 嫌だ!」
 とはいえ、実際情けないと言われても仕方ない現状だった。農民たちはおろか、九郎に対しても大きく後れを取っていた。刈り取りや暑さのこともだけれど、なにより僕が手間取ったのは穂をまとめる作業。どうにも上手く集めることができなかった。
「お前、本当にそういうの下手だよな。俺の腕に包帯巻くのはそこそこ綺麗なのに」
「君の腕はばらばらになって逃げ出さないじゃないですか」
「そういう……問題なのか?」
「そういう問題です」
「お前の言うことはたまに良く分からない」
「君ほどじゃないと思いますけど」
「どこがだ。ま、いいや。俺はあっちを刈ってくる。お前も励めよ」
「精進します」
 名を呼びながら別の人の手伝いをしに行った九郎から視線を戻し、僕は再びひとり黙々と作業を続けた。それで多少は良くなっただろう、けれど劇的な変化は見受けられなかった。と、そこへ。
「弁慶さん、大丈夫ですか?」
 ここの田の持ち主の御子息、マツさんが僕を気にかけて来てくれた。
「はい、なんとか、形になってきたような気がします。こんな感じで大丈夫ですか?」
「そうですね……ああ、膝と左腕で抱えるようにすると、やりやすいかもしれないです、こう」
そして、普段やっているやり方を、僕でも分かるように目の前で実演してくれた。
「こう、ですか?」
「もう少しぐっと、勢いよく、思いきり……そうです。それで、こう……結ぶ、と」
「なるほど、そうやればよかったんですね。ああ、これなら僕でも少しは……はい、早くできそうです」
「それはよかった。弁慶さんならきっと、これで上手く行くと思いますよ」
「それは、買被りすぎでしょう。九郎になど遅いと呆れられてばかりで」
「ははっ、それは手厳しいな。では御曹司殿が怒りださないうちに、一緒にここを片づけてしまいましょうか」
「はい。ありがとうございます」
 礼を言い、早速実践してみると、格段に速さが上昇した。束ねる作業だけでいったら倍くらいの速さになったと思う。それでも大分先行している九郎には遠く及ばなかったので、僕は更にどうにかしようと四苦八苦した。
「難しいな」
「でも弁慶さん、紐を結ぶのは上手いですよね」
「そうかもしれないです。幼い頃に兄によく教えてもらいまして」
「そうなんですか? てっきり、薬師さんだからなのかと思っていました」
「いえいえ、薬師は実は、器用さを必要としない生業なのですよ……っ、と、ああ、これでいいのかな」
「いいですね」
 談笑しつつ、進めていくうちに、僕も調子が出てきて、すいすいと数をこなせるようになった。
 そんな折。突然、離れていた九郎が駆け寄ってきて。
「弁慶!」
「九郎?」
 そして横から僕が束ねかけていたものをひったくった。何本か稲が落ちた。
「あ」
「まだやってるのか!」
 構わずに、九郎は僕のすぐ横に屈み、落ちたものを拾って、その上僕を押しのけた。
「何するんですか」
「代わる。お前はあれを運べ」
 九郎が指さしたのは、僕が束ねてきた束。
「このままでは日が暮れる」
「たしかに僕は遅いですけれど、君にそんなに言われるほどではないと思うのですが」
 邪魔をされた僕は少し不満を募らせていた。けれど九郎は何故か頑なで、隣にマツさんがいようとお構いなく、
「いいから、お前はあっち!」
と、僕より更に仏頂面で言いきりつつぐいぐいと穂を束ねはじめてしまった。
「っ、」
 僕にはさっぱり意味が分からなかったし、こんな言われ方する由縁もなかったし、納得できなかった。けれど、ここで僕らが大喧嘩をはじめて収穫の邪魔をするわけにはいかない、ので僕は大人しく束を運ぶことにした。
「……分かりました。ではここは君にお任せします」
「ああ、俺に任せろ!」
 感情を抑え微笑めば途端、さっきまで駄々をこねていたのが嘘のような、否、だからこそなのか、全くこの日の青空の如き笑顔で九郎は満足そうに頷いて、早速手早く穂を束ね始めた。
(意味が分からない)
 僕はまだ煮え切らない思いでいたけれど、諦めて、溜息と一緒に吐きだして、
(……もしかして、束を木に並べてる女性たちが苦手なのかな)
僕は勝手に推測して納得した振りをして、九郎に言われたとおりにせっせと束を運んで、
その間に九郎たちは僕の刈り残したところすらも刈ってしまって、
そうこうしているうちに、九郎に腹を立てていたこともすっかりと忘れてしまって、
日が暮れるより前に、無事収穫は終わった。
 もしかしたら、九郎が代わってくれなかったら終わらなかったかもしれなかった。
 それでもこの件で、僕は感謝も述べなければ褒めもしなかったし、
そして当時の彼にしては珍しく、九郎も僕にそれを要求することもなかった。




一話この長さくらいの連作にするつもりだったのに
(10.16.2012)


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サソ