[ -/-- --:-- ] 「ああ、九郎、探しましたよ」 声がして、振り向くと、弁慶がゆったりと微笑んで、こちらに歩み寄ってくるところだった。 「弁慶」 長い髪が揺れる。その明るい色調に、彼の笑顔に、濃紺を基とした色の浴衣が思いのほか似合っていた。 「どうしました?」 「……最初に湯帷子で出歩くと聞いた時は常識を疑ったものだが」 「ええ、あの時はさすがの僕も驚きましたが、実際にこうして混ぎれこんでしまうと、気にならないものですね……はい、君の分」 こっちの心を知ってか知らずか、弁慶はにこりと、いちご飴、とかいう買ってきた食べ物を差し出した。うまく言葉を言いだせないまま九郎がそれを受け取ると、まるで今まで待ちかまえていたんですよ、とでも言わんばかりに、弁慶は彼の分である杏のものを少しだけかじった。 「ん、甘いですね」 屋台の提灯の赤色に照らされてほんのり赤にきらめく透明な飴。九郎も味見をしたくなって、口を開く、けれど途端、弁慶が促した。 「少し歩きましょうか」 食べはぐる形になってしまって、お前ばかりずるい、と、言いたくなったが、でも実際、往来の真中、邪魔になる位置に二人はいたから、 「……そうだな」 と、素直に頷くと、弁慶は歩き出した。九郎はその少し後をついていく。 人ごみの宵闇の中、はぐれぬようにと少し前に視線は向かう。すると丁度、鈍い黄金の髪の向こうにちらちらと、弁慶のうなじが見え隠れするのが映った。きちんと整えられた襟元の紺色も相俟って、それは妙に白く見えて、ついでに鎖骨までもが自然にのぞけてしまう位置にいるものだから、いつしか前方の人垣よりもそちらに気持ちを奪われていた。 ので、ふいに弁慶が立ち止まった折に、九郎を不思議そうに見上げたのも無理はない、と、言わざるを得なかった。 「このあたりでいいですかね……九郎?」 「あっ、ああ、いや、な、なんでもない!」 見つめられ、ただでさえ熱を帯びていた頬がもっと熱くなるのを九郎は自覚した。そしてもちろん、ただでさえ暗くはない祭の夜で……否、そもそも真の闇の中でも、このそういうことには察しのいい弁慶だ、見抜かれない筈がない。案の定、彼は意地悪に口元を歪める。 「ふふっ、どうしたんですか?」 「うっうるさい!」 九郎はただ誤魔化すように言うしかできなかった。本当はぷい、と顔をそむけてしまいたかった。けれどそれより先に、弁慶が近づいて、 「だけど、君こそ浴衣がよく似合っていますよ、九郎」 などと囁くから、九郎はますます顔を赤らた。 「……馬鹿」 精一杯の反論だった。けれどそれは歓声にかき消された。なにが、と意識するより先に、弁慶の頬に白い光が落ちる。彼の目が空へ向く。 「はじまりましたね」 その言葉がまるで合図になったかのように、一気に、数え切れぬほどたくさんの花火が打ち上げられて空を埋め尽くす。翻る色彩。まるでさっきまでとは別の空間、時間。九郎も弁慶にならって見上げた。そのとき、ふいに九郎の指先が柔らかい布に触れた。弁慶の浴衣の袖だった。ちらり、と見るも、そこから先に延びているはずの彼の指先は見えない。まるで死角みたいだ。九郎はひっそりと彼の指先に自分の指を絡めた。 |