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[ 8/22 05:20 ]


「…様、お客様」
 聞き覚えのない人間のそんな声と、腕が揺れる感触で、意識がぼんやりと浮かび上がった。後は、反射的に九郎は跳ね起きる。
「何事だ!?」
「うわっ」
「!」
 九郎を起こした人物と頭がぶつかりそうになったみたいで、相手が驚き飛びのいた。だが、彼のそんな一連の動作が、あまりにも間が抜けていたので、九郎は状況をすみやかに思い出すことができた。
「お、お客様、朝です」
 そう、ここは京ではなく、望美たちの世界だった。そして外を見るまでもなく、さっきまでのうっすらとしたものではなく、空の上までしっかりと、闇が拭われていた。朝だ。
 けれどそこから先の状況が九郎に掴めない。ええと、確か九郎と弁慶はここで夜が明けるのを待っていて、無事に朝が来たから、九郎も満を持して意識を落した、ような気がしたのだけど。
 ……いや、そうだったか?
「すまない、よく分からないんだが、朝だから、起こしてくれるものなのか?」
 とりあえず今は眠い、とううのが九郎の、無意識に出てきた本音だった、ようだ。俺も随分呑気になった。これくらいの徹夜昔は平気というか、常識で嗜みだったのに。などと思いつつ目をごしごしとこすりながら店員に聞くと、何故か彼は過剰に怯えながらおずおずと言った。
「いえ、もう閉店なんです」
「閉店? ここは夜も朝も終わらないファミレスという店ではないのか?」
「そういう店舗もありますが、当店は朝5時までの営業となっておりますので…」
 言われ、九郎はぼんやりと腕時計を見た。5時23分。とうに時間がすぎているではないか! よく見れば客ももう他にはいなかった。これは自分たちも直ぐにでも出なければ!と、弁慶を起こそうと九郎は彼に振り返った、が、
「そうでしたか……すみません、僕の調査不足でした。お手数かけてしまいましたね」
いつの間にか起きていたらしい。立ちあがっててきぱきと喋る彼に、何故か店員がほっとした顔をした。
「お前いつの間に」
「君があれほど騒ぎたてて眠っていられるほどには、僕も衰えてはいないですよ」
 そして店員にまるで何事もなかったかのような颯爽とした笑顔を向けた。
「すみません、彼が怖がらせてしまったみたいで。ですが、けして悪気があったわけではないので、どうか忘れてください。……さあ九郎、帰りましょう」
 頬にべったりと赤い跡がついていたけど。


 外へ出ると早朝だというのに既に空気が暑かった。
「そうだった、今は夏だった」
「でも、もう8月も終わりに近いからかな、風が涼しいですね」
「ああ、気持ちいい」
 店の前で、息を吸い、体を伸ばす。太陽が街並みの向こうから頭をのぞかせたせいもあるだろう、少しずつ目が覚めてきた。
「さて、帰りましょうか」
 弁慶の言葉に、九郎も頷く。けれど、
「ああ……って、そういえば」
「そういえば、ここ、どこなんですかね?」
 そうだった。昨日は道に迷って闇雲に歩いた挙句、この店へ辿りついたんだった。伊豆と鎌倉の間なのだろう、ということ以外さっぱりと分からない。あたりを見回してみてもやっぱり分からない。
「うーん、どうしたものか」
 顎に指あて思い悩み始めた弁慶をよそに、九郎はポケットから携帯電話を取り出した。そして履歴の一番上にある番号にかける。
「九郎?」
 ぷるるるる、という音は10回ほどなっただろうか、暫くかかって、ようやく相手が出た。
「将臣か? 俺だ。すまな」
『お前、今、何時だと思ってるんだ!!!』
 その怒鳴り声たるや電話の持ち主ではない弁慶にまでゆうに届くほどだった。

 
 
[ 8/22 05:45 ]

「夜に電話するなと言うのは分からなくはないような気がする、だがこの時間に何故電話して怒られるんだ? 目覚ましにもなって丁度いいと思うのに」
「さあ、なにか余程間でも悪かったんでしょうか」
「なんにせよ、助かったな」
「そうですね」
 そんな不可解さは残りつつも、なんのかんの道を調べてくれた将臣のお陰で二人は無事に駅まで辿りついた。そして無事に電車に乗ることができた。
 通勤の時間にはまだ早いし、今日は日曜日。だからだろうか、東京行きだというのに車両はガラガラで、二人は並んで座ることができたし、目の前に大きくとられた窓から景色が良く見えた。昨日と逆方向に景色が過ぎてゆく。それはまるで時を巻き戻してゆくよう。
「なんだか不思議かな」
 他愛のない話の途中で、ふと弁慶が口にした。
「家に戻ったら、また日常ですね」
 聞いた九郎は難しい顔をした。
「……俺からすれば、未だになにが日常なのかすら良く分からん」
 聞いた弁慶はいささか目を丸くした。けれどすぐにふふっ、と、口元に手をあて楽しそうに笑った。
「たしかに、それには同意です」
 九郎の言葉はもっともだ。考えてみれば、九郎も弁慶も、ずっと流転の連続だった。こんな風にずっと旅ばかりしていた気がする。けれどあまりそういう気がしなかったのは、きっと、いつだって。
「ますます不思議な気がする」
 更に笑みを零す弁慶に、隣の九郎は相変わらず意味が分からんと言わんばかりに眉をひそめていた。

 どんどんと電車に人が増えてきて、人で溢れ返ってきたあたりで乗り換えのために二人は一旦電車を降りた。乗りなおした車両はさっきまでのものより若干マシだったし、わずかな時間であったけど窮屈さは感じながら、最寄駅まで辿りつく事ができた。
「ふう、着いた」
 帰るまでが花火大会ですよ!と、出る前に望美が言っていた気がするが、見知った風景に安堵してしまった九郎と弁慶は、すっかり呑気に見慣れた道をふわふわと歩く。
「ここまでこれたのも将臣のお陰だな」
「ええ。帰ったらお礼を言わないと」
「そうだな……。あっ」
 唐突に、九郎が立ち止まって声をあげた。朝のまだ静かな住宅街にちょっと響いた。
「どうしました?」
「土産を買ってくるのをすっかり忘れていた」
「ああ……そういえば」
 普段世話になっている分、こういう時にしっかりと返さなければ、と、行きには散々に喋っていたというのに、すっかりと抜け落ちていた。もっとも、覚えていたとして、何事もなく終電に乗れていたとしても、あの時間に空いている店などほとんどなかったからどのみち買えなかった気がする。次は行きに買わなければならないな、と、いささか悔しく思いながら、
「まあ、今更どうにもできませんから、今回は、お土産話で、ということで許してもらいましょうか」
と、弁慶は開き直ることにした。……それを、おそらく一番迷惑をかけた将臣が喜んでくれるのかは別として。代わりに明日にでもこの前できたばかりの和菓子屋でなにか物色してくるとしよう、と、内心思いつつ、
「君が今回の出来事を望美さんたちにどう話すのかも興味がありますしね」
微笑むと、何故か九郎は少し面食らった顔をした後、顔を赤くして照れた。それを隠すように歩き出した。歩みは早く、髪が大きく揺れる。今回、なにかそんなに慌てるような事があっただろうか? 思わず噴き出さずにいられなかった。
「笑うな!」
「だって可笑しくて」
「うっ、うるさい!!」
 くすくす笑っている間にも、歩みは進んでいく。もうすぐ家だ。
 長かったような、短かったような時間だった。
「……あいつらへは今度、なにか別の所へ出向いて旨そうなものでも探してくるとしよう」
「ああ、それもいいですね。これでまた君と出かける口実ができた」
「そんなものなくてもどこにだって行けばいいだろう」
「……相変わらず君は、さらりと随分なことを言いますね。多分分かってないんでしょうけど」
「何がだ?
「やっぱり」
 言葉をかわす二人を朝の陽射しがじりじりと照らす。吹き抜ける風はすでに重くて、今日も暑くなりそうだ。多分、弁慶としたらこの後エアコンつけて眠ってしまう予定だから関係ないのかもしれないけれど、
だけど、寝るのが少し勿体ないかな、なんていう気もした。
「とりあえず」
 最後の曲がり角を曲がるとき、ふと九郎が言った。見れば当たり前のように目が合った。そして、
「楽しかったな」
「楽しかったですね」
重なる言葉に笑顔をかわした。

 
 
[ 8/18 17:35 ]

「ああ〜今日も譲くんのご飯は美味しそうで困るよ〜」
「困りますか?」
「困ります! つい食べすぎちゃうじゃないですか。ただでさえ、こっちに帰って来てから戦ったりしなくなってやばいのにー」
「おやおや、望美さんをそんなに悩ませるなんて、譲くんもいけない人ですね」
 『今日はみんなで夕飯食べませんか!』と、望美に誘われた弁慶が、招待主である彼女とそんな言葉をかわしつつ、有川家のリビングに入ると、先に来ていた九郎の姿が見えた。
 が、彼の様子はいささか不可解。いつもだったらこんな時、名を呼びながら振り返ってくれるのにそれがない。
「九郎? どうかしましたか」
「綺麗だ」
 どうやら彼はテレビにくぎ付けになっているようだった。夕方のニュース番組の特集コーナーらしい。どこかの祭の話をしているようだけれど、
「花火大会ですか?」
 聞き覚えのない言葉に、弁慶は問う。
「花火って言うと、景時が夏に見せてくれた、あれでしょうか」
「それです」
「あれなのか」
 こちらの会話も聞いてはいるけど、九郎はなおも、「昨年の映像」と書かれた報道に夢中になっている。確かに、綺麗だ。それを見た望美が顎に手をあてにやっと笑う。
「ははーん、夏休みデートってやつですね。九郎さんたらやっるー! 妹弟子として鼻が高いです」
「何の話だ?」
 けれど九郎は首を傾げ、弁慶はつい半笑いになってしまった。
「ふふっ、望美さん、九郎がそんなこと考えてる訳ないでしょう」
「分からないですよ、九郎さんだってやるときはやるんですよ」
「だから何の話だ!」
 ついには九郎は怒りだしてしまって、それについ、弁慶の望美は顔を見合わせて笑ってしまったけれど、放っておいてますます怒らせても面倒なので、話を進めることにした。
「で、九郎、その花火大会というものはどこで行われるんですか?」
 と、唐突に振られた九郎は案の定、きょとんという顔をして、再びテレビに向き直って必死に記憶を手繰るように画面を凝視した。
「ええと…もう文字は消えてしまったか、確か伊豆だとか言っていた気がする」
 と、そこへ料理をもった譲がひょい、と顔をのぞかせる。
「なんの話ですか?」
「ああ、譲くん、お邪魔してます。実は……」
 と、挨拶しつつ弁慶と望美とで説明すると、譲は携帯を取り出して、慣れた手つきで操作しはじめた。
「伊豆で花火大会、調べてみますね……ああ、ありました。今週末ですよ」
 そしてあっという間に情報を探して、九郎たち三人に見せてくれた。
「伊豆なら日帰りもできますよ」
「そうなのか?」
 譲の言葉に、九郎がぴくり、と彼を見た。頷く譲に、少し惑いそわそわしているように見える。
 そもそもそんなに行きたかったのだろうか。弁慶からすれば正直、少し意外だ。だって今までそんな話を聞いたことはなかった。去年の景時の花火だって、すごいすごいとは言っていたけど、特段興味をしめしたようには思えなかったのに……それを懐かしんでいるのか、という割に花火だと(自分も)彼も気付かなかったし。
 それとも、まさか本当に夏休みデート?
 内心、もしかしたら九郎以上に戸惑ってしまった弁慶をまるで代弁するように、否、きっと偶然だけど望美が、
「もしかして二人で遠出するの、はじめてですか!?」
と、まるで自分の事のようにはしゃいで問う。というか、
「ああ、そうだな」
彼が本当に二人でいくつもりだったのか、ということに、更に面食らった。いや九郎は多分、望美の話の『遠出ははじめてですか』の方しか頭に入らなかったのだと、それだけだと思うのだけど、でも。
「だったら行かないと!!ますます行かないと!!」
 その間に望美はますますヒートアップしている。九郎は今はまだ思いあぐねいている。どうしたものかな、と、弁慶は思った。特に断る理由もないし、でも楽しそうなのは事実だし、どういうものなのかという好奇心もある。
「遠出なんか、今までもしょっちゅうしてるぞ……」
 という九郎の言葉も事実。けれど……、
と、弁慶が言葉を返そうとするより先に、九郎がくい、とこちらを見た。
「だがこういうのもたまにはいいか。行くか弁慶」
 そしてさも当然のように、しかも気軽に言うものだから。
 ……九郎にお任せしますよ、と、言おうとしていた弁慶の答えなんて、だったら既に決まっている。
「君がそう言うなら、行ってみましょうか」
「ああ!」
 返せば、九郎は即答した。その笑顔だけで、きっと楽しい一日になるのだろうな、と弁慶に予感させるには十分だった。




二人で延々ととりとめのない話をしてるだけの九弁が前から書きたかったので、
ちょうど多忙だった季節に、日記代わりに日記で連載っぽいことをしてみていた話でした
書いてみたらただ弁慶が一方的にはしゃいでるだけっぽい話になってしまったのは
九郎の天然を生かせなかった結果というか、九郎を壊しきれなかったせいというか
本編で既に天然炸裂の九郎さんだからというか(責任転嫁) (05,NOV,2010-28,DEC,2010)(28,JUL,2011)

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