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「闇裂く稲妻・後編」


 その後、九郎が言ったように別の方から弁慶たちが攻め込んできて、状況は一気に好転、長い戦は勝利で幕を閉じた。
 喜びも束の間、慌ただしくはじまった撤収準備をしていたところで、後ろからぽん、と、いきなり背を叩かれた。
「今回は、お手柄だったな景時」
 振り返ると爽やかに九郎が笑っていた。
「九郎たちのお陰だよ。もう少し遅かったらどうなってたか分からないって〜」
「必死で駆けてきた甲斐があったな」
「うんありがとう」
 それは本当に、常識ではありえないほどに強行軍だった、という話をついさっき、戦が終わってから改めて、譲やヒノエから聞いていた景時は、心から感謝しつつしきりに頷く。と、そんな彼に九郎が言った。
「なんにせよ、お前が無事でよかった」
「え、オレ?」
「当然だろう。源氏として、八葉として、お前は大切な仲間だからな。それに、お前には世話になった恩もある」
「オレが? 何かしたっけ?」
 唐突な言葉に、素で分からない景時は九郎に聞くと、仏頂面で九郎は続けた。
「色々あるだろう。三草山の偵察の件とか」
「ああ、あれは偶然だよ〜。そもそも望美ちゃんのお陰だし」
「先生の庵の結界も解いてもらったぞ」
「そっちはもっとどうってことないよ〜」
「その前にも、京に来る前に散々迷惑かけただろう。気にかけてもらったし、お前の評判を落とすようなこともした。一度礼を言わねばと思っていたんだ。その節は世話になった」
「え、いや、改めて言うほどのことじゃないよ?」
 いきなりかしこまって頭を下げた九郎に、景時が慌てると、九郎はすぐになんでもなく笑った。
「そうか? まあ、なんでもいい。次も頼むぞ景時!」
 そして首をかしげたままの景時を置き去りに、晴れやかに笑ってその場を去ってしまった。
「世話に、ねえ」
 残された景時はひとり呟く。
 頬を指先でつつきながらその背を見送った。





 撤収の準備は着々と進んでゆく。あれこれと、指示を飛ばしていたところで、
「景時」
と、名を呼ばれた。
「今回は君の手柄ですね。お疲れさまでした」
「弁慶」
 振り返ると黒い外套の下でにこにこと弁慶が笑っていた。
「弁慶や九郎が急いで来てくれなかったら、どうなってたか分かんないよ〜。すっごく急いでくれたんでしょ? 譲くんたちから聞いた。ありがとうね」
「そんなの、当然ですよ」
 当然じゃないと思うけど。どうやって彼が道程を定めたのかまでは景時は知らなかったけど、さっき話を聞いていた過程で、あのヒノエが弁慶を素直に褒めちぎっていたくらいだったから、本当に無茶したんだと思う。なのにさらりとそう言える弁慶も、それに九郎も、たいしたものだな、と思った矢先、
「君が無事でよかったです」
と、予想もしなかったことを言われて、景時は面食らった。
「え、オレ?」
「ええ。君は優秀な戦奉行ですし、八葉としても、大切な仲間ですからね。それに、僕自身も君には世話になってますし。大きな怪我もないようで、よかった」
 と、晴れやかに弁慶は言うけど、
「……いや〜、オレ、何かしたっけ?」
弁慶を世話した記憶なんて、ない。絶対ない。
「色々あるでしょう。三草山とか」
「あれは……望美ちゃんのお手柄だと思うよ」
「あとは花火でしたっけ? 綺麗でしたね。ああでも、あれは望美さんと朔殿への贈りものでしたね。僕が礼を言うのは、筋違いでした」
「ううん、君にも喜んで貰えたなら嬉しいよ」
「そうですか? ありがとうございます。……それに他にも、君は随分僕を心配してくれてるように思いましたけど? 京に来る前も含めて、ね」
「いや〜、そういうわけでもなかったんだけど、な〜」
「ふふっ」
 口元に手をあて、くるり、とこちらを見上げる弁慶。日頃の彼と、曖昧な台詞も相まって、それがなんだか探っているような仕草にも見える。だけど……今の景時に、彼の中に悪意は見えない。困ったことに本心に見える。
「……ほんと、君たちには敵わないよ」
「君、たち?」
「なんでもないよ〜ははは」
「変な景時ですね。ああいけない。邪魔してしまいましたね。それではまた後で」
 弁慶はそう言うと、さらりと微笑んで、離れていった。
 ひらひらと手を振りながら見送り、景時は大きく息を吐く。
 本当、敵わない。
 景時はただ、彼らを利用したかっただけだった。自分が九郎や弁慶を討たずに済むように、手を汚す前に彼らに裁いてもらえたらいいという打算で見守っていただけだ。
 ……確かに、少しくらいは九郎を心配していた、弁慶にはいくらか、自分を重ねていたところもあった。それはあるけど、だけどそれよりもっと保身とか、好奇心で二人の事を見ていた。関わった。
 もっと言うと、憧れだった。彼らのまっすぐな心に。景時はとうに忘れてしまった、否、多分最初から持ち合わせていなかった、そのひたむきな強さに。
 なのに随分といい解釈してもらっちゃって。しかも二人揃って、だ。
「……ほ〜んと、困っちゃうよね」
 呟いてしまう。言葉とは裏腹に、気持ちは晴れやかで。無意識に胸元の宝玉に触れながら、景時は笑みを零してしまう。
 いい加減、そろそろ自分も彼らのように覚悟を決める日が来たみたいだ。それが景時に世話になったと、仲間だとなんでもなく言っていった彼らへのせめてもの報いだろう。
 ……そう、仮にいつか、鎌倉殿と、大切なひとたちの板挟みになる日が来ても、今ならどうにかなりそうな気がした。
 すべてを守れそうな気がした。黄銅の鉾を共としたあの鮮やかな稲妻のように。




(27/09/2010)