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「龍神の加護・後編」


 九郎が濡れ縁に寝転がって、雲でも掴むように空へと手をかざしていた。
「あれ、九郎、おっかえり〜! 珍しいね、どうしたの?」
「予定より早く後白河院から解放されたから寄ってみたんだが、まずかったか?」
「ううん、それはいいんだけど、こんなところで寝てるなんて珍しいね〜って意味だったんだけど」
「そうか?」
「うん」
 確かに、院がこんなに早く九郎を帰すなんて、そっちも珍しいんだけど。
 そういうのは重なるものらしい。景時も、鎌倉殿へ送る文を結構早く書き終えたし、ここに来る途中ですれ違った弁慶もやっぱり用が早く終わったと言っていた。
「で、何やってるの?」
 隣にしゃがみながら景時が問うと、体を起して九郎が言った。
「八葉なんだな、と思って」
 と、九郎は大真面目に言うけれど、だけどそれと、手のひらを太陽にかざすのと、なんの関係があるのか景時は分からない。けど、
「俺もお前も弁慶も八葉だ。源氏は龍神の加護を受けているんだな」
その言葉を聞けば、ああ、弁慶が言ってたのか、だから手をかざしていたのか、と、合点が言った。
「ね、すごいよね〜。どういう偶然なんだろうね。朔が黒龍の神子だって聞いた時も驚いたけど、まさかオレもだなんて、思ってもなかったよ〜」
「全くだ」
 九郎の口調は随分と否定的だけど、顔は随分と幸せそうに笑っていた。
「嬉しそうだね」
「ああ。源氏の勝利を約束されたようなものじゃないか。これで兄上の世も安泰、繁栄だ。平和になるぞ、景時」
「うん、そうだね、そうだといいね〜」
 真似して、景時も笑顔で返した。
 だけど……景時は、彼のように、希望に満ちた輝く瞳で、八葉というものを、もっと言うと龍神というものを信仰できなかった。景時にとっての龍の神は朔を不幸にしたものでしか今のところない。ただそれは黒龍のせいではないから、忌み嫌ったり罵ったりするつもりはさらさらないし、無垢な白龍のことも心から可愛いと思っているけど、だからといって期待もできなかった。どうにかなるとも思っていない。
 けれど九郎を見てると、そうでもないのかな、とも、ふいに思う。
 きらきらと言う彼のその顔は、彼の腕についた、普段は見えない青空色の宝玉を思い出させる。本当、神というのはよく見ている。彼が八葉というのは恰好の人選だったに違いない。望美と先陣切って剣を振るい怨霊を封じている姿は、お伽草子に出てきても遜色ないだろう。偶然にしては出来過ぎている。
 だったらいい。
 まっすぐな九郎に、景時は目を細めた。
「龍神の加護、か」
「どうした景時?」
「ん〜、なんでもないよ〜。望美ちゃんはかっこいいよね、って思っただけ。君も兄弟子として鼻が高いでしょ?」
「そんな呑気ではいられないな。あいつは腕がいい、こっちも追いつかれないように精進しないとならん」
「九郎なら平気でしょ、って言いたいけど、確かに、望美ちゃんは凄いからね〜」
「お前まで言うか!?」
「ははっ、兄弟子も大変だね、九郎」
 焦りはじめた九郎に、景時は笑う。
「でも、本当、勝てるといいね」
「……勝つ。必ず」
 景時は静かに、自分の胸元についた宝玉に触れた。固い手触り。九郎と弁慶にもついているというもの。
 もし……彼らと自分とが仲間だというなら、本当に真実、これがそうだとしたら、朔を不幸にした龍の神は、今度こそ朔を、景時を加護し安らぎをくれるのだろうか。
 それはまるでまじないのような、儚い願いのようなものだとしても、それでも。




(13/09/2010)