home >> text

・十六夜弁慶ルート経由で平泉戦を九郎側から捏造してみた話です。ネタバレしかないです。
流血+死にネタバッドエンドかつ九郎が大分可哀想な内容です、苦手な方は回避してください
・前編からつながっているので先にそちらをお読みください(ここから)
・流血はともかく死にネタとか絶対やだ!だけど話も気になるどうにかして!!という方もしいらっしゃいましたら文末までスクロールしてもらえればいいことあるかも




 景色は一面の白。朝から降り続いた雪はようやっとやみ、風も止まった。
 おそらく時刻は昼過ぎ、一時は全てを奪うようだった寒さは和らいだ、かわりに曇天で光も無い雪原は九郎を隠さない。
 それが九郎にとって都合がいいのかは最早分からなかったが、少なくとも指先がかじかみ動かなくては剣を振るうことはできなかったから、天は九郎に味方したのかもしれなかった。
 白の中に足跡をつけて、九郎はひたすらに走る。
 平泉の街を北に抜ける。たったの一度も振り返りはしなかった。
「いたぞ、逆賊九郎義経だ!」
 声がしても振り返らない。騎馬の音で敵の数など分かるのだ。彼のお陰なのだろう、敵はそう多くない。
「九郎殿、」
「走れ! ここまできて追いつかれるなど、あってはならん」
 すっかりと数の減ってしまった郎党に声をかける。やはり振り返りはしないまま、
「散れ!」
短く命じれば、
「御意!」
と返事があって、今まで九郎だけを追い続けていた足音が四方へ散った。
「九郎、生き延びなさい」
「はい。……先生も、必ず」
「ああ。この先で会おう」
 離れる音。九郎は一面の白を突っ切ってゆく。
 仲間の多くは平泉の出身もしくは九郎と同じく平泉に身を寄せたことがある者たちで、雪にも地理にも疎くない。追う鎌倉勢を巻くならば、散開は最も有効な手段だろう。
 九郎も彼らがそうしたように辿りついた林の中、木々の間を縫うように走る。
 最早、目指すことはたったひとつだ。九郎はそのための策を必死に考える。郎党たちを逃がすべく自分が敵を引きつけ、同時に確実に逃げる方法だ。
 九郎は軍師ではないから、彼のように具体的で、確実な何かを与えることはできないが、それでも少しでも可能性が高いことは何か、その程度ならば探ることはできる。
 その為に、雪で重く濡れた衣をはためかせながら、九郎は足首程までに積った雪の中をひたすらに走った。



『九郎、君は皆を連れて北へと退却してください』
 鎌倉の兄から逃れ、辿りついた平泉。温かに迎えてくれた街も攻め込まれ、九郎もろともに窮地に立たされもはや風前の灯火、という中で彼は言った。
 一年にわたった平家との戦いの中で九郎に策を与え続けたのと全く同じ口調だった。
『弁慶…だが…』
『絶対に引き返さないでください。そうしなければ、僕の策は成りません……いいですね』
 一年の間、否、もっと以前から、九郎は彼の策に口を挟むことはあれども、疑ったことはなかった。けれど、今回ばかりは……と、思ったのは、九郎が一度、兄に裏切られて敗北をしているからかもしれない。
 それでも、
『……わかった お前に任せる』
まっすぐに彼を見据え、九郎はそう言った。

 夜明けを待たずに彼と別れ、それからたったの一度も九郎は平泉を振り返りはしなかった。
 平泉の街はずれの更に北、まっすぐに走り続けた。
「いたぞ!」
 林をしばらく抜けた所で森の中へ入ると、一体どこから現れたというのか伏兵がいた。
「くっ!」
 刀を改めて握り直し、雪を蹴り敵の懐へ飛び込む。
「なっ、速い」
「何をしている!相手は一人だ!」
「しかしこれは……うわあああ!」
 一人、二人と敵を確実に斬ってゆく。途中なんどか刀傷を受けることがあった。けれど致命傷にならぬのならば気にしない。それを躊躇っていたら命ごと奪われる。



 どうしてこんなことになったのだろう?
 自分を偽らずに正しいと思った道を辿ってきたつもりだったのに、何故こんなにも理不尽に失い続けるのだろう?
 それでも九郎は止まることなく、ただ眼前の敵を奪い続ける。
 もう何がどうなったのか分からなかった。それでも立ち止まることはできない。
 諦めるということは、九郎が信じて戦ってきた過去を否定するということに他ならない。
 自分の為にどれだけ犠牲を出した? ならば立ち止まることは許されない。
 いつだか望美が言っていた機械、というものを思い出した。それは雷鳴の力さえあればいつまでも動き続けると言う。ならばこの身も走り続ける、邪魔ものは切り捨て、障害は飛び越える。



「はああああああ!!」
 叫べば敵はひるむ。その隙に蹴り飛ばし、かわし、九郎は抜ける。
 しかし一体、いつのまに回りこまれていたのだろう? もしかすると既に北上川の河口を抑えられてしまっているかもしれない。そうなったら厄介だ……皆と上流でそこで合流する手筈だったというのに。
 皆は無事だろうか、九郎は想いを馳せてしまう。今ここで九郎と命運を共にした郎党もそうだが、もっと……そう、この前まで同じ役目を背負っていた八葉たちのことを。
 一年前、九郎は宇治川で神子に出会い、彼女の八葉となった。
 仲間はあっという間に揃った。彼らと過ごした日々は九郎にとってかけがえのないものだったが、それももう、遠く遠い昔のようだ。
 彼らはいなくなってしまった。望美と譲は故郷へ、ヒノエは熊野、敦盛は浄化されていった。あるべき所へ戻った彼らを九郎は笑顔で見送った。
 ……なのに、その後全ては壊れてしまった。兄に切り捨てられた、景時に裏切られた。朔は危険がないよう家に幽閉されたと聞いた。
 師であるリズヴァーンは九郎と共に追われる事を選んでくれた。今も、おそらく九郎と同じように、敵を引きつけながら雪の中を走っているに違いない。
 そして彼は。
『白は九郎によく似合うから僕はそれが好きなのに』
 刀を払い、新雪の上へ血を飛ばす。視界の端に赤が散る。止まることなく足跡を綴る。
 きっと彼の背後は真っ赤に染まっているのだろう、けれど、いくら雪に赤が落ちようと、九郎の白き衣はそれ以上に返り血で赤くただれ、景色はもはや九郎を、戦いの跡を隠さない。
 少しずつ息が上がってきた。
 少し風も出てきた。山を越え西から落ちる風はひどく冷たく、吐く息の白さが雪の中でもあたたかだった。



 鎌倉勢は後から後から追いかけてくる。点々と落ちる血の赤を辿ってくるのだろう。それは林の中で目立ちすぎたか、それでも街道を行くよりはましなはずだ。
 川まで辿りつけば。
 そこまで辿りつくことができれば泰衡の用意してくれた船がある。それを使って北上、錦秋湖から西へ抜けることができる。
 下流の関はまだ無事かもしれない。落ちたにしては、ここにいる兵の数が少なすぎる。船だって、巧妙に隠しておいたと彼が言っていた。ならば抑えられている心配はない。……あるはずない。
 そう思えば、千切れそうに痛い耳も、凍りつきそうな頬も最早気にならなかった。それよりもただ、彼の言葉が繰り返しよぎる。
『諦めてしまうんですか?』
 諦めるものか、
『僕はまだ、君を鎌倉殿に討たせるつもりはありませんよ』
突如、左肩に熱が走る。
 見れば、矢が深々と刺さっていた。が、腕を振り回してみた所、問題なく動くから、九郎はそれを根元から折る。こういう時に冷たさは便利だ、痛みが麻痺して良く分からない。
 そしてまた走る。その足元に一本、二本と次々矢をけしかけられる。
 きりがない。九郎はくるりくるりと幹をなぞりながら木の影に身を隠し、息をひそめ彼らを待った。
少しずつ強くなってきた風は積った粉雪を舞い上げる。地吹雪は足跡を消してゆく。
 そこへ、追いついてきた騎乗の武士たちが数人現れた。どうやら九郎を見失ったままのようで、こちらに気付くことなく駆け抜けてゆく。
 好都合だ。最後の一人が通り抜ける直前に、斬りかかる。
「!?」
「何っ!?」
 武士たちは突然現れた九郎に驚き剣や長刀を向け仕留めようとするが、けれど馬は言う事を聞かない。突然歩みを止められ混乱している。
 九郎はそこを容赦なく襲う。むき出しの肌を裂き、斬りつけ、体当たりして馬から落とし、鎧の隙間を突き急所を狙う。彼らは一瞬で壊滅した。
 けれどそれだけで留まらなかった。馬が暴れ嘶くのを聞きつけたのだろう、どんどんと援軍がやってくる。……敵の数が思ったより多い。
 それでも地の利はこちらにあるし、九郎のところに来てくれるならば、それだけ仲間の危険が減るということだ。なおも剣を構え、次から次へと斬りつけてくる武士たちを返り討ちにしていった。
 静かな冬の森、不釣り合いな剣の音や、悲鳴ばかりが響く。
 止められない腕、体。空気が足りず息を吸い込むと、冷たさで肺が痛んだ。打ちつけられる太刀に腕も痛んだ。雨のように九郎を襲い続ける斬撃、次第に受け止められなくなってきて、かわすことさえできずに、生傷が増えていく。苦しい、と、腕が訴える。それでも考えるより先に体が動く。銀色のまっすぐな軌跡となり視界を裂く。
 鍛錬を重ねてきた九郎の太刀は的確だ、この程度の敵だったらただ感覚だけで、一太刀で彼らを切り崩すことができる。目の前など見ずに、遠き先を見て、生き抜く道を選ぶ。
 けれどそんな慣れ親しんだ、惰性にも似た剣の振り方は九郎の癖をも如実に受け継ぐ。
 けれどそんな慣れ親しんだ太刀筋は、傷ついた九郎の体のことなど知らない。
「疲れたか?」
 部下をけしかけ自分は遠くからこちらを見ていた御家人が、卑しい声で九郎に言葉をかけた。
 それにはっとした。矢先、雑兵の剣が顔面に迫る。飛びのきなんとか打ち払ったが、どっと腕に痛みが走った。
 重い。疲労している。見ればいつの間にか装束の袖は散々に斬り裂かれ、赤もにじんでいた。特に、何度も打ちつけられた小手の下は焼かれたかのように、熱く痛い。
 だが当然のように九郎の事など構わず、むしろここぞとばかりに鎌倉勢は攻撃の手を止めない。顔をしかめる間さえも与えられぬまま九郎は身をかがめ雪を蹴り、刀身で彼らの脛を打ちつけ突破する。
 が、もちろん兵は絶えない。九郎はやみくもに走るしかない。
「くそっ、」
「追いつめろ!」
 雪を踏みしめながら刀を握り直す。なのにどうしてか、力が入らない。
「覚悟!」
 挙句、あっさりと追いつかれた。振り返って受け止める。
 まっすぐに交差する刀、衝撃に腕が軋んだ。両手でも支えきれなくて、体が揺らぐ。
「っは、」
 とっさに足を横に踏み出しくるりと回り、正確に急所を裂く。
 どさりと目の前に倒れた武士を見ることもなく、九郎は再び横に飛ぶ。
 飛びながら、別に向かってくる太刀を受け止める、
けれど……九郎の思い描いた跡を、刀は、腕はもはや辿ってくれない、
『腕をかばわない戦い方をすると、傷を負ったとき、力が入らなくなるから軸がぶれて』
ひどく嫌な音がして、
銀色の何かが九郎の目の前を 飛んでゆく。
 と同時に、太腿のあたりに熱が走る。
「っ!!」
 太刀が折れていた。
 腿からは防げなかった一撃で赤が流れ、
「とどめ!」
敵はこれが好機とばかりに一斉に踏みこんできた。
 かわさなければならない。九郎は地面を蹴って背後に飛んだ、しかし、
雪は隠していた。
 そこに地面は無かった。
「っ!!!」
 九郎は急な斜面を転がり落ちる。地理は把握していた筈だった、こんなところに崖などあっただろうか?
 分からないまま、ただ折れた太刀を抱きしめながら九郎は崖から転がり落ちた。
「追え!」
「しかしこの急な崖はそうやすやすと降りられません」
「だったら急ぎ迂回路を探……」
 落ち続ける中、そんな声が聞こえたような気がした。
 心はただ、傷と、崖に身を打つけられる痛みで千切れそうだというのに、はっきりと言葉が分かるなど、それこそ比亮神のの加護をまだ受けているのではないかという気さえした。
 その上、九郎はかなりの距離を転がっていったが、幸いなことに、崖の下は吹きだまりで雪がたくさん積っていたから、酷い傷を負うことはなかった。
 体半分白に埋まり、止まったところで、九郎はぐずりと身を起こし、息を吸い、吐いた。
 顔をあげ、ぐるりとうまく開かない目であたりを見渡してみる。空から雪原までただ白一色で、人はおろか、動物の姿も見えない。
 どうやら窮地を脱したようだ。
 ただ、静寂の中に一人放り込まれると、途端、今まで散々斬りつけられてきた傷が痛んだ。
 幸いなことに腿に受けた傷は浅かったが、さっき左肩に受けたままにしておいた矢じりが今更焼け爛れたように痛い。肉も押し出そうとするからなのだろう、だが今の崖落ちで食い込んでしまって最早抜けそうにない。
 それでも、かろうじて半身を起こし、崖によりかかる。
 大きく、必死にただ呼吸だけをしながら、九郎は握りしめたままの折れた太刀をぼんやりと見つめた。
 そこにはぼろぼろにで、泥や血にまみれた疲れ果てた自分の顔が映っていた。



 こうして、戦場で命を失うこと九郎はずっと覚悟していた。
 勿論死にたいと思っていたいわけではない。生き延び夢を掴み、幸せになるために戦っていたが、その為に命を差し出すことは恐れてはいなかった。
 九郎がそういう道を辿るならば、彼の周りにいる人間もそれに巻き込んでしまうだろう、いつか九郎のせいで彼らは命を失うかもしれない。それも分かっていた。だから、彼らの為にもけして負けないと誓った。先陣きって戦場に赴き、勝ち続けてきた筈だった。
 なのに……、九郎は悔しかった。
 これは一体なんだったのだろう。
 兄に裏切られた、平泉を巻き込み守れなかった。九郎自身ももはや散々な姿になっている。
 いつからか意識していた死が、すぐ隣までやってきている。それが怖いのではないけれど、
あまりにもこの死に意味がないことがとても悔しい。
 兄の為でも自分の為でも平泉の為でもなく死んでゆかなけらばならないのがただ悔しい。
 なにより、
「……弁慶」
『諦めてしまうんですか?』
 彼の言葉が過った。
『僕はまだ、君を鎌倉殿に討たせるつもりはありませんよ』
 ああ、自分だって彼を鎌倉に討たせたくなどなかった、
『絶対に引き返さないでください。そうしなければ、僕の策は成りません……いいですね』
その策で、きっと彼は命を落とすのだという予感があったのに、そんなの当然に知っていたのに、
彼を止めることなく一人逃げ延びたのは、彼を信じたかったからだ。
 止めたかった。いくらなんでも無理だと思った。
 でもそれよりもっと彼を信じたかった。彼の言葉を、策を、なにより弁慶が約束したのだから九郎は彼を信じたかった、
彼は誰よりも優秀な軍師だということを、九郎がその身をもって証明してみせたかった、
故に、こうして振り返ることなく駆け抜けることが、自分が彼にできるせめてものものだと思ったのだ。
 生き抜くことがせめてもの報いだと思ったのだ。
 なのに、なのに九郎は今、ただそれすらもできないというのか!
「…………弁慶、」
 彼は……今にして思えば、彼はきっと、あの宇治川の日にはもう覚悟を決めていたんだ。九郎を守るつもりでいたのだろう。
 それこそ、この折れた太刀のように。
『……そうですね。不安ですね』
 一年前、言った彼を守りぬけると信じていた。彼と同じ未来に立てると思っていた。そればかりを強く思っていたような気がした。なのに結局……なにもできなかった。
「……」
 九郎はぼんやりと空を仰いだ。灰色の空は冷淡だ。
 どうしてこんなことになったのだろう?
 自分を偽らずに正しいと思った道を辿ってきたつもりだったのに、何故こんなにも理不尽に失い続けるのだろう?
 もう何がどうなったのか分からなかった。それでも立ち止まることはできなかった。
 剣を失ってしまった九郎は最早戦う術を知らない、それでも彼が追いつく事を諦めたくなんかなかった。彼と合流する為に川まで辿りつかなければならなかった。
 九郎に想いを託し散っていった仲間の為にも負けるわけにはいかなかった。
 自分が朽ちることだって認めたくなんかなかった。
 けれど、北上川はまだ遠い。
 ……遠い。
「……俺は、まだ、討たれるわけにはいかないのに」
 風が強くなってきた。地吹雪が起こり、視界が一面の白に染まる。
「ここで、終わるわけには、」
 九郎の体は冷えてゆく。
 白の中、いつかの彼の言葉が鮮やかに蘇る。
『ふふっ、でも、それはいいかもしれないですね。君とのこんな記憶が、きっと僕を突き動かしてくれるのでしょう』
『僕は確かに幸せだったと』
 記憶の彼方で彼は笑っている。愛しい笑顔だ。九郎にとってなにより大切な、かけがえのない。
 もし先にどちらかが欠けることがあってもそれは自分だと信じていたのに。
「お前と合流しないと」
 遠くを見れど白、景色は一面に白、何も見えない。平泉の街など遙か遠くで、何も、何も見えなかった。
 つぶやく声音もあっという間に風に浚われ、飛んでゆく。体温は奪われ全てが凍りついてゆく。
 今、自分は幸せなのだろうか。あまりにもつらいことがありすぎて、幸せという言葉の意味をもう九郎は忘れてしまった。
 それでもただ、記憶を辿れど思い出すのはただ、弁慶のことしかなかったから、きっと、これがあの日の自分が望んだ幸せというものなのだろう。
 黒の衣の下で、弁慶は柔らかく笑っていた。
 ああ……それは、なんだか、あまりにも遠い。遠くて、その笑みさえも白でかすれて消えてゆく。
 目に映る色は穢れなく、ただただ清らかで綺麗だった。
 九郎は凍える手で、折れた刀を逆手にしっかりと握りしめた。
 吹雪の中でもそれだけははっきりと、その銀の身をきらきらと輝かせていた。












 →あきらめる

 →あきらめない?
   (本文の途中に1か所リンクを張ってみました)
   (よろしければ時空跳躍して別の運命を進んでみてください)




(どうしても見つからなければTabキー連打か、またはそれっぽいアドレスを入力してみてください)


home >> text