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この前編はただのR18エロ注意程度の内容ですが、
後編は十六夜弁慶ルートED直前あたりで流血+バッドエンド+ご都合展開という豪華三本立てになってます

多分前編だけでも読めるので苦手な方はここで止めておいてください
(この時点で十六夜弁慶ルートのネタバレはないと思いますが、やっぱり色々ほのめかし要素は入ってます)




「ただいま戻りました」
 滞在している宿の一室、心地の良い風と共に入ってくる声がして、見れば弁慶が呆れた顔で立っていた。
「……何をしてるんですか」
「何って、鍛錬だが」
「こんな夜中にやらなくても」
 確かに晩秋の、三日分程欠けた月は中天へ迫ろうとしている。こういう時刻はゆったりと眠りへ入る準備などするものだ、けれど、
「風が気持ちよくて、勿体ないように思えて」
「ああ、それは同感です。こんなに見事な月夜だ、寝てしまうのはとても惜しい気がします」
言うと、薄雲に覆われた、まるで隠れるような月をちらりと見上げたあと、彼は笑顔で同意した。そんな彼の微笑みは、久しぶりだというのにまるでいつも通りで、九郎の心は安堵と共に浮かれてしまう程だった。
 だというのに、
「けれど、折角鎌倉殿からいただいたばかりの装束を着たままやらなくもいいでしょう? 勿体ない、白は九郎によく似合うから僕はそれが好きなのに、いためてしまいそうだ」
言葉とは裏腹に、彼は突然荷をずいぶんと乱暴に床に置く、というよりは投げると、杖のように携えていた薙刀をくるりと回し、穂先をこちらにいきなり踏み込んできた。
 そのまま止まりもせず下段から斬り上げる。
「!?」
 九郎は驚いた、だがまだ鞘に納めていなかった刀を瞬時に握り直し、迫る刃の勢いを殺さぬままに、添えるように剣を重ね、斜め上へと受け流す。
 そのまま今度は九郎が一歩、踏み込んだ。薙刀の残影で前髪がかすかに落ちる。構わずに切り返し、
ぴたり、と、元荒法師の首元でそれを止めた。
「完敗ですね」
「俺は毎日鍛錬を欠かしていないんだ、それでお前に負けたら、先生にあわせる顔がないだろう」
「けれど不意打ちでしたからね。もう少しいい線いくかな、と思ったんだけどな」
 などと言いながら薙刀を降ろす弁慶は、少し悔しそうだ。
「確かに、これ以上ない不意打ちだった。まさか十日ぶりに会ってこんな仕打ちを受けるとは思わなかったぞ」
 九郎は晴れやかな心で刀を鞘に収める。
「いかなる時も油断するな、矢はどこから飛んでくるかわからない。先生の教えがこんなところで役に立つとは」
 そして続けると、負け惜しみ混じりで、でも笑って弁慶も言った。
「ふふっ、では僕は先生の教えに敵わなかった、ということになるのでしょうね。仕方ないかな、九郎は先生のことが本当に好きだから」
「先生は俺の大事な師だからな。とはいえもう何年もお会いしていないが……京へ戻れば会えるだろうか」
「ふふっ、僕も九郎と離れたらこんなに焦がれてもらえるのかな」
「お前はいつも勝手にいなくなっているだろう!」
 そもそも、先生と弁慶とでは、全く違うじゃないか。弁慶の言葉は性質の悪い冗談だと思ったし、なにより彼が不在の間、九郎はここで彼の身を案じていたのだと、こんこんと言い募ってやりたくて、九郎は一歩、ずいと彼に近づくが、
「そうだ、先生にお会いできたら、是非君の剣の癖を直して貰わないと」
と、突然彼が言うから、言葉を飲み込んでしまう。
「確かに君の剣はまっすぐで、僕から見てもいい太刀筋ですけど、その分無防備すぎる」
 誤魔化されているような気はした、それでも……その指摘はもっともで、それこそ九郎の師であるリズヴァーンは勿論、平泉や鎌倉で出会った尊敬すべき武士たちにも言われたことがあった、自他共に認める欠点であったので、言い返せない。実際今だって、兄に貰った戦装束の袖ぎりぎりに弁慶の薙刀は入っていた。
 分かってはいるのだ……だが、どうにもすっかり癖になっている上に、1対1の戦いではすこぶる有用なので、なかなか直せない欠点だった。
「腕をかばわない戦い方をすると、傷を負ったとき、力が入らなくなるから軸がぶれて、刀が折れてしまいますよ」
「善処する」
「本当にそうしてくださいね。今までとは違うんですから」
 さらりと彼は言った。が、微笑みながらも言葉はどこか辛辣に聞こえて、
それで九郎ははっとした。
「……そうだった。ご苦労だった」
 こんな風に、和やかに今までと同じように笑っている場合ではなかったのだ。十日ぶりの再会に心を躍らせている場合ではなかったのだ。
 心を引き締めつつ、九郎は腰を下ろす。
 だが弁慶は、といえば、戸を閉め、さっき投げ捨てた荷を拾いながら、五尺程離れた火桶の横に座わりはしたものの、
「よかった、かろうじてまだ火種が残っている」
炭を2つ、3つと放り込み、息を吹き込み火をつけることに取りかかってしまった。
 こちらのことなどおかまいなしな彼の姿にやや苛立ったが、
「寒いのか?」
自分は体を動かしていたところだった、と思いだし、問いかけれればやはり弁慶は頷いた。
「ええ。もしかしたら霜が降りるかもしれないですね。九郎もちゃんと汗を拭いておいた方がいいですよ。風邪をひきますから」
「……後でいい。先に報告を」
「報告を聞きながら拭けばいいでしょう。それとも、僕が拭きましょうか?」
「ばっ!! それくらい、自分でやる!」
 九郎は乱暴に、肩にかけたままにしていた手拭いを取る。すると弁慶はおかしそうにくすくすと笑った。ああ、また彼の口車に乗せられた。
「ふふっ、不服そうですね」
「……きちんとした態度でお前の報告を聞きたかったんだ」
「九郎らしいなあ」
 そうこうしているうちに、火がごうごうと燃えはじめた。音は九郎にも聞こえるほどで、部屋の中の赤さが一気に増した。
 それでも弁慶は火桶から離れない。
「もしかして、お前、自分がそこから離れたくないからそんなことを言ったのか?」
「……よく分かりましたね。九郎も少しは成長したのかな」
 目を見開く弁慶に、九郎は衣から肩を出しつつ、怒るより呆れた。
 そんな九郎を見てますます弁慶は楽しそうにしていたれど、しばらくの後、火鉢からは離れなかったものの、座だけはきちんと正して九郎に向き直り、話をはじめた。
「京の様子は、かなり悲惨なことになっているようですね」
「そんなに酷いのか」
「ええ。これは、明日にでも鎌倉殿へ使者を立てなければならないでしょう」

 九郎たちが兄頼朝の命で近江の琵琶湖東岸までやってきたのは、もう半月ほど前のことだ。
 かつては同じ源氏として平家を倒すべき同士だったはずの木曽義仲が京を荒らしている、との噂が鎌倉へ届いた。事態を重くみた兄は、九郎に木曽あての文を渡すよう命じた。それを手に近江までやってきたのだが、そこへ辿りつくより先に木曽が後白河法皇を法住寺に幽閉してしまったものだから、事態は一変してしまった。
 それでも直接文を渡したいと、九郎は軍を郎党に預け、弁慶と僅かな兵たちとで出向いたが、最早相手方に九郎と話などする気はないようで京にすら入れなかった。強行突破は弁慶に猛反発された故、仕方なく使者に手紙を持たせ、大津の宿でそれを待っていたのだが、返事は一向に来なかった。
 ので、今度は弁慶が様子を探りに行ったところだったのだが……、
「戦になるのか」
「もし、明日鎌倉への使者を送れば、彼はそう、返事を承ってくるでしょうね。あの方がこのまま木曽を放っておくとは到底思えません。それに、九郎もこのままではいられないでしょう?」
僕は嫌だ、と、彼の目が語っていた。そんなにも悲惨だったというのか?
「……」
 九郎は彼を見たまま黙り込む。

 戦うか、戦わないか。
 木曽には過去に平家を破った実績もある。九郎からすれば、彼は立派な将でもあったのだ。だが、全てを聞かずとも、言葉少ない弁慶の報告を聞いていれば。彼の言葉は九郎の心に暗く落ちた。手拭いていた手拭いを握りしめた九郎に、続けて彼は言う。
「迷いがあるなら少し時間をおいたほうがいい」
 ゆらゆらとこちらへ長く伸びる影の上、まっすぐに届く視線ばかりがやけにはっきり感じられて、九郎は少し、ぞっとした。
 と同時に言葉の意味に軽い怒りを覚えた。
「迷っている? 誰が」
「そういう顔をしていますよ。さっきの話ではないですが、迷いも太刀筋を鈍らせる原因になる。ますます刀を支えきれなくなって、危険ですよ」
「……何に迷う必要がある? 京の町の惨状は俺だって一度見た。このままにしておく訳にはいかない。兄上の命があるならなおさらだ」
「ええ。鎌倉殿の命がある以上、僕たちは木曽を討たなければならないでしょう。でも、方法は色々あるんですよ、たとえば、極秘裏に木曽だけを捕えることだって」
「それを兄上は望まないだろう。やるなら彼の郎党ときっちり戦わなければならない。平家に付け入る隙を与えてはならないと、兄上は言った。ならばやはり木曽とは今決着をつけ、京の貴族たちにも兄上の判断を見せつけなければならない」
 すらすらと言葉を並べる。
 確かに、迷いは太刀筋を鈍らせる。それは師も言っていた事だ、
それに、一族である木曽と戦う事を望むか、と聞かれれば、本当のところはそうではない。最初の説得に応じてくれればよかったと思っているのも事実。
 それでも、京の惨状を放置するわけにはいかないし、源氏の名折れで兄の障害となるならば、取り除かねばならない。
 悲しいと思えど、迷ってはいなかった。
「明日、兄上に書状を書こう」
 だから、秋の静寂に妙にはっきりと響いた言葉は真実だ。本心だ。
 なのに、兄の為にも、京の為にも、そして自分の為にも待ち望んだ戦いと言えるのに、声音は何故か確かに、妙にざらりと九郎自身の耳に残る。ぱちぱちという火の音よりも鮮明に、深く。
 ふっと落ちるのは過去の心。あれはいつだったか、黄瀬川のしばらく後のことだったろうか、
兄は源氏の棟梁で、自分は弟とはいえ、一介の御家人と同じなのだと……それが源氏の名を継いでゆくということなのだと……知った頃をふと、思い出した。そんな兄を持ち、九郎はとても誇らしかったはずなのに、今は妙に心がかげる。それは、一体何を意味する……?
 泥沼に足を踏み入れたような感覚だった。思ってはいけないことを、垣間見たのではないか?
「木曽にかまけている場合ではない」
 直感で九郎は恐れた、だが沈むような闇は九郎を離さない、引きずり込まれる。……見たくないのに!
 心が浸されるようだった、ゆえに、
「そうですね、木曽の次は、ついに平家に手が届く」
慰めなのか、弁慶が随分と明るく言葉をかけてくれた事で、九郎の意識は切り替わった。たったそれだけで、泥沼は綺麗に九郎の意識から消えていた。ほっと息を吐いてしまった。
「……そうだな、兄上の国を作ることを、ようやく手伝うことができる」
 そう、それこそが、九郎が幼い頃からの念願だ。平家を倒すことも、その上に新しい武士の国を作ることも九郎の、そして兄頼朝の悲願だ。その為には尽力を惜しまないと、九郎はとうの昔に兄に誓っていた。
 過去の自分の為に、兄の未来の為に。
「今や君は、鎌倉殿の名代ですからね」
 弁慶はそんな九郎をみて、随分と笑っていた。彼はよく笑顔を見せているが……さっきまで気付いていなかったものの、なんとなく、それに目が止まったのは、声音がどこか、寂しそうだったからかもしれない。
「……もしかして、お前が迷っているのか?」
 なんとなく口にしたら、彼は少し驚いた後、少し困ったような顔をした。
「……そうですね。不安ですね」
「珍しいな。そんなにきっぱりと」
 いつもあれだけふてぶてしく人を陥れる策ばかり練る彼がやけに素直で、むしろ九郎が困惑してしまうけれど、
「木曽はそうとう追いつめられて、かなり厳しいことをしているみたいで、京へ行っても情報があまり手に入らなかったんですよ。それでなんとなく落ち着かないのかもしれないですね。状況が分からないと、軍師は策を練ることができませんから」
「なんだ、そんなことか」
返答に、今度は九郎が笑う番だった。
「戦に負けることを心配しているのか? だったら任せておけ、必ず勝ってみせるぞ」
「……酷いな、僕の策なんていらないっていうんですか?」
「一言もそんなことは言っていないだろう! 全く、お前はなんでそんなにひねくれた方向に物を考えるんだ」
「ふふっ」
 弁慶も笑った。九郎は嬉しかった。なのに、表情は刹那で翻る、
「でも九郎、僕が心配なのは君なんですよ。君はすぐ自分でなんでもしようとするから」
「そんなことはない」
「あります。この前だって、京に行くと言って聞かない君を止めるのにどれだけ苦労したか。実際、君が行っていたら今頃鎌倉への交渉の材料にされていたに違いないでしょう」
言う顔からは既に笑みは消えていた。軍師の正論、だがその言い分を聞くわけにはいかない。
「お前は行ったくせに」
「君は僕をもっと利用してもいいくらいだ」
「だから、お前とはそういう関係になりたくないと何度言えば分かる? 俺はそんなに頼りないというのか?」
「話が違いますよ、九郎。確かに今まではそれでもよかった、けれどこれからは君は鎌倉殿の名代なのだから、そんな風では他の御家人に示しがつかないでしょう? 君の兄上を見習ったらどうですか?」
「兄上だって政子さまは別段に扱ってらっしゃるじゃないか」
「政子さまと僕とでは全く立場が違います。それに、」
 いつになく刺々しい弁慶の物言いは全面的に九郎を逆なでた。しかし、
「そんなことを言う割に、言いたいことを言えないとみえる」
と、次にまるで吐き捨てるように告げられた言葉はあまりにも鋭く、鋭利で、しかも意味が分からなくて、
「……?」
結果、九郎は戸惑った。
 言いたいことなら現に今散々喋っているではないか。なのに何故そんなことを彼が言うのか分からない、
だがなんとなく、その言葉は九郎の心の奥底に突き刺さった。
「何が言いたい」
 けれど分からない九郎はそうとしか返せる筈がない。すると弁慶はますます困った顔をした。
「……君のそういうところが結局、好きなんでしょうね」
困った顔のまま、随分と寂しそうに言った後、
「誤魔化すな」
「誤魔化してないですよ。ただ、やはり不安だったみたいです」
「……」
不安、と、彼はまた口にした。
「何が起こるかわからないから」
「……勝利だけを目指せば、不安はぬぐえはしないか?」
 そう言われてしまえば放っておけなくて、九郎は問いかける。
 弁慶はなおも笑う。
「ただ勝ちだけを描き、進む。九郎のそういうところは、将としてはいい所だと思います。でも、軍師は勝利だけを見ている訳にはいきませんから、色々考えるでしょう?」
「それは……」
「君は本当に見ていて危なっかしいから」
 けれどそんな、伏せられた瞳で繰り返された言葉に、九郎はようやく合点が言った。
 ああ、弁慶はそれを心配していたと言うのか。九郎が頼りないことではなく、九郎がいなくなるかもしれない、という事を。
 だったら、簡単なことだ。九郎はさっきと同じように笑おうとした。
 けれど、笑えなかった。それはできない約束だったからだ。
 九郎は戦うときは、いつだって負けることなど考えていなかった。自分が負けないと過信しているわけでも、妄信してるわけでもない。ただ、勝利への道を頭に描いて戦うのが当然だと思っていたからだ。ならば、その先の未来に不安を感じる必要はないだろう、と、思ったのだ。
 それでも……きっと、これからは軍を預かる将になる。そうしたら、自分の命を賭けて、何かを為さなければならぬ場面が、きっと出てくる。たったひとつ、選択を間違ったならば彼の責任を負わなければならない場面がきっと。そう、もしかしたら彼らを守るために。
 そうすることに、九郎はなんらためらいはない。ゆえに、今、彼に返すべき言葉が……見つからない。彼の不安をぬぐえない。駄目だ、と思いながらも、九郎はうつむいてしまった。赤を帯びる床に、ちらちらと揺れる長い影。
 だが、それは唐突にゆらりと動いた。そのままこちらへ近づいてくる。
「?」
 顔をあげれば、弁慶がするすると膝伝いでこちらへ近づいてきていた。
 ようやく体が暖まったのだろうか、などと思いながら九郎はそれをただ見ていた。すると、今宵の月色に似た頭はどんどんと近づいてきて、そのまま九郎の上から覆いかぶさるように、唇を塞いだ。
「!?」
 いきなりなそれは遠慮もなく深く九郎を奪い、舌を幾度か強引に絡めては、しばらくのあと、つうと離れた。
「弁慶、」
「難しい話は終わりにしましょう」
「だが」
 制するが……既に、何をどこまで喋っていたか、九郎もはっきりとは思いだせなかった。また誤魔化された、不満は顔に出た、なのに、
「君も僕も強情だから、このままでは夜が明けてしまう。君が最初に言っていたじゃないですか、こんな見事な月夜、勿体ないと」
「それは……そうだが」
とんだ言い訳を盾に、なおも弁慶は笑う。
 それはどこか、儚さを含んでいたように見えたけれど、そうだとしたら、きっとさっき彼が口にした「不安」という言葉のせいなのかもしれない。
 そうしている間に手が伸びてきた。
 汗を拭くために既に半分脱ぎかけていた衣を、弁慶の指が掴む。あっという間で、事態に呑まれたままの抵抗する間もなかった。そのまま自分の着物の帯まではずしにかかっている。
 そんな姿を見ていれば、結局不満も溶けてしまった。九郎も弁慶の衣に手をかける。すると彼は少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑った。そうなればあとは……九郎はまた、流されるままだった。