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 戸は既にきっちりと閉め切ってしまったままだから、今の時刻がどれほどかは分からない。ただ、みるみる冷えてゆく部屋の中、九郎の眼前で弁慶は柔らかに微笑む。
『見事な月夜、勿体ない』などと言ったけれどその月もここからは見えない、とんだ言い訳だ、思ったけれど、反論しようとしなかったから、九郎も同罪と言えるのだろうか。
 かすかに躊躇っている間にも既に、着物をはらりと肩から落とし、下も半ば脱ぎかけた、だらしない姿になっている弁慶は、九郎の肩に片手だけを置いたまま、もう片方の手で油など使いながら彼の後ろ側に指を差し入れはじめている。
「っく、さすがに、少しきついですね」
「……当たり前だろう」
 本当は、不安ならばそれをすっきりと解決するべきなのだろう。遠い昔、彼の師が九郎にそう教えた。けれど、弁慶が、今この状態で口を割るとは到底思えない。それくらい軍師でなくとも長年の付き合いなのだから分かる。
 だったら、ここでたとえ流されようと、それで彼の心が幾許か晴れるならばそれで十分だろうと、九郎は思った。
 そんなこちらの心もお見通しなのか、弁慶は、
「……こんな風にゆっくりできるのも、いつまでか分からないですからね。九郎の働きが認められた暁には身分違いの恋になってしまうかも」
などという、冗談なのか本気なのか、どっちにしろこんな時でなければ九郎が怒ったに違いない事を言いながら、肩に顔を寄せ、九郎のものに手を添えながら、ゆっくりと体を沈め、中に挿しいれた。
「くっ、」
 時間もかけずに挿れてしまうのだ、苦しいのだろう。彼は顔をしかませる。九郎の方にも押し出されようとする感覚がある。
「大丈夫か?」
「大丈夫にするんです」
 言いきった弁慶は、ゆっくりとなじませるように動き始める。彼の腰に手を当て、九郎は支える。今はそれしかできない。その他にはせいぜい、九郎の真横にある耳を舌でなぞるくらいだろうか。
「ふふ、そんなことするなんて」
 なのに弁慶はそれからするりと逃れると、逆に、かぷり、と、九郎の首元を噛む。肩へ舌を這わせる。丁寧に、鎖骨まで広げながら舐められれば、九郎は息を漏らしながら眉を寄せるしかない。それに九郎が弱いことは、彼には筒抜けだというのか。
「お前…っ!」
「ふふっ」
 笑いながら今度は腰を早める。
「待て、そんなに速くしたら」
「夜はもう更けているんですから。それに、君なら何度だってできるでしょう?」
「そういう問題では…っ、」
 ここへ来てからは大所帯な上、別行動をとることが多かったから、身体を重ねるのは久しぶりだった。鋭利な感覚は抉られるようで、顔をしかめてしまう。弁慶もそうなのだろうか、無理をしているのではと思えるほどに速さが増してゆく。姿勢をとりにくいのだろう、すがりつくように腕をきつく握られた。
「くっ、うう」
 腹で擦れる彼のものがまた、もうひとつの腕のように、まるで撫でまわされているかのような錯覚を覚える。取り乱す姿につられる、呑まれる、九郎の息も上がってゆく。
「はぁ、くろ、」
 挙句、そんな風に囁かれたら、
「や、待て……っ、」
耐えられる筈もない。瞬間、九郎は目を閉じて弁慶の中へ熱い液体を放った。
「うっ」
 弁慶がくぐもった声をあげる。苦しそうに涙まで滲ませていて、いつも九郎は冷静になったあと、それを心配するのだが、構わないのだと、これがいいのだと、弁慶はいつだって笑うのだ。しかも、艶やかに。今だってそうだ。
「はあ……おま、おまえは…」
 瞳をにじませ九郎は弁慶を見上げてしまう。どくどくとまだ自分のものが脈打っている感覚がある。繋ぎ目はなめらかだ、室内にほのかに漂う生臭さが生々しくて、この瞬間に、九郎はどうにも慣れることができないのだが、
「ふふ、」
弁慶はまるで楽しそうに、まるでああ、悪だくみをしている時のような顔で、なおもずるりと腰を動かす。それに今度こそ九郎は慌てた。
「まっ、待て」
 放ったばかりでの刺激は強すぎる。散々にされて理性など最早飛びかけていたが、今までのただ温かく気持ちのよいものとは違うそれに目が覚める感覚を味わう。自分でもはっきりとわかる。慌てる自分のものがまた、弁慶の中を塞いでゆく。
「もう少し付き合って貰いますよ、九郎」
 なんて彼は言うけれど、どのみちこうなってしまえば、九郎が反論できるはずもなかった。
それに……流されたとはいえ、あまりにもあっさりと一方的だったことは、流石に悔しい。
「全く……」
 ゆるゆると再び動き始めた弁慶の腰をぐいと引きよせる。
「くろっ、」
 そして今度はこちらが主導権を握るのだと、腰を掴んで上下に揺らしてやる。
「ああっ…」
 こんなに素直に声をあげる弁慶は珍しかった。鎌倉を離れているから気が緩んでいるのかもしれないが、それよりも、九郎の心にはやはり、不安と言った彼の言葉が大きく残っていた。
 その意味は結局九郎には分からない。
けれど、こうして……弁慶に言ったら怒られそうだが、肌を重ね直に彼に触れているうちに気がついた。

 あのとき多分、九郎も不安だった。
 九郎の命は兄のものだ。武士として戦場に捧げた身だ。
 だから、いくら追い詰められようと、名を穢す訳にはいかないから易々と敵に命を投げることだってするつもりもないし、そもそも負けることすら考えてもいないから戦い自体に不安はなかった。だが、
『……こんな風にゆっくりできるのも、いつまでか分からないですからね』
それは、九郎が武士として名を上げる事に関して言っていたのかもしれないし、冗談めいた言葉だった。とはいえ、
……九郎にとっては暗黙で封じてきた言葉だった。心に沈めた言葉だった。
 自分の命の儚さに怯えることが負けにつながるのだ、勝利だけを目指せばいい、鎌倉殿の未来だけを目指せばいいと、考えないようにしていたが、ここから先、確かに、九郎が命を落とさない保証は、全くない。
 それでも。

 九郎がさっき弁慶がしたように速く突くと、うってかわって彼は身をよじらせる。とはいえ一度達してしまった九郎からすれば、うまく力が入らない。そのたび腹の上の彼は物欲しそうにする。ぐい、と抱き寄せ、彼のものを九郎の腹に擦りつける。既に先が湿っているそれが腹について、ぬるりと滑ると、九郎は妙にどきりとした。
「や、九郎、ずるい」
「ずるいのはどっちだ」
 先に散々仕掛けておいて今更言う事がそれか。どこまでも彼らしい言葉に九郎は笑ってしまう。
 皆に言わせれば弁慶はどこか一線を引いている、何かを諦めている、というけれど、九郎にとって彼は強欲で貪欲だ。九郎の心さえ、とうの昔にしっかりと握られてもう絡まってしまった。
「考え事ですか?」
 目の前に顔が近づいてくる。上気した頬に、つられるようにこちらも体温が上がった。
 九郎の髪に彼の指が絡む、視線が絡む、唇を寄せられて舌も絡む。翻弄される、ああ、結局彼にはかなわない。
 されるようになりながらも、腰だけはしっかりと動かしてやると、両の肩に乗せられた肘からかかる力が大きくなる。苦しい、なんて思ったのは刹那だ、ゆるく目を開けて見つめる先にあった瞳にぶつかれば、そんなもの一瞬で霧散する。
 名を呼ぶ、それは彼に唾液ごと呑みこまれてしまうけれど、伝わったのだろうか、ふいに弁慶の体が大きく揺れて、九郎の胸のあたりに温かい液体が飛んできた。
「ぅ……」
 なおも離れぬ唇から呻き声が漏れる。肩にかかった力は完全に力を失い落ち、ぐったりと九郎にもたれかかる。
 息があがる。
「はあ、はあ……」
 続けて頭が肩に落ちる。九郎も上下する背を無言で見つめていた。
「ああ……よごれてしまった」
 何も言わない九郎を気にも留めずに、弁慶はずるりと腰を上げて、離れた。途端、二人の間に風が通って、冷たさに震える。
「拭かないと」
 弁慶は九郎から視線をあげ、あたりを見回した。けれどそれは、今度は九郎が許さない。
 ぐい、と、肩を引き寄せ、今度はこちらから唇を塞ぐ。
「っ」
 弁慶が身をこわばらせ逃げようとしたが、引きよせ逃がさない。
「九郎、待って」
 それでも胸を押され、弁慶は困ったように言うけれど、
「何を今更」
「汚してしまったら、僕らはどこで寝るんです」
「一晩くらい板間の上でも構わないだろう」
「僕は嫌です」
「いいから……ほら、夜が明けてしまう」
 そもそも褥は既に散々、先に出した九郎のもので汚れている。それが少し増えたところでどうなるという? さっきまであんなに寒がっていたというのに、汗でべったりと貼りついた弁慶の前髪に指をさしいれながら言う。まだ荒い呼吸の彼は、ふう、と息を吐いた。
「まったく、君は……」
 言って、とん、と九郎の肩を押した。二人の身体がぐらりと揺れて、床に転がる。
 ふふ、と悪戯にこちらを見上げていた身体をぐいとまわして、組み敷く。
「お前の話、少しだけ分かった」
「なにがですか?」
「いつまでこんな風に過ごせるか分からない、という話だ」
 そう、こんな、いつになく積極的で、散々にこちらを乱してくれた挙句、貪欲に貪って、白の肌を赤に染めてこんな風に微笑む彼を見て、抑えるなど、なんだかとても無駄な事のような気がしたのだ。
 組み敷いて、二の腕をざらりと舐める。
「っ」
 執拗にくりかえれば彼はじたばたと暴れたが、はむ、と、甘く噛んだあたりで動きが質を変える。じりじりと、耐えるように床を這う。
 それでもなおもそこを吸う。気付いたらそのあたりだけあかい痕がいくつかできてしまっていた。これは後で怒られるかもしれない……。けれど、仕方ない。ふと顔を挙げれば、無抵抗に肢体をさらりと晒しているしどけない姿。
「おしまいですか?」
 くすりと、挑発するように微笑む顔。
「……まさか」
 顔を振ったら九郎の後ろ髪が肩から落ちて、弁慶の腿のあたりに触れたのだろう、彼は身をよじらせた。浮いた左の手をとり、そのまま彼の体をぐるりと回し、背後から覆いかぶさって舌で背骨を上下に辿る。
「ふぁっ、」
 頭を振った彼の髪がゆらりと目の前を通って落ちた。露呈したうなじを撫でればどんどんと彼の体は沈んでゆく。
 明るい髪色に白い肌、それらは夜の闇でもにじむ事はない。弁慶は九郎に白が似合うと言っていたけれど、九郎からすれば白は弁慶の色だった。
 その白色の背中を責めながら、後ろから弁慶のものを掴む。さっきの残滓は既に乾き始めていて、ざらりとした感触がした。
「ああっ……、」
 彼が背をまるめると、尻が九郎のものをかすめた。それはまるで誘うようで、
そのまま、九郎は弁慶の腰を抱き上げて、背後からねじ込んでしまった。
 ずぶずぶと、空気が嫌な音を立てて弁慶の中から逃げてゆく、けれど、それさえも煽られるようで、
「っく、ぁあっ、」
すがるような弁慶の声に、急かされて、九郎は自分のものをしっかりと中におさめた。ついさっきまで感じていた感触だと言うのに、ひどく久しいような感じがした。
「あっ、あああ」
 感情のままに動かせば、本当にいつになく弁慶は乱れた。声も殺さず、零れた涙が床の色を変える。
 それに心は満たされる。
 そう……たったそれだけで、消えてゆくのだ。
「……弁慶」
「……?」
 言葉をかければ、弁慶は涙目のまま、体をひねって九郎を見上げた。
「もし、いつか……俺たちがはぐれてしまう事があったとしても、こんな風に過ごした事を思い出せば……それは、幸福なのかもしれないな」
「…はぁ、はぁ……、九郎にしては、随分、感傷的な事を言いますね。しかも、突然」
「すまない」
 情緒に欠ける、と、以前怒られたことを思い出し、九郎はとっさに謝るけれど、弁慶はそれに関しては何も言わずに、ただ笑ってくれた。
 まさか、九郎がどこかで不安を感じていることがばれたのだろうか。けれど、
「ふふっ、でも、それはいいかもしれないですね。……君との、こんな記憶が、きっと僕を突き動かしてくれるのでしょう」
彼が言った言葉こそ感傷的で、
「僕は確かに幸せだったと」
九郎は、もうどうしようもなく嬉しくなった。
 明日になればまた、様々なことで九郎は迷い、彼も思案するのだろう、もしかしたら兄の為、彼の為に道半ば、命を落とす日も来るかもしれない。
 それでも、どれだけ道が遠くとも、こうして、今精一杯に彼と過ごしている時間を、最後に思い出すことができるなら、今ほどに幸せを噛みしめることができるのではないかと、それで満たされるのではないかと、
今この時の儚さに恐れようとも、誘う死から目をそむけ、今までのようにまっすぐ、ただ勝利だけを目指して駆けることがでくるのではないかと……、
思うのだ。
 現に、さっきまでは京の惨状に心を沈ませていたというのに、そんなことさえかすむほど、今、九郎は満たされている。
 この時が愛おしい。
「……」
 それを言葉にするなど、到底できなかった。代わりに、背中から彼を抱きしめる。
「ぁあ、」
 再び嬌声があがる。考えることなどいよいよできなくて、ただ必死に挿入を繰り返す。気を遣うこともできそうになかった。
「九郎、もう、」
 そんな九郎に、弁慶は喘ぎ混じり告げる。涙さえも滲むような切ない声に九郎はたじろぐけれど、
「……まだ」
「九郎!?」
「今日は、待ってくれ」
 けれど彼を許さないと言うように、九郎は弁慶のものを掴んで先を塞いだ。
 一緒がいい、などという考えはどこか女々しくて、九郎は好きではなかったが、
だけどそれさえも、いつか、振り返って笑えるのならば。
「九郎…」
 ……けれど、こちらを無理矢理振り返りながらせがむような声は恨みをはらむ。もしかしたら、笑うより先に、明日、酷い目にあわされるかもしれない。けれど、そんな些細な事さえ、今の九郎には媚薬に等しい。
 思うがままに腰を打ちつけながらもゆっくりと握った指を揺らしてやると、弁慶は再び瞳を閉じて声を上げる。
「っあ、ああっ、あああ」
「くっ、ううっ」
 導かれるように、声が漏れた。
 そして誘われるように、手の中に弁慶が白濁を吐きだしたあと、望んだとおりに九郎もそれにならった。



 簡単に体やら周りやらを綺麗に片づけた後、姿を消した弁慶を探したら、彼は戸を開き、そこで空を見ていた。
 九郎も隣に立ってそれを見た。月は、彼が思ったよりも傾いていた。
「……こんなに時がすぎていたんだな」
「そうみたいですね」
「もっと、一瞬だと思っていましたか?」
「ああ」
 惜しんでいた月が沈んでゆく。
「いいものだな」
「何がです?」
「時など、早く廻ってしまえばいい」
 そうしたら兄の作る平和な未来が早く訪れる。
「戦いなど、無い方がいい」
「そうですね、きっとあっという間ですよ。平泉に向かったのだって、そう遠くないような気がする」
「それは言える」
 二人は顔を見合わせて笑ったあと、もう一度空を見た。
 月は相変わらず薄い雲に覆われていたけれど、それでも雲を、二人を白い光で照らしていた。





折角手拭い出したんだからなにかに使えばよかっ