朝、起きて。誰もいないことを確認し、学校へ向かう。
 バイト、ファミレス、真夜中に帰宅。 僕の世界はこんなにも小さく、壊されることを嫌っている。
 誰に? なんて問う気にさえなれないけれど。



***


 「最近、疲れてるみたいだね」
 バイト終了後。未だ上がって来ない友人を休憩室で待っていると、隣のテーブルに座っていた子が声を掛けてきた。 高校生の女の子。夕飯を一緒に食べに行くこともないので、そこそこの付き合いの相手だけど。
 「そうかな?」
紙パックのオレンジジュースを口に含み、おどけたように笑ってみせる。
 「笑うときに、1テンポ遅れてるよ」
 片手で携帯を弄りながら、素っ気無く答える彼女。僕が息を飲んだことになんて、興味はないといった感じだ。
 「……夜中にゲームばっかしてるからかなぁ」
  意味もなく両腕を上げて伸びをする。ついでに欠伸もプラス。きっと間抜けな面を晒していることだろう。
 「お待たせ〜」
 ガチャリと音を立てて、休憩室の扉が開いた。これこそ疲れました! という表情を貼り付けた友人が、中へと入る。
 「お疲れさん。他の皆は?」
 「もう直ぐ来ると思うぜ。さっきすれ違った時に、そう言ってた」
 自販機で紙パックの乳飲料を買い、僕の隣にと座る。その後続けられる軽い会話に、僕は思わず安堵の溜息を吐き出した。

 笑うときに1テンポ遅れているだって? まさか、友人達にさえ気が付かれなかったというのに。彼女には見えてしまったとでもいうのか。
 バカ騒ぎの下らない遣り取りの中で、それでもチラリチラチと出てくる疑問。 指摘されたことが気になって、思わず笑うときの声に力が入る。 一人の時には、誰かに助けて欲しいと願うけれど、結局のところ誰にもいえない。
 皆で居ると思う。この程度の悩みで思いつめているだなんて、逆に恥かしいのではないか。


***


 帰宅して、廊下の電気を付ける。人の居る気配はない。
 小さく息を吐いて、無意味に大声で鼻歌を歌う。乱暴にシャワーを浴びて、ウイスキーをロックで一杯。 味わう必要はない。僕を寝かせてくれるだけで、十分なのだから。

 『今度のお休みに、ちょっと来てくれんかいのぉ』
 婆ちゃんからの電話。耳が遠い婆ちゃんのために、僕は大きな声でハッキリと答える。
 「うん! 次の休みには必ず行くよ!! シフト表が出たら、電話するね!」
 いっそ怒鳴っているといっても良いかもしれない。けど耳の遠い婆ちゃんは気にすることもなく。
 『じゃあ待っとうかいな』
 とだけ言って電話を切った。受話器の向こうから聞えるツーツーという音を耳の残しながら、僕はボンヤリと考え始める。
 ……さて、どうしようか。婆ちゃんの家には、僕1人で行ったことが無い。
 基本的に両親が行くのに、一緒に付いてゆくのみ。婆ちゃんも、きっとそのつもりだろう。 僕だけが尋ねたなら、多分不審に思う。嘘を付くのは、苦手ではないが。
 もうそろそろ、捜さなくてはいけないのかもしれない。
 気がつけばもう、両親がいなくなってから一週間が経っていた。いや、未だ一週間というべきなのか。 判らないけれど、もうそろそろ捜索願とか出すべきかもしれない。
 バイト先の友人に、母親が失踪した子がいたことを思い出す。
 捜索届の出し方を、聞いてみようか。 さり気なく切り出して、いつものように笑っていれば友人も単純に教えてくれるだろうから。 夕食を進めるための、下らない日常会話として切り出せば、ただ其れだけで済むことだから。

 出来ることなら、こんなことは誰にも話したくはなかったのだけれど。
 この小さな世界を、壊したくなかったけれども。


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