どうして深夜のファミレスは、昼間以上に混んでいるのだろう。
帰る場所のない人や、眠れない人が多いからなのか。僕には、判らないけれども。
というより毎日のことなので、考えるのにも飽きたのかもしれない。どうせ僕自身が、その中に居るわけだから。
毎度おなじみのファミレス。いつもと同じ窓側のデカイソファーが置いてある席。
安くて腹持ちも良いドリンクバーと山盛りポテトを注文して、ドリンクではコーラにオレンジを混ぜて遊ぶ。
バカみたいなコトをして見せて、友人のバカな光景に指さして笑って。能天気に、何も考えてない子供を装う。
ホラ、スーツ着たオジサン方が睨んでいる。ガキは悩みなさそうで良いねぇとでも話しているのだろうか。
それはそうだ。悩みの晒し方さえ、誰も教えてくれなかったから。僕たちには笑うことでしか感情を表現できない。
「店長のヅラのズレ具合は最高だったよなぁ!」
「スゲェむかつく客がいてさぁ〜」
「彼女の誕生日にはナニをあげよう。……やっぱ俺かな? イラネェとか言うなって!」
オーバーリアクションを交えて進む話は、外から見れば闇の欠片もないんだろう。
それで良い。多分、良い。 哀しいことなんて嫌いだ。面白くないことなんて嫌いだ。
そうしている内に山盛りポテトも出てきた。やっぱりケチャップで食べるのが一番だ。口に運んで、空腹を癒す。
会話の流れも順調。それではソロソロ……。
「あ、のさぁ、人探すときって、やっぱ警察だよねぇ?」
ヤバイ。何気無く切り出したつもりが、声が裏返ってしまった。
この程度のコトも笑いながら言えないなんて、僕はそんなに弱かったか?
嫌過ぎる自分像に、何故か口元に変な笑みが零れる。なんて誤魔化したらいい。
「……ドシタん? 彼女にでも逃げられたって?」
「お〜いっ、やっと元カノとより戻したってのに、もう逃げられたのかよ!?」
「じゃあお前だけ又独り身!? ヤッベ。可哀想過ぎて泪出てきた。今晩慰めてあげて良い?」
良かった。
僕の動揺には気がつかなかったのか。軽い口調で、軽いノリで返された言葉たちに安堵する。
「マァジデェ? じゃァ今晩はその気持ち悪い顔で慰めてねダーリン」
「オッケ〜はにぃ。言っとくが明日から一週間お前下痢決定な」
「うぉ! 飯中に何てこと言いやがる。皆様に失礼だろ、謝れコノ三年後ハゲ!」
「俺なんてカレー喰ってんだぞ。取り合えずこの場で土下座しやがれ」
「あぁん!? テメェ等ナニ言ってんだ! コノ俺が膝を折ったら余りの美しさに目がヤラレルだろうが!」
「お前の脳内が一番ヤラレてんだよ!」
下らない会話は、終点を見つけられないままに突き進む。僕も取り合えず仲間に入って、グダグダ笑って。
このままなら、誰にも気づかれる事なく流してしまえそうだ。本当は聞かなくちゃいけなかったけど、今度にしよう。
頭の隅で考えて、もう一度強めに笑う。なのに。向かいに座る友人と目があって、急に、気まずく感じた。
「俺さぁ、母親が見つかったんだよね」
いつもなら笑うシーンで思わず顔を背けてしまった僕に、気にした様子もなく友人が話し始めた。
「え、マジ!? 良かったじゃん、何処にいたよ?」
「青森の、結婚前に住んでたっていうアパート。近くのスーパーでバイトして生計たててたみたい」
「へぇ〜。お前の母親って、青森出身だったんだ?」
「いや、親父の出身。結婚前の何年かは同棲してたらしくてさ〜。其の時が一番幸せだったからって」
「ふぅん。昔の思い出に浸ってたってわけですかい」
「そぅらしいねぇ。てかツマリ、俺ら兄弟を生む前が一番幸せだったってコトだろ? 何かすげぇ虚しくなってよ」
「あ〜? 別にそんなつもりで言ったわけじゃねぇだろ、多分」
「無意識で言ってるからヤバイんだって。……なぁ?」
微かに口元を歪ませていた友人が、そこで何故か僕の方に問い掛けた。
少し伏せ気味の目線が、妙に僕を気遣っている気がして息が詰まる。なんだコレ。ナンカ違う。
答えられない僕の頭に、誰かの掌が乗せられた。視線を移動させれば、向かいの友人と全く同じ表情をした友人達。
……あぁ、そうか。皆、気がツイテイナカッタ訳ではないんだ。敢えて知らない振りをしていただけ。
急に悟ってしまい、何でだろう。泣いてしまいそうになった。
それは嬉しくてじゃない。哀しくて、じゃない。僕が知らないうちに、自分を可哀想だと周囲にアピールしていたコトが情けなくて。
「ぼ、くもさぁ。母親がいなくなっちゃったんだよね。てか父親もなんだけど」
唇をぐっと噛み締めて、どうにか笑顔を作る事に成功した僕は、渇いた声でそれでも言葉を発した。
僕の頭に乗せられた手が、僕の髪をくしゃりと撫でる。反対側の友人からは、肩をぽんと叩かれた。
「親の働き先から何か連絡あったか?」
「いや、何にもないけど。……あ、そっか」
答えてから気がつく。もし失踪なら、職場から何らかの連絡が来るはずだ。退職したとすれば、それとも限らないが。
「……仕事場に電話してみるよ」
「携帯には? 電源切られてたり、もう使われてませんってアナウンス掛かる?」
「あ〜……、携帯にも掛けてない」
「おいおい、それじゃあ失踪届出しても受理されないぞ〜」
抜けた声の僕に、友人達が一斉にオーバーリアクションで呆れた顔をした。
「だって親に電話とかしないからさぁ〜、すっかり忘れてたよ」
自分の愚かさに、今度は本気で笑う。
メールも電話も、いつも一方的だったから。自分から連絡してみるなんて、思っても見なかった。
「もしかしたら、お前からの連絡を待ってるかもよ?
俺の母親も、結局は探して欲しかったんだって。親父に見つけて貰えて良かったって泣いてたしさ」
自分の愚かさに苦笑を漏らしていた僕に、目を微かに細めた友人がそう言った。
その目は、虚しいと言っていたわりには、何故だか穏やかな色を見せている。
「子供産んだからって急に完璧になるわけじゃねぇから。親も色々と欠けてんだよな〜」
僕の頭を撫でている友人が、しみじみと呟いた。コイツの親は、隠れて妹に暴力を振るっていると聞いたことがある。
「急に荷物増えたから、訳判らなくなってんのかねぇ」
先程僕の肩を叩いた友人の賛同。この友人の母親は、アル中で通院していたはず。
そうだ。僕は知っていたのに。すっかり忘れ果てていた。父親は脆く、母親が弱いことを。
しかし、僕が口を出せば壊れてしまうとも思っていたから。
「……メールだけでも、打ってみようかなぁ」
一度は渇いた涙が、また目の奥から溢れそうになるのを必死で止めながらも呟いた。
メールは相手の解答を無理矢理聞かずに済む。受けた側も、嫌なら削除可能。
だから母親はメールで定期連絡を送っていたと思っていたけど。もしかしたなら、それは僕の勝手な勘違いだったのか。
頭の中でぐるぐると色々な考えが巡る。結局は僕自身が発信者ではないから、答えは出ないけれど。
心配している、なんて押し付けがましい感情。
しかし父親も、母親も。本当は誰かに声を掛けて欲しいのかもしれない。……判らないけれど。
僕自身も、僕の弱さになんて気がついて欲しくなくて笑い飛ばす。
でもこうして声を掛けられれば、情けなくて悔しいけれど、救われてしまうから。
「おし。母親が見つかった祝いに抱いてやる。ホテル代はお前持ちな」
何かが急に吹っ切れた気がして、僕はこの通常とは異なる空気を吹き飛ばすために下らない提案を持ちかけた。
友人が爆笑しながら、話に付いて来る。バカみたいな会話。強く、強く笑って。
自分が不幸なんかではないことに、気がついた。
***
『題名:晴
本文:明日も晴天の模様。そっちの空は何色かな?』
帰宅途中。見上げた空は濃い蒼がどこまでも続き、ただ単純に綺麗で。
僕の指が珍しく迷わずに文章を打ちつけたから。この蒼い空の下。届いた先の空が、晴れていることを願った。
noveltop ⇔ BACK
★後書き★ 期待外れな終焉を迎えたと感じる方も多いのだろうな、とか思いつつ。僕自身も、結局は迷いました。
いえ、最後をこのメール文章で〆ることは決めていたのですが。主人公が其処まで辿り付く過程を、もっと上手く書ければ良かったな……とか。 |