しかし走り出す直前、俺は鬼に腕を掴まれてしまった。
予想外の行動に、思わずその場でストンと膝を付いてしまう。
「駄目だよ、琉夜。ちゃんと話をしよう?」
「……嫌だ」
「どうして判ってくれないの? これは僕達が一緒に居るためなんだよ?」
「そんなこと知らない! 鬼がどうしても俺以外のヒトと床を一緒にするっていうなら、俺も鬼以外のヒトと寝るぞっ」
「琉夜っ」
パキンと、空気の凍る音が聞こえた気がした。
俺、今なんてこと言った? 俺が鬼以外のヒトと寝る? そんなこと出来るわけない。
でも鬼と口論しているうちに……俺が一方的に怒鳴っているだけだったけど、思わず口から出てしまったんだ。
「……今のコトバ、本気?」
「鬼……」
さっきまでの困ったような声ではなく、何処か冷たい音。まるで祖父が俺を連れ戻した時の、鬼の声。
いや? それとも違う。判らないけれど、背中がぞわぞわしてくるような声。耳に吹きかけられて、そのまま後ろからぎゅうと抱き締められた。
いつも壊れ物を扱うかのようにして俺に触れてくる鬼とは違う、痛いくらいの力。
「鬼、痛いよ……」
「うん。我慢できるよね?」
鬼神様としての仕事はともかく、基本的に俺の嫌がることは絶対にしない鬼。
素直に痛いといえば、抱き締める腕の力を緩めてくれると想ったのに、逆に腕を強められてしまった。
しかもいつもの鬼とは違う冷たい声。俺の首元に顔を埋めるようにして囁かれたものだから、直接鼓膜を震わされたような気がしてしまう。
「やだ、鬼、やだよ」
「なにが嫌? 僕に抱き締められるのは嫌い?」
「嫌いじゃない。嫌いじゃないけど……」
鬼の声も鬼の匂いも鬼の腕も抱き締められた時に伝わってくる体温も全部好きだ。
いつものようなじゃれついた抱き締め方なら、いつものような優しい抱き締め方なら、胸の奥から暖かくなる。嫌いなはずない。
でも、今の鬼は。いつもの鬼とは違う。いつもの抱き締め方とは違う。だから。
「僕が、怖い?」
なんでだろう。勝手に唇が震え、奥歯がぶつかってかたかたと音を鳴ってしまう。俺が鬼を怖がったら、鬼はきっと傷つく。そんなことは判っている。
だから違うって言いたい。怖くないよって言いたい。でも、声が出ない。俺を抱き締める鬼の腕が強すぎて、俺の耳元に吹きかけられた息がやたら熱くて。
「……琉夜も、其の内どこか行っちゃうのかな」
「ぇ?」
ぽつりと堕ちてきた呟き。鬼がナニを言おうとしているのか判らず、せめてその顔を見たくて振り向こうとする。しかし俺を逃がすまいとする鬼の腕が強すぎて、身体を捻る事さえできない。思わずその腕を放させようと、もしくは身体を捻らせるだけの余裕をつくろうと身じろぎをして。
「やっぱり……」
俺を捕らえる鬼の腕。少しだけ緩めることができた俺が、鬼の顔を見ようと身体を反転させるのと同時に唇を奪われた。
寝る前や朝起きた時にするような軽いものではなく、強く、鬼の柔かな唇が押し当てられ。そして即座に生暖かな舌が口内に入り込んできた。
「なっ……」
急の行動に慌てて顔を反らせようとするけど、鬼の手が俺の後頭部を押さえつけて唇は直ぐに重なり合った。
喉の奥まで蹂躙しようとでもしているのか、鬼の舌が、頬肉を歯裏を押しつぶして、深く差し込まれて、息が上手く出来なくなる。
誰よりも大切だと想える相手だ。唇を合わせたことは何度もあるし、身体をあわせたことも勿論ある。行為自体は未だ馴れないけど、でも、幸せだと感じていた。
それは多分、鬼が物凄く優しかったから。壊れ物を扱うかのように、俺が少しでも痛がるそぶりを見せれば行為自体をやめてしまうほどに優しくしてくれたから。
「駄目だ、絶対に逃がさない……」
唇が離れ、鬼の腕もそっと緩められた。頭の置くがジンっと熱くなっていた俺は、そのまま地面にへたり込む。
心臓がどくどくいってる。頬なんかはきっと、真っ赤に熟れた林檎以上に朱色に染まっているに違いない。飲みきれずにいた唾液が、口の端っこから毀れた。
なんか、頭だけじゃなくて身体も熱くなってる。風邪をひいた時のような、ぼおっとした感じ。もしくは正月にお神酒をガブ飲みした時のような、思考が上手くまとまらなくなる感じで。
「琉夜、僕の顔を見て?」
「……鬼?」
いつのまにか俺に対面するようにして鬼がしゃがみ込んでいた。呼ばれるままに顔を上げる。軽い音を立てて唇を合わせてきた。
何でだろう。直ぐに離れてしまった鬼の柔かな唇の感触がもっと欲しくて、もっと、さっきみたいなキスが欲しくて、俺から顔を寄せてしまう。
「可愛い、琉夜」
「ん、ふ……」
ちゅぷちゅぷと、合わさった部分から卑猥な水音が聞こえる。差し出された鬼の舌に己の舌を絡めて、自らの口内に迎え入れる。
また、喉の奥まで差し込まれて、本当なら苦しくなりそうな感覚が、なんでだか凄く心地よくて。身体に力が入らなくなって、鬼に凭れかかった。
差し込まれたそれを感じるだけで精一杯になっている俺とは違い、何処か余裕のある表情の鬼。いつの間にか俺の上着は脱がされ、肌蹴た胸元を鬼の手が触れていた。
いまだ小粒な赤の突起を、親指と人差し指で摘まれる。軽く爪の先で弾かれて、思わず甘ったるい声が出た。
「……ぁ…ん」
鬼の大きな手が、俺の小ぶりな胸を包む。優しく揉み解されて、じくじくとした甘い感覚に飲まれてしまう。
なんか、変だ。緊張してして頭が動かなくなるのはいつものコトだけど、こんな風に視界さえぼやけて感じるのは今回が初めてだ。
こんな濃厚な口付けは勿論、俺から舌を絡めるなんてことは先ずありえない。ドチラかといえば俺も、鬼も、相手のリードに任せるほうで。
だからいつも互いにおずおずとした、いっそじれったいとさえ思える風に身体を合わせるのだけれども。
「おに、おに……」
好きだとか愛しているとか。いつもなら耳に焼き付いて離れなくなるほど言ってくれる鬼が、今日はそのコトバをくれなくて。
身体は熱くなるのに、鬼が触れた部分はそれこそ熱をもったかのように熱くなるのに、好きって言ってくれないってコトだけで目の奥が痛くて泪が出そうになる。
鬼の手が俺の下腹部に触れて、やっぱり心臓はどくどくいって身体はどんどんと熱くなるのに、鬼はいつもの言葉を俺にくれなくて。
俺ばっかりが鬼の手で甘ったるい声を出してしまうのに、その俺を見ている鬼の目が何処か冷めているように思えて。
鬼の指が俺のナカに入り込んでぐりぐりと内壁を刺激するのに、俺は勝手に漏れてしまうそうな嬌声を抑えて、いやいやをするように首を振った。
BACK ⇔ NEXT ⇔
noveltop
★後書き★ 【鬼の花。の其の後のお話】 |