『博 士 は 行 っ て し ま っ た。 僕 も 向 こ う に 行 け る 様 な手 続 き を す る っ て、 約 束 し て く れ た け ど。
博 士 を 送 り 出 す 時、 寂 し く て 苦 し く て、頑 張 っ た の に 泪 が 出 た。 で も 博 士 は 嬉 し そ う に 笑 っ て い て ……。
ね ぇ 博 士。 博 士 は 僕 が ど ん な 気 持 ち だ っ た か 知 ら な い で し ょ う? 体 が 千 切 れ そ う な 程 に 痛 か っ た。
多 分 ソ レ は、博 士 が 直 樹 さ ん を 送 り 出 し た 時 と 同 じ 想 い。 で も 僕 は 機 械 だ か ら、待 つ こ と し か 出 来 な い。
だ か ら、だ か ら 博 士。 早 く 迎 え に 着 て ね? 唯 そ れ だ け が、僕 の 願 い で す 』
***
トルルゥゥ。
博士が行ってしまってから、4ヶ月と16日。週一以上で掛かっていた筈の電話がなくなって、一ヶ月以上経っていた。
もしかして博士は僕のことなんて忘れちゃったんじゃないかって怖くて、僕からは電話も掛けられないでいたある日。
やっと、呼び出し音が鳴った。
この家に電話を掛けてくるのは薫博士だけだから、僕は発信番号も確かめずに通話ボタンを押した。
「薫博士っ」
言ってから、電話に付属しているモニターを見る。けど其処には薫博士はいなかった。映っていたのは、直樹さん。
「あれぇ? どうしたの、薫博士は?」
薫博士が行ってしまってから、直樹さんが電話を掛けてきたのはこれが初めてで、僕は間の抜けた声を出してしまった。
でも直ぐに気を取り直して、薫博士を出してと催促する。直樹さんがいるなら、近くに博士もいるはずだ。
そう思って、早く出して欲しいと催促する。けど直樹さんは黙ったままで、返事さえくれない。
もしかして、モニターが壊れちゃったのかな?
なんて考えていると、そうやく直樹さんが僕と目を合わせてくれた。
『薫が死んだ』
抑揚のない声が、僕の耳に入った。
前置きもナニもない。あまりに唐突過ぎる台詞に。
「そんな、冗談でしょう?」
信じられなくて、直樹さんも冗談が言えるようになったんだね、なんてお茶ら気て見せる。
今にも直樹さんの横から、薫博士が笑いながら出てきてくれるんでしょう? なんて笑って見せて。
『先月の12日。俺の新しい研究室で小さな爆発が起きた……』
なのに直樹さんは一向に『冗談だよ』の言葉をくれず、あまつさえ真面目そうな顔のままで不思議な説明まで始めた。
『バイトとして雇っていた研究生が、混合させる薬品を間違えてな。爆発はごく小さなものだったんだが、薫は直に当たって……』
眉一つ動かさずに、ただ淡々と話しつづけている。でも、まさか、そんな。
「ウソだよっ。だって薫博士は迎えに来てくれるって言ってたもんっ」
『嘘じゃない。もう遺体の処理も終わった。葬式は、薫の両親が日本で行うと決めた。俺は出られそうにない。
もっと早くに連絡を入れるべきだったのだが、色々と手間取って遅くなった。全ては事故ということで収まり……』
感情の読み取れない声。それはまるで、昔見た映画のロボットのようだ。
真実を告げているだけの、冗談とかではない口調。
冗談ではない? 自分の頭に出てきた言葉。頭の機械が、一気にフリーズしたような気がした。
これは質の悪い冗談ではないの? 薫博士は亡くなったの? 全ては事故って……。
「なら、なんで直樹さんは生きているの?」
自分でも驚くほどに、冷たい声が出た。
直樹さんの研究室で起こった事故なら、直樹さんが一番に被害を受けるはず。何故、貴方も死ななかったの?
声には出さずに、そう尋ねる。どうしてモニターに映っているのが、直樹さんなのか。
『……悪かった』
そこまで無表情を貫き通していた直樹さんの顔が、初めて崩れた。今にも泪を零しそうな、苦しそうな顔。
『悪かった……』
何度も何度も、同じ言葉を繰り返す。まるで誰かに懺悔でもしているかのように。
……悪かった? ナニが悪かった、なの? 何故に僕は謝られているの? 判らない、判りたくもない。
答えはもう、頭の中に打ち出されているけど。
『薫は、俺を庇って死んだ』
やっぱり。
耳を澄ませていなければ聞き取れないほどの小さな声。けど僕の頭ではすぐさまソンナ答えを弾き出した。
やっぱり。薫博士は直樹さんを庇って逝ったんだ。
あの人らしい、最後。
でも。でも僕は。直樹さんを楯にしても、生きて欲しかった。死んでなんて欲しくなかった。
だって、僕を迎えに来るって、一緒に居られるって、約束したのだから…………。
『優心、それでだな……』
直樹さんが、何かを言おうとしている。でも僕は何も聴きたくはない。特に、直樹さんの声なんて。だから。
「さようなら、直樹さん」
一方的に別れを告げて、通話ボタンを消した。直ぐに電話のベルが鳴る。きっと直樹さんだろう。
そんなコトは判っている。判っていたけど、僕は出ようとはしなかった。ただ、その場で立ち尽くし…………。
「……博士」
どのくらい経っただろう。電話のベルも止み、日の光で明るかった部屋が、真っ暗にまでなったころ。僕は小さく呟いた。
「博士。薫博士。薫博士」
もう一度呟く。二度と顔を見ることも出来ない人を呼びつづける、無意味な行為。知っているけど。
それはいつか、僕には欠陥があると信じていた日と同じように、博士の名前を呼ぶ。
博士、博士はどうして死んでしまったの? 博士、博士。僕はどうしてこんなに苦しいの?
ねぇ博士、教えてよ。早く僕に情報を入れて。……じゃなきゃ、僕は壊れてしまう。
僕は貴女のロボットなのに、貴女がいなくちゃなにも出来ないのに。僕は、僕は。
「ヴっ……ぐぅ……」
一気に泪が零れ落ちた。偽物の透明な液体が、頬を伝って床を汚す。
ねぇ博士。もしも僕が人間だったら、博士は僕を愛してくれた? 直樹さんではなく、僕を選んでくれた?
ねぇ博士。どうして貴女はこんな玩具に感情なんて異物を入れたの。おかげで僕は苦しくて仕方がないよ。ねぇ、ねぇ博士……。
「……っ博士博士博士っ!」
訳が分からなくなるほどに沢山の疑問が出てくるのに、答えは何処からも出てこないから。
喉の機能をブチ壊すように、僕は何度も叫んで見せた。
けど、当たり前のように薫博士からの答なんて返ってこなくて。
「愛してる」
僕はそっと、呟いた。
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