『 僕 に は 欠 陥 が あ る か も し れ な い と い う 話 を 聞 い た 日 か ら 、 も う 一 週 間 が 経 っ て い た。
あ れ か ら 僕 は 世 界 に 認 め ら れ る ロ ボ ッ ト に な る た め に 、 今 ま で 以 上 の 訓 練 を し て い る。
僕 に は 欠 陥 が あ る の ? ソ ノ 言 葉 は 未 だ 、 僕 の 中 に 留 ま っ て い た。 』
***
「タッタラ、タララン」
最近覚えたばかりの歌を口ずさみながら、僕はスキップをしていた。
これは身体機能の安定感が必要になるので、自主訓練として毎日行っているのだ。
外からは見られないようにと、たくさんの木々で囲まれた庭の中央で、円を書くようにクルクルと廻る。
声を出しながら全身を使うのは難しいけれど、自分で決めた訓練だから。
「……じゅうっ、よーし、終わったぞぉ」
一日10回を3セット。決めたとおりに終わらせることが出来た僕は、そのまま地面にと倒れ込んだ。
手入れの届いているとは言い難い、長々と伸びた芝が足や腕にちくちくと刺さる。
それも無視して、僕はゴロンと仰向けになった。
見上げた空は青くて、漂う薄い雲を通り抜けた光が地上に注がれている。
僕は息を大きく吸い込んだ。
肺機能があると思われる部分が大きく膨らみ、空気が入ったことが判る。
こうしているとまるで本当の人間のよう。
僕は薫博士に作られ目覚めてから、ずっとロボットや人間に関する情報を取り込んできたけれど、
僕はどのロボットとも違っていて僕はどのロボットよりも人間に似ていた。
「さてっと。博士に終わったよって報告してこよう」
自然というものを十分に堪能した僕は、足のばねを使いジャンプして立ち上がった。
満点を付けたくなるような安定感。僕は庭から家と研究室を繋ぐ渡り廊下に入り、そのまま研究室側へと向かう。
今の時間なら、直樹さんも一緒だ。
直樹さん。人間の関係で言うのなら、僕と直樹さんはライバルって言うらしい。
でも僕はこの気持ちを、直樹さんにも薫博士にも伝えてはいないし、これからも言うつもりはないから。
そんな関係と言えるのかはわからない。だってそんなコトをしたら、薫博士に迷惑が掛かってしまうもの。
「博士〜、スキップ終わったよ〜」
カチャ、と軽い音を立てて、研究室の扉を開く。
「あれ?」
けれど居るだろうと思っていた薫博士も、直樹さんもそこにはいなかった。
沢山の機械があるのに、人が居ないとこんなにも殺風景なのか。そう思いながらおずおずと中に入る。
もしかしてと考えて、僕は研究室から直接いける、奥の備品置場の方に向かった。扉の擦り硝子越しに人影が見える。
なんだ、ここに居たんだ。思わず嬉しくなってドアノブに手を掛け。
「そうか、やはり欠陥が……」
扉を開ける前に、苦しそうに呟く直樹さんの声が聞えた。僕の手が、自然にドアノブから離れる。
2人は目の前の扉を背にして話しているようで、僕が此処にいることには気が付いていないみたいだ。
「えぇ」
薫博士の声が、耳に届く。深刻そうな雰囲気に、僕は二人の話している内容が直ぐに判った。
僕に、欠陥が見つかったんだ。
頭が殴られたように痛む。ソレくらいに、ショックなんだと思う。直ぐにでも逃げ出したいけど、足は言うことを聞いてくれない。
そこで止まってしまった僕の扉一枚向こう側で、2人が聞きたくもない話を続けた。
「人間の心臓と同じように、エネルギーを体内に循環させる役割を持つ機械が埋め込まれているのだけど、そこが妙なのよ」
「妙っていうと?」
「良く判らないんだけど、時々その機械の動く速度が早くなったりして……」
そこで僕は又気が付いてしまった。薫博士は、僕が薫博士といる時に起こる症状、胸のドキドキのコトを言っているんだ。
でも、アレは人間にだって良くあることなんでしょう?
「だがソレは人が運動時に怒る状態だろ? 優心だってその機械でエネルギーを体内に循環させているんだから、
そういうコトが起こっても可笑しくはないんじゃないのか?」
直樹さんも僕と同じような疑問を抱いたみたいだ。
「それはありえないわ。人は酸素を取り込み体内に循環させるからそうなるのよ。あとは運動時に体に負担が掛かるからね。
でも優心は外気を体内に取り込んだ時、それは胸の機械間にいれてあるポンプに入るだけで、循環することもなく吐き出されてしまう。
勿論運動時も、機械の反応速度が変わるほどに負担が掛かるとは思えないわ」
きっぱりと言い切り、そこで薫博士の言葉は終わった。でも、ソノ続きは簡単に予想が出来る。
だから、僕の心臓が早くなったりするのは可笑しいんだね。
僕の胸が音を鳴らすなんて有り得ない。だって僕は人間じゃないもの。
嫌なくらいに正確に打ち出された言葉。その後には悲しみが付いて来るけど。
「それで、どうするんだ?」
直樹さんの溜息が聞えた。
「欠陥品なんて置いておけないだろう。突然バグって暴れ出さないとも限らない」
ある種、問い詰めるような強い声。
「……そうね」
その少し後で、薫博士の小さな呟きが聞えた。
あぁ、僕は捨てられてしまうんだね? 僕はモウ、博士には必要のないモノになってしまったから。
静かに理解されていく言葉。当たり前のように、僕の中に流れた。
っいやだ! そんなのは嫌だよ!!!
一気に感情が爆発しそうになった。嘘だと思いたくて、頭の機械が停止しそうになる。
訳も判らず、泪が零れた。
人とは違う、人によって作成された泪が、頬を伝って床に落ちた。
それは透明で、テレビで見た人間が流していたのと全く同じのようなのに、全く違うもので。
しゃくりあげることも出来ず、ただ流れる泪を袖で拭いながらも、僕は2人には見つからないようにその場から離れた。
***
「欠陥、ですって」
日記を読み終えた拓斗は、ソレを聞いていた和樹にも判っていることを、敢えてもう一度突きつけた。
とは言っても拓斗は和樹の方を向かずに話し掛けたため、その声は少々大きくなり部屋の中で空しく響く。
「そう、だな」
かちっと音を立ててライターの灯をつけた和樹は、胸ポケットから取り出した煙草に火をつけた。
白い煙が登り天井まで届けば、その独特の香りは拓斗の方までと届く。
「もしかして優心君が動かないのは、薫博士や直樹さん……博士のお父様が停めてしまったからではないのですか?」
優心に欠陥が見つかったわけだから。拓斗が手に持った日記を見つめながら問うた。
「いや、それはないだろう」
「何故です?」
和樹の返答をすぐさま疑問で返した拓斗が、クルリと振り返った。それを音で感じながらも和樹は動かない。
「親父は望んでいるんだ。このロボットが動き出し、世に発表されることを」
「どうして?」
この日記では、もう処分してしまえと言っているようなものなのに。
「それが、親父の義務であり、責任だからだ」
「……?」
拓斗には和樹の言っている言葉の意味は掴めなかった。
直樹さんでないのなら、薫博士が停めたということだろうか。けれど博士はそれも同時に否定した気がする。
ならば優心は何故に動かないのか。もっと別の理由があるということか……?
拓斗の中にいくつもの疑問が浮かんだ。和樹に聞いてしまえば、答えが判るかもしれない。
だが拓斗が見つめる先にいる和樹はこれ以上の介入を拒んでいる気がして、拓斗は一息ついた後に話題を変えた。
「では人は何故に感情を持つロボットなど作ろうとするのでしょうね」
これは拓斗がこの研究に関わってからずっと考えていたことだった。
人はどうして『感情を持つロボット』を欲しがるのか。その意義がどうしても理解できなかったのだ。
「それは……自分たちが楽になるからだろう」
「楽に、ですか?」
「そう、食事もしなければ眠りもしない。バグらない限りはメンテナンスも定期的に行えばいい。
人体に危険のある場所でも働かせることができるし、脳に似た機能をつけば、緊急時の対応も判断ができるようになる」
「なるほど」
思わず納得してしまった。
考えれば判ることなのだが、ロボットは元々人の代わりに働かせる為に作り出されたのだ。
そのロボットに脳……つまりは感情を作り出し、様々な状況判断を下す機関……がついていれば、できる仕事は増え人は楽になる。
それに最近は愛玩用ロボットも増えてきている。裏では単純な受け答え機能付きの人型ロボットも出回っていることだし、
もしそのロボットに人並みの感情を付けることが出来たなら、大ヒットすることは間違いない。
そう、人間好みに作り変えられる玩具として。
拓斗の胸が、無性にキリキリと痛んだ。
自分はこれから、そんな風に利用されて使われるロボットを作るのだ。それがどれだけ最低なことか。
拓斗の中で、堪えきれない感情が渦巻く。
「でもまぁ、それだけでもないけどな」
「え?」
拓斗に背を向けているくせに、絶妙なタイミングで和樹がそう言った。
「人は夢を見る動物だからな。子供の頃に見たアニメ……人と変わらない感情を持つロボットと、話をしてみたいだとかあると思うぞ。
特に研究者にはオタク……もといロマンを求める奴も多いからな。数字の羅列で造られた、存在が確かめられる夢を見たいんだろ」
独特の煙草の香りと共に、拓斗の耳に届く言葉。先程までのどす黒い感情が、少しだけ消えた。
「なら博士もロマンチストなんですね」
思わず和樹の背に向けて、からかいを含んだ声を出す。
勿論和樹は返事をしないが、初めから期待していなかった拓斗は気にもしない。
ただ何かを言おうとして口を開いたら、こんな言葉が出てきたのだ。多分こんな会話しか、していないからかもしれないけど。
拓斗は少しの間だけ和樹の背を見ていたが、和樹がちらりともこちらを向きそうにないので、やっと視線を外して椅子に座りなおした。
ちょっとだけ明るい気持ちで日記を開く。さっきよりは、少し先の頁だ。
「では」
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