【魔王と勇者】 〜冗談じゃない〜


正月明け。
久々に魔王の屋敷に行こうと思った俺を、長蛇の列が阻んだ。

「なんだぁ?」

見れば玄関口から始まり、屋敷の周り一回り続いている。
例えるならば、福袋を買おうとデパートに並ぶ正月らしい光景。
歩行者の邪魔にならないよう、ご丁寧にポールまで並べてある辺りが更にそっくりだ。しかも横の空き地には『臨時駐車場』の看板。
けど、魔王宅をデパートに作り替えたなんて話は聞いたことがない。
というか、俺が此処に来ていないのは元旦から一週間のみ。
除夜の鐘を聞きながら手打ち蕎麦をすすっていた時には、魔王宅はいつも通りの単なる屋敷でしかなかった。
どう頑張ったとしても、7日間でデパートを始めるのはさすがに無理だろう。
と、言うことは?

「とうとう抗議デモでも始まったか?」

楽しげな表情を浮かべている人々を見渡しながら、俺はぽつりと呟いた。
そうか。なら人間社会を守る勇者様として、俺も参加しなくちゃいけないな。
『魔族の権利を剥奪せよ!』と書いたダンボールを掲げる姿を想像して、思わず笑う。
ちょっと最低かも?

「勇者殿、久しぶりじゃのぉ」

今日は諦めるか。
そんなことを考えていた俺の元に、聞き慣れた声が落ちてきた。
此の世界でいうところの悪の大元、魔王だ。
声の方に視線を向けると、屋敷の二階から手を振っている。
おいおい、抗議デモをされている最中に窓から顔を出すなんてなかなかの危険行為だぞ。

「魔王さまだわ!」

俺の危惧したとおり、道に並ぶ人々が大きな声を出した。
声を聞いて気が付いたのだが、魔王宅を囲んでいる大半が若い女性のようだ。
今までデモ活動にはあまり参加していない人々まで動かすとは、魔王も嫌われたものだ。

「なんて愛らしい姿なのかしら」
「あの艶やかな髪、真っ白な肌っ」
「こっちを向いて〜」

ぼんやりと考えている内にも、彼女たちは悲鳴にも似た声をあげながら何かを投げつけている。
なんだ? 投げられた先を見れば、空がぱっと鮮やかに染まった。
なるほど、紙吹雪や花びらを撒き散らしたらしい。

「……怖いもンだなぁ」
「何がだ?」
「リグラット」

独りごちて家に戻ろうと踵を返した俺の向かいに、いつの間にかリグラットがいた。
どうやら買い物帰りらしい。両手には大きなスーパーの袋を抱えている。

「今晩のメニューは?」
「中華にしようかと思っているんだ。ここ数日はおせち料理と雑煮ばかりだったからな」
「良いな! 俺も和食飽き始めたトコだったんだよ」
「食べてくか?」
「いや……」

其処まで言って、魔王が顔を出している窓の方に視線を向けた。
恐怖の魔王らしく不穏な満面の笑みを浮かべ、怒りの声をあげる人間たちを見下ろしている。
うん、なんて危険な場所だろうか。

「暴動に巻き込まれると不味いから、今日は家で食うよ」

君子危うし近寄らずってな。
さっそうと歩き出そうとすれば、何故か口の端っこを歪ませたリグラットが俺にスーパーの袋を1つ差し出してきた。

「現実逃避か?」

袋の中からは大根とごぼうが顔を出している。
はて、先ほどこのオオカミ野郎は中華料理を作ると言っていなかっただろうか。
袋の中を覗けば鶏肉と人参。お重箱に入っている煮物が連想されるのは何故だろうか。

「この様子を見て、良く暴動なんてコトバが出てくるな」
「違った? 魔王の屋敷の周りを人間たちが取り囲んでいる様子をみれば、誰だって同じコト思うだろ」
「屋敷に行列を作っているのが、お菓子や花を沢山持った女の子たちでも?」
「菓子は毒入りで、花には毒虫が潜んでいるかもしれねぇじゃないか」
「無理やりだな。ポストに毎日大量に届くラブレターは何て誤魔化すンだ?」
「ラブレターは……剃刀レターに違いない。そうだ、不用意に開けるとぐっさり掌が切れる仕組みになってンだな」

自分で言って自分で納得する。そうだそうだ、其の通だ。
窓から手を振る魔王にキャーキャー言っているあの娘達は、国家が魔王討伐に送り出してきた刺客に違いない。
うんうんと頷いている俺に、リグラットが大きな溜息をついた。

「どうしても認めたくないって感じだな」

哀れみを込めた声。
俺のこめかみで、ぶちりと大きな音が鳴った。

「認めたくないってか、認められるわけないだろ!  悪の化身、魔王がお正月企画・NエイチKちびっ子歌自慢に出場した挙句、あり得ない歌唱力を発揮して国民的人気ものになるなんて!」
「素晴らしく説明的だが、其のとおりだな」
「ていうかアイツはあぁ見えて凄ぇ年喰ってンだぞ!」
「もともと人間とは年のとり方が違うからなぁ」
「本体は年寄りの筈なんだぞ!」
「筈ってなんだ、ハズって」

怒鳴った所為で呼吸が荒くなる。対面しているリグレットはまだまだ冷静だ。
なんつーか、地団駄を踏みそうなくらいに悔しい。
寧ろ踏んでやれ。だんだん。

「ガキだな」
「ガキじゃねぇ!」

右足で地面を蹴りつけている俺を、先ほどまで魔王に騒いでいた女の子たちが白い目で見ている。
あぁ、なんで退治されるべき魔王が黄色い悲鳴で、国に認められた勇者様が嫌悪の視線を受け取らなくてはいけないンだ。

「勇者殿、何故そんなに怒っているのだ?」
「うるせぇっ」

俺の怒鳴り声と女の子たちの様子に、やれやれ……という風に魔王が声をかけてきた。

「つーかてめぇ、何偉そうに2階から手を振ってやがんだ! 勇者様がわざわざ来てやったんだから、迎えにきやがれっ」
「おいこら、魔王様になんてコト…」
「そうだのぉ」

別にいつもはチャイムを押したら玄関を開けてくれるだけで十分だし、寧ろわざわざ屋敷の前まで迎えに来られてもウザイんだけど。
取りあえず『俺のが偉いんだぞ』ってコトを周りに認めさせたくて取りあえず言ってみたコトに、魔王は反論することもなく窓から飛び降りてきた。

「此れで良いか?」

見かけ年齢は10歳程度。俺よりも頭二つ分下にある後頭部。
視線を合わせようとすれば、だいぶ下を向かなくてはいけない。

「……ちび」

旋毛が見たくなって、ぺちこんと叩いてみる。
恐々と周りを囲み始めていた女の子たちから恐ろしい声があがった。

「勇者殿が選んだ姿であろう」

しかし本人はまったく気にしていないらしく、長い髪を揺らしながら顔を上げた。
漆黒の瞳に頬を膨らませた美丈夫が映る。美丈夫というのは勿論俺のコトだ。

「せっかく久々に来たんだから、ゆっくりして行くだろう?」
「判んねぇ」
「新作のDVD借りておいたぞ。明日返却予定だがの」
「……仕方ねぇな。ケーキ焼いてくれるなら邪魔してやるよ」
「リグレット、勇者殿はケーキを所望だ」
「かしこまりました、魔王様」

ひょういと肩をすくめ、リグレットが屋敷の中に戻っていった。
あ、てか俺に荷物渡したままなんだけど。俺にフォークより重いものを長時間持たせるンじゃねぇよ。

「さて、では屋敷に戻ろう」
「リグレットのケーキを食わなきゃいけねぇからな」

ふんっと鼻を鳴らせば、糞むかつくほど嬉しそうに魔王が笑った。 周囲の女の子たちの視線が、一気に冷たくなる。
ここ最近空だった勇者様BOXに苦情が投函されそうな予感だ。
ったく、冗談じゃないってんだ。俺はコノ世界を守る勇者様だぞ?



NEXT ⇔ BACK⇔ NOVEL TOP