人の気持ちは変わるから、亜希が悪いわけじゃないよ。
 なんて、少しでも優しい言葉を掛けてあげたかったけど、やっぱり其の時は何もいえなかった。
 僕も瑞希を好きになった。裕也に心変わりした亜希を責められない。だけど僕の心は予想外に傷ついていたみたいだ。
『裕也には言った?』
 かすれた声で尋ねる。少しの間をおいてから、亜希がこくりと頷いた。顎に溜まった透明な雫が、またポトリと地面に落ちた。小さな、雨。ぽつぽつと、地面に跡を残していく。
『裕也も、今日、瑞希ちゃんに言うって』
『そっか』
 ふるふると肩が震えている。
 付き合い始めたばかりの時、緊張しているとき、悲しいとき、亜希はいつもこうして肩を震わせたっけ。
 怒っているときも同じ。目を真っ赤にして、頬をぱんぱんに膨らませて肩を震わせる。
 不意に思い出したら、急にいとおしく感じて抱きしめたくなった。
 瑞希に惹かれているけど、やっぱり亜希を好きだと想う僕が居る。
 でも俯き加減に反らされた視線が僕を拒否しているようで、抱き締めるなんて出来るはずもなくて。
『わかった』
 ただ其れだけ答えて、僕は彼女の頭を軽く撫でた。


***


 裕也から電話が掛かってきたのは、僕が亜希と別れて直ぐ。多分、亜希が連絡をいれたのだろう。
 着信画面には、秋に撮った裕也と瑞希のツーショット。恥しいから止めろって言ったのに、可愛いからって亜希が勝手に設定したのだ。裕也の携帯にも、僕と亜希のツーショットが入っている筈。今は、どうかわからないけれど。
『……もしもし』
 このまま無視しようかちょっとだけ迷って、でも先送りにしたってどうしようもないと、僕は電話に出た。
『あっ、柚貴か? あのさ……』
 小学校の頃から野球を続け、高校には推薦で入学。勉強はあんまり出来ないけど、いつも前向きで堂々としていた裕也の、珍しく弱気な声。性根が真面目な分、今回のことに凄い罪悪感を感じているのだろう。
『ごめん……』
 裕也とは幼馴染だ。幼稚園から中学まではずっと同じクラスだった。高校は離れたけれど、それでも小まめに遊んでいたし、何よりも今年の夏からは4人でばかり会っていた。
 亜希は好きだった。高校に入って直ぐに付き合いだし、何度も喧嘩して別れそうになって、でも結局は仲直りをして。初めての彼女っていうこともあるし、振られたのには凄く傷ついた。
『亜希から話は聞いたと想うけど。俺、アイツのこと好きだ……』
 ごめん。と、もう一度裕也が謝罪した。僕は返事をしない。すると裕也は、何度も何度もゴメンを繰り返した。
 怒鳴ってやりたい気持ちがなかった訳じゃない。僕自身、瑞希に惹かれてはいたけど、でも実際になにかしようなんて考えて居なかった。僕が其れを口にすれば、皆を傷つけると想ったから。コンナ風にして電話を寄越した裕也に、文句の一つくらい言ってやるつもりだった。けど。
『うん、もう良いよ』
 初めて聞いたかもしれない裕也の今にも泣きそうな声に、怒りとか悲しみっていう気持ちも何処かに行ってしまったようだ。
『亜希、大事にしてあげてね』
 未だにゴメンを繰り返す裕也に、僕は自分でも驚くくらい穏やかな声で言った。
 裕也が、ゴメンという言葉をありがとう、に変える。もしかしたら泣いているのいかもしれない。其れくらいに弱弱しい声。
 僕はもう、大丈夫。そう想ってから不意に気になったのは、瑞希のこと。裕也が僕に電話をしてきたということは、今頃瑞希は亜希と電話しているのかもしれない。
 泣いていないか、心配になった。



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