それは真っ白な粉雪が舞い降りた夜。亜希からの電話が鳴った。
『柚貴? 今、電話していても大丈夫かな?』
いつもなら絶対聞かないような台詞。何か変だ、なんて直ぐに気がついたけれど。
『うん、大丈夫だよ』
優しく答えた僕に、亜希はそれ以上何も言わず。ただ携帯の向こうから、途切れ途切れに嗚咽が聞こえた。
泣いているの? 一瞬口に仕掛けて、けれどもどうにか飲み込む。
亜希が言いたくなるまでは、黙っていよう。無理に聞けば、一層傷つけるかもしれない。僕が原因かはわからないけれど、僕に電話を掛けてきたということは、それなりに関係があるはず。そう考えて、僕は取り敢えず明るい話題を振った。
『今年のクリスマスはどう過ごそうか? 去年は2人きりで映画を見ていたけれど、今回は4人で集まるのも良いね』
イベントが大好きな亜希。いつもなら絶対に乗ってくる話題なのに。携帯の向こうからは、ただ悲しげな嗚咽が聞こえて。
『……どうしたの?』
小一時間くらいは独りで話し続けただろう。もう独り言のネタもなくなった僕は、出来る限りの優しい声を出した。
『今から、そっち行こうか?』
亜希が泣いている。其れを敢えて気がつかない振りしていたのは、亜希も勿論判っていただろう。本当は、先に問いかけて欲しかったのかもしれないけれど。僕としては、此れが最善の答えだと想ったから。
***
待ち合わせは電話を切ってから1時間後。
亜希が住むマンションの傍にある公園。粉雪はいつの間にか止み、空は蒼く澄んでいた。
『お待たせ』
時間より5分早くついた僕を、更に早く待っていた亜希。出来るだけ明るく笑って、手袋をしていない亜希の手を取って。その冷たさに、唖然とした。
『もしかして、電話切ってからずっと此処に居た?』
多分、一瞬だけ僕は驚いた顔をしただろう。けどどうにか笑みを作って。其の手を暖めようと、僕の手で包み込んだ。
何があったのさ? 声にはせずに、只視線だけで訊ねる。
僕には言えないこと? 赤くなった亜希の額に、少しだけしゃがんで僕の額を合わせる。近過ぎる距離。いつもなら此のまま唇が合うはずなのだけど。
『……ゴメン』
この日は何故か、彼女がそっと顔を離した。
一気に毀れる透明な雫。頬を伝って、顎のラインに溜まって、其れから堕ちた。
『私、裕也が好きになったの』
こんな、言葉とともに。堕ちてゆく泪と、謝罪の粒。
『柚貴のこと、今も好きなんだけど』
嗚咽交じりの謝罪。青くなった唇は、寒さゆえか罪悪感ゆえか震えて。
彼女が、裕也を好きになったって? それじゃぁまるで、僕が瑞希を好きになったのと同じ?
泣いている彼女に、まさかそんな台詞吐けなくて。僕は未だ手の内にある、彼女の手をそっと離した。
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