*大嫌い!!




「――――お前、どこに目付けてんの?」

次の日事務所に入った途端、奥田が昨日の見積もりを手の中で丸めながらそんな事を言ってきた。

「は?どこに目つけてるって・・・どういう意味よ。昨日残業までしてやってあげたんだから、感謝しなさいよ!!」

「感謝しなさいよ。って・・・サッシの色の指定、全部間違ってるんですけど?」

「うっそ!!え、何で?BL(ブラウン)でしょ?」

「ば〜か、よく見ろよ。B7(ブラック)だっつうんだよ。ブラウンとブラックじゃ値段が違うからやり直して。1時間以内ね。」

奥田はそんな事を涼しい顔をしてさらっと言ってのける。

「えぇぇ!!昨日1時間半もかかってやったのよ?1時間なんて出来る訳ないじゃない!」

「無理でもやれ。この物件俺で決まりそうなんだ。早く持ってって即行で決めてやる。」

「やれ?・・・あんた私に命令する訳?」

奥田の言い方にムカつきを覚えながら、軽く彼を睨みつける。

「間違えたのどこの誰だっけ?」

「・・・・・ぅ。」

・・・いっ痛い所突いてくるじゃない。

反論できないだけに悔しさが倍増で込み上げてくる。

私は、奥田の手から見積もりを掻っ攫うと、ふんっ。と体を翻し、自分の席へと戻る。

・・・くっそぅ。あぁ、もう超ムカツク!!あの奥田の勝ち誇った顔・・・思い出しただけでも腹が立ってくるわ。

朝礼の間ずっと見積もりを睨みつけ、怒りを抑える。

見積もりぐらい自分でやれっつうのよ。ブラウンで見積もりが上がったんならブラウンで押し通しなさいよね!!

自分の非を棚に挙げ、そんな無茶苦茶な考えが私の頭を支配する。



かったるい朝礼が終り、私は大きくため息を付くと、見積もりを手に取りパソコンデスクへと足を運ぶ。

ついてない日はとことんついてないらしい。今日って私にとって厄日なのかしら?

私がパソコンの前に腰を下ろしたと同時に今は一番聞きたくないヤツの声が私の耳に届く。

「・・・お前さ、俺になんか恨みでもあんの?」

ため息混じりにそう呟かれ、私の眉間に皺が寄る。

「はぁ?」

「今日入荷した一件分のサッシ、全部色が違うじゃねぇか。」

「・・・・・マジで?」

なんか私、悪い事しましたか?



――――あぁ、もう帰りたい!!

注文間違いの件で、工務店に散々怒鳴られ、店長に怒鳴られ、社長に叱られ、物流センターに交換の電話を入れたら超嫌そうな返答を返されて・・・おまけに事務員の女の子達には鼻で笑われて。

ほんっとサイアク!!

挙句の果てにどんよりとした気持ちで見積もりを打ってたら、奥田に言われた1時間なんてとっくに過ぎちゃってて、即行で契約が決まるのは難しくなったらしい。

・・・って、全部私のせい?・・・どう考えても私の責任よね。

私は自分の席に着き、深いため息をつく。



夕方になって取引先から帰って来た奥田は、徐に隣りの席から椅子を持ってくると私の横に座る。

「・・・・・何よ。」

「今日メシ奢れ。」

「はぁ?何で私があんたにご飯なんて奢らなくちゃなんないのよ!!それでなくても今日は間違いだらけで気分が滅入ってるの。奥田と食事なんて気分じゃない。」

「その間違いだらけは全部俺の物件なんだけど?」

・・・・・また痛い所を突いてきて。

「そっ・・・それは悪かったわよ。だけどだからって何で奢らなきゃなんないの?」

「見積もりの物件、他のヤツに取られたし。あ〜ぁ。結構でかい物件だったんだけどなぁ・・・。誰かさんが色間違いなんてしなきゃ俺に決まってたのにぃ。」

「う〜わ、それを言う?そんな、全部が全部私の責任じゃないでしょ。あんたの営業能力が足りないんじゃないの?」

「責任逃れかよ。可愛らしく『ごめんねぇ、今日は私が悪かったわ。お詫びにご飯奢るから許して♪』なんて言えねぇの?」

「いえねぇ。」

・・・言って堪るかその言葉。

私は横でウダウダと小言をぬかす奥田を無視して明日の配達の伝票を切っていた。

「おっと、それから・・・。」

「・・・まだ何か?」

散々小言を言ったクセに、その上まだ何か言うつもり?

伝票を切ってた私の手に自然と力が入り筆圧が濃くなる。

「今日入荷した一件分の色間違いのヤツ。あれ、先方さんがどうしても今日中にいるっつうからさ、俺物流センターまで取りに行って届けて来たんだぞ?トラック運転してよぉ・・・マジ辛かったわ。そのお陰で時間取られて営業ロクにまわれなかったし。腰痛ぇし・・・。」

「・・・・・。」

だから、何?とは流石に言えなかった。

・・・・・はぁ、もぅ。

「分かった・・・分かりました。奢ればいいんでしょ?奢れば!!」

「クスクス。そうこなくっちゃな。」

「っとに、なんで私が奢らなくちゃなんないのよ、もぅ。今日は金曜日よ?金曜日。やっと仕事から解放されて連休に突入するって前日に何であんたと食事なんかしなくちゃなんないのかしら。」

「俺と食事できるんだから光栄に思えって。それに、どうせ帰った所で一人寂しく晩メシ食うんだろ?そんなかわいそうな優里ちゃんには俺が優しく相手してやっから。」

優里ちゃん・・・ちゃん?・・・気持ち悪い!!

ほぼ「お前」としか呼ばれた事がなかったせいか、妙にその言葉が耳に残る。

「ちょっと!ちゃん付けで気安く人の名前呼ばないでよ。それにね、余計なお世話だっつうの。」

「はいはい、分かった分かった。で、何奢ってくれんの?」

子供をあやすように少し甘い声を出すと、私の顔を覗き見る。

うわっ!ちかっ!!何っ!!?

覗き込まれた顔が予想より近くて、思わず自分の顔を引く。

「なっ何って・・・安いモンに決まってるでしょ?いぃ居酒屋・・・居酒屋に行く。」

「クスクス。おっけぇ。じゃ、俺いっぱい酒飲もうっと。」

そう嬉しそうに言った奥田の顔を、真っ赤になって視線を逸らした私は見逃していた。

・・・きっとこの時の顔に気づいていれば、ううん。それ以前の今までの奥田の態度の意味に気づいていれば、あの後もっと違う対応が出来たのかもしれない。

でもこの時の私は気づけなかった・・・奥田の本当の気持ちも、自分の気持ちさえも。

だって奥田は軽いヤツだって思いこんでいたから・・・。



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