*大嫌い!!




「…気胸だとよ」

渋る隆志を無理矢理車に押し込み、夜間救急のあるこの病院へとやってきて。

レントゲンなどの検診の結果、医者からそういう診断が下ったらしい。

「キキョウ…?」

外の待合で待っていた私は、隆志から出た聞き慣れないその言葉に首が傾く。

「おぉ。なんか、肺に穴があく病気なんだとさ。大抵、細身の男に多いらしいんだが、ごく稀に俺みたいな体格のいい、綺麗な筋肉がついてる男もなるんだと」

…なんか。余計な装飾がついてやしないか?

隆志の言葉に若干眉を寄せつつ、肺に穴って…。と、動揺が走る。

「ねえ、まさかそれって命に係わる重い病気とかじゃないよね?」

「あ?んなワケねえだろ。自然治療で治るぐらいの病気だぞ?」

「え…あ、そうなの?で。何が原因だって?」

「医学的にはまだ原因ははっきり判ってないらしいけど。まあ、俺の場合は喫煙がそうじゃねえかって…」

「やっぱりー。だからやめろって言ったじゃない。あ。でも、自然治療ならもう帰ってもいいってこと?」

隆志の話を聞きながら、ホッと安堵のため息が漏れて、体から緊張が解れていくのを感じた。

よかった…コポコポと皮膚が動いてるのを見た時はどうなることかと思ったけれど…

自然治療で治るってことは安静にしていたら大丈夫ってことよね?

少し残業を減らさせて…タバコもやめさせなきゃ。なんて考えていたら、隆志が、それがなぁ。と、ボソっと呟く。

「軽い気胸だと安静にしていれば自然に肺にあいた穴は塞がるらしいんだが、俺の場合、結構空気が漏れてるらしくてよ…肺が萎んでんだとさ。で、その漏れたものを吸い出さなきゃなんねんだと。だし、入院決定?」

「にゅっ入院?!えっ、てことは…手術とか…するの?」

再び自分の体に緊張が走る。

入院って、それってやっぱり重症なんじゃ…

表情を強張らせ身を硬くした私の様子に気付いた隆志が、なに、お前が死にそうな顔してんだよ。と、苦笑を漏らす。

「手術っつうか、肺から漏れた空気を体にチューブを挿して抜くんだとよ。で、空気が抜けて肺が膨らめばオッケーらしい。そのための入院ってこと。処置も病室のベットでするらしいから、ホントに大したことねえんだよ」

「そっか…そうなんだ?でも、体にチューブを挿すって。うっわ…痛そう。あんた耐えられんの?」

「俺を誰だと思ってんだよ。天下無敵の男だぞ?耐えるもなにも、屁でもねえよ」

クスクス。と、余裕綽々の笑みを見せる隆志に、少し安堵の笑みが自分からも漏れる。

ホント…この男にかかったら、肺に穴があいたこともかすり傷程度に思えてくる。

まあ、実際問題そんなに楽観視できることじゃないけれど、隆志なら大丈夫か。

なんて。

案外、私も軽く考えていたのかもしれない。

隆志の弱い姿なんて、見たこともなかったし想像も出来なかったから。

  

  

次の日。

私は聞いていた治療の終了時間に合わせて病院へと向かった。

今日が日曜日でよかった。そう、思いながら。

昨日のうちに、入院に必要なものを揃えて持って行っていたから病室は把握していた。

6人部屋の、窓際のベッドをあてがわれた隆志。

昨日の様子からして、今日もどうせ俺様っぷりを発揮するんだろう、なんて思いながら病室を覗き、一瞬にして言葉を失う。

ベッドに横たわる隆志の体からは、直径1cmほどの透明な管が伸びていて、その先は何やら肺から漏れた空気を吸引するためらしい機械に繋がれている。

腕には点滴の針が刺さっていたりもして、なんとも痛ましい。

昨日、そんなことを聞いてはいたけれど、実際この姿を目の当たりにして、正直言ってショックだった。

こんなに大掛かりなものだったなんて。って。

目を閉じ、眉間にシワを寄せて横たわっている隆志は、じっと痛みを堪えてるようで、昨日の余裕綽々な様子は微塵も感じられなかった。

「たか…し?」

私は恐る恐る声をかけ、ベッドの横にあった椅子に腰掛ける。

「おぉ…」

最初に返ってきたのは、それだけだった。

眉間にシワを寄せたまま、薄っすらと目を開け少しだけ口元を緩ませる隆志。

相当の痛みなんだろう。と、窺い知れる。

それを分かっていても、やっぱり口からついて出るのは、

「痛む?」

という言葉。

それを受けて、隆志は小さく弱々しく笑みを漏らすと、全然。と、返してきた。

痛いくせにやせ我慢して。と、思いながらも、そっか。と、私も短く返事を返した。

と、言うか。それ以上の言葉が私には見つからなかった。

いつも俺様な態度で憎まれ口を叩いてくる姿とは全く逆の姿。

自分的に、かなりのショックだったのかもしれない…隆志のこの姿が。

「医者のヤロ…チューブの位置が悪いとか何とか言いやがってよ…体に挿してから動かしやがって…」

隆志はかすれた声で、顔を歪めながらそんなことを言う。

いっ、痛いし…生々しい…

まるで自分にされているように体が疼き顔が歪む。

「も、いいから。処置が済んだところなんでしょ?喋らなくていいから少し休みなよ…」

「おぉ…そ…する。おまえ…このまま暫く…いるだろ?」

「うん。そのつもり…」

それを聞いた隆志の顔が、安心したように少し笑ったように見えた。

そしてすぐに体の位置を少し動かした隆志の顔が苦痛に歪む。

「……っ…情けねえけど…やっぱ…ちょい痛ぇ…」

そう、痛みを堪えるように少しずつ息を吐きながらポツリと隆志が零す。

ちょっとって顔じゃないけど…。

まあ、こういう強情っぱりなところ、隆志らしいけどさ。

見てるこっちが辛くなる。

「痛いに決まってるじゃない…体に管が刺さってんだもん」

「だよなぁ…息がしづれぇ…」

「だから喋らなくていいってば。大人しく寝てなさいって」

そう言って、少しずれた掛け布団を直そうとしたけれど出来なかった。

隆志の体から伸びた透明の管に、血液らしき赤い液体が蔓延っているのが見えたから。

掛け布団が誤って、この管が刺さっている部分にあたったらどうしようと思ったら、手がすくんでしまって、思わず手を引っ込めてしまった。

「なぁ…おまえさ…このまま俺の退院まで1週間ほど有休とれよ」

「え…なんで…あ、入院で心細くて寂しいから?」

「ただの暇つぶし」

「ぶっ殺す…」

「ぶはっ。嘘々…おまえの言ったような理由で…なんとなくな」

「たかし…」

「なんてな…。そこまで暇な会社じゃねえってことは…よーく分かってっから…っ」

クスクス。と、弱々しく笑いながら、眉間にはシワが寄ったままの隆志。

気弱になっているんだろうか…と、思った。

今まで甘えるような仕草を見せても、精神面において頼られることは一度としてなかった。

絶対に弱さを見せようとしなかった男が、その部分を微かに見せている。

そんな姿を見ていると、本気で課長にとりあってみようかと思ってしまった。

いつも余裕綽々で、体から自信が漲りだしている俺様全開の男が、今は傍についていなければと思わせるほど弱々しく見えて。

だから…

「明日、明後日ぐらいまでなら何とか融通が利くかもしれない…確か事務の子、誰も休み入れてなかったと思うし」

だからつい、そんな言葉を口にしてしまった。

いつもの私らしくなく素直に。

隆志は痛みに耐えるように目を瞑っていたけれど、口元に少しだけ笑みを浮かべて、頼むわ。とだけ
言った。

  

  

人間、いつ何時病魔に襲われるかわからない。

今回隆志は、命に関わるような病気ではなかったけれど、それでもあんな姿を見てしまうと不安になる。

一生健康体でいられるなんて保証はどこにもない。

もしも、これが命に関わる病気だったとしたら。

もしも、長くは生きられないと宣告されたら。

もしも、私の前からいなくなってしまったら。

そう思うと切なくて苦しくなってくる。

今まで一度だってそんなことを考えたこともなかったし、今、考える必要もないんだけど、ここが病院だということと、初めてみる隆志のこの姿に何故かそんなことを考えてしまった。

だけどもし、この先にそんなことがあったら…

きっと私には堪えられないだろう。

それぐらい、今の私は隆志に依存している。

いつの間にか自分の中で、こんなにも大きな存在になっている。

それを改めて実感した出来事だった。


そしてもう一つ、実感したことがある。

隆志に何かがあったとき、自分が傍にいて支えたいと思ったこと。

普段、あんな調子で俺様オトコだから、弱い部分なんてないんじゃないかって思っていたけれど

それなりにあるんだってわかったから。

いつも強気な姿勢でいる分、弱音を吐くときは相当なときだと思うから。

こうして何かがあったとき、私は隆志の支えでありたいと思った。

そういう時こそ、頼られる女でありたいと。


ずっと眉間にシワを寄せて目を瞑っていた隆志から、スーッと寝息が聞こえはじめる。

変わらず表情は険しいままだけど、眠っている間の僅かな時間くらいは、痛みから開放されないだろうかと、祈る気持ちで寝顔に見入ってしまう。

「退院したら禁煙だからね」

そう、寝顔に向かってポツリと言ったら、微かに口が尖った気がして思わずぷっと噴出してしまう。


私も、もう少し素直になって口の悪さも直そうかな…


そんなことを心の中で呟きながら、そっと隆志の手を握り締めた。

  

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気胸…実体験と言っても、神楽が実際になった病気ではありません(^-^;
神楽の学生時代の彼氏がね、なったワケなんですが。
その頃の様子を思い出しつつ書いていたりします。
もう、10年以上(?)前のことなので結構うろ覚えで(汗)細かい部分など実際とは異なる部分があると思います。
その部分は大目に見ていただけたらなぁ、と思う次第です、はい。

さてさて。病気になると人間は少なからず気弱になる時があると思うんです。
隆志も例外なくそうじゃないかなぁと思ったりして。
そして、彼らを一歩前に進めるためには何かしらのキッカケが必要よねぇ。ということで(笑
今回のお話を進めているワケなんですが。
ハテサテ。今後この2人はどう動いてくれるんでしょうか…(^▽^;
続き、頑張って書きますね。

H19.7.4 神楽茉莉