*Magical hand






「誰……これ」

内藤に店を無理矢理追い出されて仕方なく家に帰ってから、洗面台の前に立ち鏡に映る自分の姿を見た第一声。

信じられないくらい変わってしまった自分の容姿に、自分自身が驚いてしまう。



――――外見はいくらでも変える事が出来るんだぞ?髪型やメイク次第でな。



ずっと前に内藤が言っていた言葉を思い出す。

「これが……私?」

すごいよ…すごいよ、内藤。

別人のように変わってしまった自分をあらゆる角度から映してみる。

肩にかかるくらいの真っ黒で重たかった髪の毛は、内藤と同じ少しオレンジがかった茶色で、量も多くて広がりがちだったのもカナリ剥かれて軽くなった。

髪の毛の色のおかげで、暗かった顔のイメージも何だか明るくなった気がするし。

野暮ったかった眉は綺麗に揃えられてキツイ訳ではなく、ナチュラルな仕上がりになっている。

メイクだって内藤がちょっとだけ手を加えたぐらいなんだけど……アイブロウとマスカラとグロスだけでこうも印象が違うもの?

私じゃない私が鏡に映ってる。

正直、ここまで変われるだなんて思ってもいなかった…髪型やメイクだけで。

体重も標準まで落ちて、二重顎も三段腹も無くなって、今まで太ももが邪魔をしてくっつかなかった踵だってちゃんと着く。

服のサイズも当然変わって、7号にまでサイズダウンした。

お陰で母親からは制服を買い直さなきゃいけなくなったじゃない、なんて嬉しそうに小言まで言われてしまったけど…

もう…誰にも『チビデブス』なんて呼ばせない。

こんなに綺麗に内藤がしてくれたんだから、胸を張って堂々と自分に自信が持てるよ。

ありがとう、内藤。綺麗にしてくれて本当にありがとう。

内藤が傍にいてくれたから、ここまで私頑張れたんだよ?

内藤が励ましてくれたから、支えてくれていたから…私は変わる事が出来たんだからね?

すぐさまお礼が言いたくて、自分の気持ちを伝えたくて携帯に電話をしてみたけれど、



『――――お掛けになった電話は電波の届かない場所におられるか……』



そんな機械的なアナウンスが届くだけだった。

明日、学校で内藤に会ったら一番に、「内藤が好き」って言おう。

私は鏡に映った自分を見つめながら、よし。と気合を一つ入れる。



***** ***** ***** ***** *****
 



「おはよう」

元気よく挨拶をしながら教室に入ると、一瞬みんなの会話が止まる。

みんながみんな、狐に摘まれた様な顔をして私を見つめる。

一番驚いたような表情を見せたのは、私の事を小バカにして笑っていたあの佐藤猛。

私は彼に冷やかな視線を飛ばしながら、席に向かって歩き出す。

「え…明美?」

そう、一番に静寂を打ち破ったのは一番仲のいい美和。

美和は驚いた表情のまま私に近づいてくると、上から下まで視線を動かしてから、もう一度、明美だよね?と呟く。

「へっへ〜♪イメチェンに挑戦してみました。ちょっとは可愛くなったかなぁ?」

「やだっ…ちょっとどころじゃないって!なにぃ、すごく可愛くなっちゃったじゃない!!痩せた時もそう思ってたけど…髪の色も変わって、あれ…ちょっと化粧なんてしてみてる?」

「化粧って言うか…ん、アイブローとマスカラを薄くだけど塗ってみた」

昨日、内藤がしてくれたのを真似して薄っすらとだけどしてみた化粧。

だってちゃんと見て欲しかったから、内藤に。

内藤が仕立ててくれた姿で告白したかったから…。

教室を見渡して内藤の姿がないのに気付き、まだ来てないんだ。なんて思いながら席に着く。

その間も色んな子が私の席のまわりにやってきて、どうやって痩せたんだとかどうしたらそんなに綺麗になれるんだとかって言う質問攻めにあっていた。

「須藤…ちょっといいか?」

女の子達に囲まれて、ワイワイと喋っているとそれを遮るように少し離れた場所から声がかかる。

「佐藤君」

私は佐藤君に促されて教室を出ると、人気のない階段の踊り場までやってきた。

「なに?佐藤君」

「ほら、約束したろ?お前が痩せたら付き合ってやるって…随分俺の為に綺麗に痩せてくれたんだな。待ってたかいがあったよ」

そう言ってにこやかに笑いかけてくる佐藤猛。

その言葉に訝しげに自分の眉が寄る。

待ってたですって?あれだけ散々私の事をコケにして笑い者にしたくせに。

誰があんたなんかと付き合うもんですか!

今こそ私が笑う時。

「待っててもらって悪いんだけど、私あなたと付き合う気なんてないから」

「は?何言ってんだよ…告ってきたのはお前だろ?俺と付き合いたいから痩せたんだろうが。俺が付き合ってやるって言ってんだぜ?」

「あー、あの時の私ってどうかしてたのよね。顔がいいからってだけで好きになったような錯覚に陥ってたんだけど、やっぱり男は顔より中身でしょ?いくら顔がいいからって言っても性格が最悪じゃ付き合ってても楽しくないじゃない。他にその顔に攣られる女の子を探したら?私はあんたみたいな男と付き合うなんて真っ平ごめんよ!」

「なっ?!」

ふ〜んだ、言ってやったもんね。

あースッキリした。

私があの佐藤君を振るだなんて……あぁ、何か優越感。

私は苦虫を潰したような表情を浮かべる佐藤君に言葉をかける事なく、踵を返して教室に戻った。

「ねぇ、美和。内藤ってまだ来てないの?」

教室に戻って内藤の姿を探しても、まだ来てないらしくて見当たらない。

「あぁ、内藤なら今日は風邪で学校休むからって言っといてってさっき連絡が入ったよ。そんな事より!ちょっと、明美…佐藤君、何の話だったの?」

「さぁ?なんだったんだろうね?」

興味津々の顔でコチラを見てくる美和に、素っ気無く答えると、な〜んだ。てっきりあんた達付き合うのかと思ってたけど。なんて、少しがっかりしたような表情を浮かべる。

今はそんな事よりも、大事な事があるのよ。

内藤…風邪だなんて嘘ついて。

休むなんてずるいよ……告り逃げなんて許さないからね?

「ごめん、美和。私も体調が悪いから早退するって担任に言っといてくれない?」

「え…明美。ちょっと帰るの?」

戸惑いがちな美和の声を聞きながら、私はカバンを持つとそのまま教室を飛び出した。



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