*Magical hand






髪の毛を染め終わって、私はシャンプー台に連れて行かれ、薬品を洗い流して綺麗にしてもらう。

トリートメントもし終えて、すっきりした気分で私はまた元の椅子に戻ってきた。

「内藤ってシャンプー上手いね?気持ちよくて寝そうになっちゃったよ。」

「あははっ。そっか?まぁ、シャンプーだけはお袋に厳しく教え込まれたからなぁ。そう言ってもらえると嬉しいよ。」

髪の毛を乾かしながら、内藤は嬉しそうに笑う。

まだ髪の毛が濡れたままだから、どんな仕上がりになったのかは分からないけど、カナリ髪の毛の色が変わった事だけは認識できた。

……ちょっとやりすぎたか?

「うん、すごく気持ちよかった。はぁ、楽しみ。もう、髪の毛を乾かし終えたら完成?」

「まだもうちょっと。後は眉の手入れだな。」

「眉?」

「そうそう。眉毛一つだけでも随分表情が変わるんだぞ?須藤って眉毛ぶっといからな、ちょっとシャープにしなきゃ。」

「ぶっといって…失礼なっ!!」

「んな、怒るなよ。ほら、目を瞑って…まだ完成してないぞ?」

その言葉にぶくっと頬を膨らませたまま、私は大人しく目を閉じる。

髪の毛をブローし終えると、内藤は眉毛を整える為に椅子を動かし私の前で屈む。

内藤の顔が自分の前にあるって感じただけで、ドクドクと心臓が高鳴り出してくる。

うわうわっ。なっ何か内藤の息遣いが間近に聞こえる気がするんだけど…すごいドキドキするー。

「須藤ってさー…すげぇ睫毛長いのな。」

「えっえっ?!そっそそそうかな。」

やっ、ちょっと…そんな人の顔をマジマジ見ないで欲しいんだけど!!

恥ずかしすぎて、顔が赤くなってる気がする。

サクサクッと眉毛を整えられて行くのを感じながら、俯きたい衝動に駆られてしまう。

「おし、眉毛おっけー。んー…ここまで来たらちょいとメイクもしてみっか?」

「え?」

「我ながらすげぇ力作。だし、最後まで仕上げたくなった…確か化粧道具も揃ってたハズなんだよな。えと…ほら、あった。須藤は肌が白くて綺麗だからファンデは塗らなくてもいいし、マスカラとアイブローとかだけで充分だろ。もうちょっと我慢して目を瞑ってろよ?」

「え、あ、うん。でも、内藤って何でも出来ちゃうんだね。女の子の私よりすごいよ。」

「まぁ、将来そういう仕事も出来たらいいなって思ってっからな。」

「すごいなぁ、将来の事もちゃんと考えてるんだぁ。でも、今の内藤すごい楽しそうだね。」

「そりゃお前、すげぇ楽しいっしょ。女の子が自分の手によって綺麗になって行くんだぞ?しかもそれが俺のす……」

……俺のす?

「え、何?」

何か、このパターン前にもあったような気がするんだけど。

内藤が何かを言いかけて止めちゃうの。

「まぁ、兎に角楽しいって事。」

私は目を閉じたまま、内藤にメイクされながら、クエスチョンマークがたくさん頭の中に浮かび上がる。

「うわー。マジで須藤の睫毛って長いよな。マスカラつけなくてもいいぐらい。あ、ちょっと伏せ目にして。」

内藤に言われた通りに伏せ目にすると、視界に映った彼の顔が意外にも近くにあって驚いてしまう。

どわっ!むっむちゃくちゃ顔が近いんですけどっ!!

マスカラを薄く塗られながら、ドギマギしてしまって視線が定まらない。

「一回、目をちゃんと開けてみて。」

言われた通り、しっかりと目を開けると内藤としっかりバッチリ視線が合ってしまう。

暫くの間、見つめあったままの私たち。

どうしよう…この雰囲気「内藤が好き」って言っちゃいそうになる。

でも、内藤には他に好きな子がいる……言っちゃダメだよね、こんな事。

でもでも溢れ出しそうだよ…「内藤が好き」って気持ちが。

そんな事を思いながら内藤を見つめていると、何か言いかけた言葉を飲み込んで、内藤は再び目を閉じて?とだけ呟く。

目を閉じると、暫くの沈黙が部屋を覆う。

……何か喋って欲しいんだけど。

「後は……口紅だよな。まだ高校生だから、グロスでいっか……えと、オレンジ系でいい?」

「うん…何でも。内藤に任せる。」

「須藤……あんま見つめんなよ。俺、自分が抑えらんなくなるから…」

「……え?」

自分が抑えられないって…どういう意味?

ちょん、と唇の端に冷たい感触を感じながら、内藤の言葉に首が傾く。

「……やっぱ……限界……抑えらんね…」

そんな切なそうな内藤の声が聞こえてきて、冷たい感触とは別の柔らかい感触が唇から伝わってくる。



――――え?



私はこの状況を暫くの間把握できないでいた。

内藤からキスをされてるって事を。

ゆっくりと唇を離し、内藤は、ゴメン。と小さく呟く。

私は爆発しそうな心臓の高鳴りを感じながら、まだ内藤の唇の柔らかさが残る自分の唇を両手で覆う。

「な…いとう?」

「ごめん、須藤。急に…でも、もう自分の気持ちが抑えらんない。ずっと好きだったんだ、須藤の事。同じクラスになって、美和と一緒にいる須藤と話すようになってからずっと。」

「うそ…」

チビデブスだった頃の私を?内藤が?

嘘…私の聞き間違い?

「マジで。何事にも前向きで、一生懸命で明るくて。頑張り屋さんで負けん気が強くて。話してても楽しかったし、傍にいるとなんつーか安心できたりして。だから、須藤の口から、男は顔だって言われてすげぇショックで。おまけに好きなヤツが佐藤って気付いてさ、絶対俺には無理じゃんって思った。だから、須藤が佐藤に告って玉砕すればいいって思って、告ってみれば?なんて言ったりして…すごい俺ってサイテーな男だろ?」

「…内藤。」

「でも、マジで告るなんて思ってなくてさ。美和から須藤が佐藤に告りに行ったらしいって聞いて、いてもたってもいらんなくてすぐに電話したんだけど、お前は嬉しそうに『痩せたら佐藤と付き合える』って言うじゃんか。かなりショックだった。おまけにダイエットの為に俺に付き合えって言ってくるし。」

「あ……」

知らなかった。内藤がそんな気持ちを持っててくれてるだなんて……それじゃぁ、私のやった事ってひどいじゃない。

「だけど、嬉しそうなお前の声聞いたらさ、それでもいいやって思えてきて。気持ちは届かなくても少しでも須藤の傍にいられたらって、少しでも須藤が綺麗になる力になれればってそう思って、ずっと今日まで一緒に頑張ってきたんだ。須藤が痩せたら綺麗になるっていうのは分かってた。だから心の中では痩せなきゃいいのにって事も思ってて。でも、須藤の喜ぶ顔も見たくって…すげぇ矛盾してんだけど、色んな葛藤が自分の中で蠢いてて……」

内藤は私から少し離れて横を向くと、ハサミを弄りながら言葉を続ける。

「毎日須藤と会える事がすごく楽しかったよ。だから、少しでも長く一緒にいたくて、期限いっぱいまで使って綺麗に痩せようぜ。なんて、いいヤツぶって言ったりして。本当は、須藤が泣いて部屋に閉じこもってる理由を知って内心喜んでた俺がいた。もちろん佐藤の事は本気でぶん殴ってやりたかったよ?あんなに頑張った須藤をコケにしやがってって。でも、あそこで須藤に止められると、毎日会う口実が無くなってしまう。そう思って、見返してやろうぜ。なんて言って強引に続けさせたりして……マジ最低なヤツなんだよ、俺。自分の事ばっかで、気持ちも抑えきれずにキスまでしちまうし。」

内藤はそこまで言うと、くるっと私の方に体を向けて歩み寄ってくると、腕を掴んでドアまで歩き出す。

「えっ…ちょっ…内藤?」

「須藤…ごめんな。急にキスなんてしてしまって…最低だよな。こんな男にキスされて…マジごめん。謝って済む問題じゃないけど。忘れて?俺が言った事もした事も全部。須藤…綺麗になったよ、マジで。自信持っていいから、俺が太鼓判押してやる。だから…カッコイイ彼氏、ゲットしろな?」

そう言って、内藤は無理矢理私を店の外に押し出し、ドアを閉めるとガシャンと鍵を閉めて中からカーテンを下ろしてしまった。

「ちょっちょっと内藤!ねえ、ここを開けてよ。ねぇってば、内藤!!」

私の気持ちも聞かないで、勝手に締め出さないでよ。

私だって、内藤の事が好きなのに…私だって気持ちを伝えたいのに。



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