*Magical hand 「内藤、ねぇ聞いてよ!あのね、さっき体重量ったら…何と!42.5キロだったの!!目標体重達成!!!」 私は沈む心を奮い立たせて、思いっきり笑顔でVサインを内藤に向ける。 「マジかよ!やったじゃんか、須藤〜。」 内藤もニッコリと笑って同じようにVサインを私に向けてくれた。 「うん、やったね♪もぅ、これでチビデブスなんて言わせないんだから!あ、でもデブが抜けただけでチビブスには変わりないか。」 「じゃぁ、最後の仕上げいっときますか。」 「え?」 私は内藤の言葉の意味が分からずにきょとんと首を傾げる。 「前に言ったろ?俺がお前を綺麗に仕立ててやるって。よし、今から行くぞ!!」 そう言ってニッコリ笑うと、内藤は私の手を引きどこかへ向かってずんずんと歩き出す。 「え…ちょっと内藤?」 最後の仕上げって……どこ行く気? 私が内藤につれられてやって来たのは、一軒の美容室。 店は当然閉まってて、中は真っ暗なんだけど、内藤はポケットから鍵を出し、そのままドアを開けて中に入って行く。 「え…内藤。ちょっと、勝手に入っていいの?」 「あぁ。いいよ、だってここ、俺のお袋の店だから。」 「は?」 「あれ、言ってなかったっけ?俺のお袋美容師なんだよ。ちなみに親父は向かいの理容室をやってて、兄ちゃんはスタイリスト、姉ちゃんはメイクアップアーティストなんだ。」 「へ、ぇ…そ、なんだ。」 何か…凄い一家。 内藤が美容師目指してて、いずれはスタイリストもしたいって言うのも分かる気がする。 一家揃ってそういう関係の仕事をしてるんだから。 「いつも店を使ってない時間に勝手に使わせてもらってんだよ。練習しなきゃ上手くなんないだろ?」 「そうなんだ、いつもここで練習してるんだ…。」 「そそ。ここでいっつも自分の髪の毛切ったり、人形の髪切ったりして練習してんの。まぁ、他人の髪の毛を触るの初めてだけど…大丈夫っしょ。」 「え……」 今、すごい恐ろしい事を言われた気がするんですけど……気のせいですよねぇ? 他人の毛って、まさか私の髪の毛の事を言ってるわけじゃないだろうし。 「ほら、とりあえずここ座って。」 そう言って、内藤は鏡の前に並んでいる椅子の一つを、私に向けてそこを指差す。 ……って、私の髪の毛の事を言ってるの?! 「あの…つかぬ事をお聞きしますが、私がそこに座ってどうするんでしょう?」 「ん?どうするって、決まってっしょ?俺がお前を完全イメチェンしてやる。」 げっ……マジっすか? 「あのー…丸坊主とかは…嫌なんですけどぉ。」 「……あのね。女の子にそんな髪型させるわけないだろ?俺を信用しろって。」 「いやぁ…」 私が座る事を渋っていると、無理矢理手を引き椅子に座らされてしまった。 どっどうなるの…私の髪の毛の運命は?! 私の不安など気にする様子も無く、内藤はちゃっちゃと鼻歌を歌いながら準備を進めて行く。 「よし、準備完了っと。とりあえず、須藤は髪の毛が太くて量が多いから、剥いて行くな。長さはこのまま肩ラインぐらいがいいだろ?」 「えっ?!あ…あぁ、うん。って、本当に内藤がするの?だっ大丈夫?」 「だ〜いじょうぶ、大丈夫。怖かったら目を瞑ってたら?仕上がった時に驚くぜぇ?」 ニコッと笑う内藤だけど、私は逆に恐怖に満ちた表情が浮かぶ。 大丈夫なのか?本当に任せていいのか?? 私はぎゅっと両手で肘掛の先端を掴み、目を閉じる。 えぇい!もう、こうなりゃヤケだっ!!5ヶ月間付き合ってくれた内藤への恩返しのつもりで……あぁ、でも怖いよぉ。 目を瞑る私の様子に、クスクスと笑いながらも、内藤は容赦なく私の髪にハサミを入れ始める。 リズミカルに響くハサミの音。 時折耳に触れる内藤の指にドキドキして、違う意味でもドキドキしながら、私は完成までの時間を複雑な心境で迎える事となった。 「須藤のさぁ、髪の毛ってコシがあってすげぇ綺麗だよな。艶っ々で触り心地がいいよ。やっぱ人形のモンとはえらい違い。」 「そ、そうかな。」 不思議なんだけど、ハサミの動く音と、内藤の声が次第に私の心を落ち着かせて行く。 あぁ、内藤なら大丈夫かもしれない。 そんな気持ちにさせられるような安心感。 「おっし、後ろはこんな感じでOKかな。前髪はどうする?流す感じにしとくか?」 「あー、お任せで。」 「りょーかい。じゃぁ、俺好みの……じゃ、なくて須藤に似合いそうな感じで仕上げるよ。」 その言葉にドキン。と胸が高鳴る。 内藤好みにしてくれて…いいよ?そう、心の中で呟いてみる。 「前髪もこんな感じかな…後は、髪の毛の色は何色がいい?」 「え…髪の色って?」 「須藤の髪って真っ黒だろ?それはそれで綺麗だと思うけど、ちょっと色入れた方が表情も明るくなっていいと思うんだよ。幸い、うちの高校は校則が緩いからな。ちょっとぐらい色入れたって大丈夫だし。」 「あの…じゃ、じゃあ内藤と同じ色がいい…かも。」 精一杯の私の内藤へのアピール。 これぐらい言ってもいいよね?告白するわけじゃないんだから……。 「え、俺と一緒の?結構明るい色だけど、いいのか?親に不良になったーとかって言われない?」 「あははっ。大丈夫だよ、うちの親もそこまでうるさくないし。逆に、内藤に綺麗にしてもらったって言ったら喜んでくれるかも。」 「そう?じゃぁ、俺と一緒の色にするな。あ!最後まで目を開けるなよ?」 「え、何で?」 「結構いい感じに仕上がってきてるから、最後までのお楽しみって事で。」 「ホントに?いい感じ…なの?」 「あぁ。さっすが、俺。って感じ。」 「なにそれー。もし、変になってたら怒るからね?」 「あははっ!信用ないなぁ。いいよ、もし気に食わなかったら殴ってもいい。」 「グーで殴るからね?」 「怖ぇな、おぃ。」 内藤はクスクスと笑いながら、染める準備をしているらしく、ツンとした薬品の匂いが鼻を刺激してくる。 ――――いい感じに仕上がってきてる。 ちょっと楽しみかもしれない。 |