*Magical hand






私は家に戻るなり、部屋に閉じこもったままずっとベッドの上で泣いていた。

悔しくて、悲しくて…やり場の無い感情を、ただひたすら涙として流す。

何時間そうして泣いていたか分からないけれど、気が付けば部屋は暗闇に包まれていて、私のすすり泣く声だけが部屋に響く。

突然カバンの中の携帯が鳴り響くけど、出る気がしなくて放っておいたら、しつこいくらいに鳴り続け、私は仕方なく電話に出た。

「……もしもし」

『もしもし、須藤?お前、何やってんだよ。もう走りに行く時間だろ…俺、さっきからずっと家の前で待ってんだけど。』

「あ…ごめん、忘れてた。でも…もういいよ。あの話…もう無いから。」

『はぁ?どういう意味だよ。』

「私はいつまで経ってもチビデブスのままなの…いくら頑張ってもダメなの。だから、もういい…ダイエットなんて止めるから。」

『ちょっ、待てよ。いきなり何だよ…とりあえずいいから出て来いって。』

「嫌…今は誰とも会いたくないから…ごめん、帰ってくれる?」

私は内藤が何か言葉を言っているのも聞かずに、携帯を一方的に切った。

すると、暫くしてから玄関のチャイムが鳴って、下で母親の声がしてから誰かが階段を上がってくる音が聞こえてくる。

その足音は私の部屋の前で止まると、ドンドン!とドアを叩いて来た。

『須藤!人が話してんのに、勝手に携帯切りやがって…入るぞ!』

「えっ!?ちょっ、内藤?…やっ…入って来ないでよ!!」

内藤は私の制止も聞かずに勝手に部屋に入ってきた。

咄嗟に頭から布団を被り、中で縮こまっていると、バタンとドアが閉まる音と、内藤の声がくぐもって聞こえてくる。

「須藤?何があったんだよ…突然ダイエット止めるって、佐藤の為に頑張るんじゃなかったのか?」

「も…いいの。あれ、冗談だったんだって…私が痩せても佐藤君は付き合ってくれない。私は笑い者にされてただけなの。だから、もういい…これ以上惨めな思いしたくない。」

「冗談って…誰がそんな事言ったんだよ。」

「佐藤君達…教室でそう言ってみんなで笑ってた。いくら痩せても私みたいなダサい女とは付き合う気はないって…どうせ、リバウンドして倍になるだろうからって。最初から付き合う気なんてなかったんだよ…チビデブスの私が佐藤君に告ったから、お門違いだって笑い者にしたかっただけなんだよ。」

言ってて本当に悲しくなってくる。

惨めで、悔しくて…止まりかけていた涙が再び私の目から溢れ出してくる。

「だからって、そこで止めちまうのかよ。はいそうですか、って尻尾巻いて逃げんのかよ。」

「内藤に何が分かるのよ。ずっとずっと笑い者にされてる私の気持ちなんて分かんないでしょ?」

「分かんねぇよ。俺は須藤じゃないし……だけどこのまま止めたら、ずっと何も変わらない須藤のまんまじゃん。あんだけ一生懸命走ったろ?プールで歩いたろ?腹筋だって相当できるようになったじゃんか。変わり始めようとしてるのに、途中で投げ出すのかよ。俺の知ってる須藤はそうじゃない。俺の見てきた須藤はそんな中途半端な女じゃねぇよ。」

「ない……とう?」

「ぶん殴ってやりてぇよ、佐藤の事。どんだけ須藤が努力してるのか、どんだけヤツの為に一生懸命だったか。毎日一緒にやってきた俺が一番よく知ってるよ。だから…悔しいじゃん、ムカツクじゃん。須藤、見返してやろうって気はないのか?」

「見返すって…そんな事言ってもどう見返すって言うの?こんな私じゃどうしようもないよ。」

「言ったろ、お前は痩せたら絶対綺麗になるって。俺が保証してやる…俺がお前を綺麗な女に仕立ててやるよ。だから、見返してやろうぜ?目標体重まで辿り着くまで後2.3ヶ月って所か。もう後ちょっとの辛抱じゃん。須藤は中身は最高の女なんだから、外見まで揃ったら無敵だぞ?だから頑張ろう、須藤。」



内藤…どうしてそこまで私の為に躍起になってくれるの?

もしかして、内藤は私の事……ううん、そんなハズないよね。だって、内藤には好きな女の子がいるって言ってたもん。

だけど、内藤がそう言ってくれるなら、まだ頑張れそうな気がする。



私は涙を拭うと、のそっと布団から這い出てベッドの横に座り込んでいる内藤を見下ろす。

「内藤…無敵って言うのはちょっと言いすぎだよ。そんな事言うと自惚れちゃうよ?私。」

ペロっと舌を出して、おどけたように言うと、内藤も安心したように笑顔を見せる。

「あぁ。それぐらい自信持ってもいいぞ?何てたって、俺がほ……」

「ん?」

「いや、別に。何でもない、こっちの事。須藤…頑張れるか?」

「ん。内藤に元気もらえたから頑張れる。綺麗になれるかどうかは些か疑問ではあるけれど…うん。もうチビデブスって言うあだ名で呼ばれたくないから、頑張るよ。内藤も付き合ってくれる?」

「あぁ、もちろん。最後まで付き合ってやるよ。」

私が内藤に笑いかけると、内藤も同じように笑って返してくれた。




***** ***** ***** ***** *****
 




来る日も来る日も、私は内藤と一緒に走り続けた。

今度は佐藤君の彼女になる為では無く、彼らを見返す為に。

内藤も、毎日毎日休日も祭日も、冬休みさえ関係なく、嫌な顔一つ見せずに私に付き合ってくれる。

いいのかなぁ。って少し不安になる事もあったけど、私は知らない間に内藤と走る事が楽しくて、プールで歩く事が嬉しくて…内藤といると安心できる。内藤が笑ってくれると、自分も笑っていたくなっていた。

いつでも励ましてくれる内藤。

毎日付き合ってくれる内藤。

私はいつの間にかそんな内藤が好きになってきていた。

見返す事なんてもう、どうだっていい。内藤の為に頑張りたい。内藤に「可愛くなったな」って言われたい。

そんな気持ちに変化していた。

だけど、内藤には好きな子がいるんだよね?

いくら内藤に「可愛くなったな」って言われても、私の気持ちは届かない。

だったら私は誰の為に綺麗になろうとしてるの?内藤の為?佐藤君を見返す為?それとも自分の為?

毎日内藤に会う事が当たり前のようになってきているけど、もしかしてそれって内藤の恋の邪魔をしてない?

だけど…だけど、もう少しだけこのまま一緒にいてもいいかな。

目標体重になるまで…その間だけでいいから、内藤の隣りにいたい。




「嘘……42.5キロ…うそ、嘘々、うそぉーっ!やった…目標体重達成…やったぁぁぁ!!」

私は何度も体重計の数字を見てから、一人飛び上がって喜んだ。

9月から始まった私のダイエット大作戦。

気付けばもう、季節は冬から春に向かい始めている2月中旬。

5ヶ月かけて30キロのダイエット。 我ながらよくここまで頑張ったと自分を褒めてあげたくなる。

中々体重が減らない辛い時期もあったけど、そんなの全然苦にならなかった。

だって私には強い味方がいてくれたから。

いつもの時間になるのを待ち切れずに、私は少し早く玄関先でニンマリしながら彼を待つ。

だけど、そこでふと気付く。

目標体重になっちゃったって事は、もう内藤と走る事もなくなっちゃう?

だよね…目標体重になるまでって、そう決めてたもんね。

少し心に陰りが差した時、よぉ。と聞きなれた声が耳に届く。

「あ…内藤。」



←back top next→