*Magical hand






あ゛〜もぅ、死ぬ…絶対死ぬ。心臓発作で死ぬ…呼吸困難で死んでしまうぅぅぅ〜。

静かな夜道に、一つのリズミカルな足音と、引きずるような足音が響き、ぜぇぜぇはぁはぁ。と情けないくらいの自分の荒い息遣いが夜の闇に吸い込まれていく。

「だーっ!もぅ、ギブ…ちょっ、タンマ!!休憩させてー。」

私は川沿いの土手で立ち止まり膝に両手をつけて、はぁはぁと息を漏らしながら、ずるずるとその場にへたり込む。

前を走っていた内藤がその場で軽く足を動かしながら、呆れたように振り返る。

「お前さー…ギブって早くない?まだ300mも走ってないぞ?」

「だぁって、急にそんな無理だって。」

「急に走るって言い出したの誰だよ。」

「……誰でしょう?」

「はぁ…須藤さぁ、ダイエットとか言う前に体力づくりした方がいいんじゃない?今からそんなんじゃ先が思いやられる。」



………えぇ。私もそう思います。



「やっぱ、走るのは私には無理だね。走るのは止めてエアロビクスとか挑戦してみようかな?」

「どれやっても辛いのは変わらないと思うけど。」

「……………。」



痛い所を突くんじゃないっ!



はぁ。と大きくため息をついて、その場にゴロンと仰向けに寝転がり、暗闇に輝く星を見つめる。

「あ〜ぁ。やぁっぱり私にはダイエットなんて無理なのかもしれないなぁ。」

「ダイエットし始めてもいないのに、もうギブ?」

クスクスと小さく笑いながら私の隣りに腰を下ろすと、同じように内藤が仰向けに寝転がる。

「………だって。」

「須藤のさぁ、佐藤に対する気持ちってそんなもん?やってもいないのに、辛いからもう止めちゃおうとかって簡単に言えるくらいの気持ちなんだ。」

「やっ!ちっ違うわよ。真剣だもん…いっ今のは冗談!頑張るわよ?是が非でも痩せてやる!!」

私の言葉に、そういう所須藤らしいよな。なんて笑ってから、小さく言葉を繋ぐ。

「なぁ。須藤は佐藤のどういう所に惚れたわけ?」

「え?どういう所って…そりゃカッコイイもん。佐藤君が隣りに歩いていたらさぁ、すごい嬉しくない?あぁ、自分の彼氏ってすごいカッコイイじゃん!とかって自慢できるし。」

「カッコイイ…ねぇ。」

「内藤だってさぁ、彼女作るなら絶対可愛い子がいいでしょ?隣りにつれてても恥ずかしくない子。」

「あー、俺別に外見重視じゃないから。好きになった子がタイプだし、その子がどんな子であろうと、一番可愛いって思う人。」

「うっそだぁ。とか何とか言いながら、美和みたいに綺麗な子が好きでしょ?だって、美和とすごく仲がいいもんね。あ!あれだったら私が仲を取り持とうか?」

「はぁ?美和ってか?まぁ、美和は確かに綺麗かもしんないけど、別に。あいつとは幼馴染なだけだから。それに俺、他に好きな子いるもん。」

その言葉にガバッと上体を起こして、内藤を見る。

「嘘!誰?え、うちのクラス?他のクラス?どんな子?可愛い?綺麗?」

「言わない。」

「ぶーっ。ケチぃのっ!あ、外見重視じゃないって言った手前、好きな子がどんな子か言えないんでしょー?あー、そうなんだ。やぁっぱ内藤も外見重視なんだ?」

「ぶぁ〜か。違うって言ってんだろ?俺は中身を見るタイプなの。ほら、肉まんで例えるとさ……」

「何で肉まん……」

「……いいから聞けよ。」

「どうぞ…」

「肉まんてさ、色んな店で売ってっけど、それを見たらこんな味だろうなって想像できんじゃん?具がいっぱい詰まってて、肉汁が美味くってさ。皮と中身の絶妙なバランスがたまんないって想像しながら買うじゃん。で、いざそれを食ってみてさ、すげぇマズかったらショックじゃない?」

「まぁ…ショックだけど?」

だろ?と、私の言葉に頷きながら、内藤も上体を起こす。

「彼女もそれと一緒。外見が綺麗だから性格とかもすんげぇいいだろうなぁとかって想像して、いざ付き合って期待外れだったらショックじゃん。いくら外見が綺麗でも中身が伴ってなかったら、なんの意味も持たない。ただ綺麗なだけ、一緒にいてもつまんないし、面白くない。中身あっての外見だろ?だから俺は基本は中身重視。中身がよければ自ずと外見も伴ってくんの。」

まぁ…分からなくもないけれど。

肉まんねぇ……。

「内藤が肉まんの話なんてするから……肉まん食べたくなってきた。」

「はぁ?!お前…人の話聞いてる?」

「聞いてるって。内藤は肉まんの皮よりも中身が好きだって事でしょう?」

「いや……違うし。」

人の話はちゃんと聞けよな、ってボヤキながら内藤は立ち上がり、パンパンとお尻を叩く。

「休憩終り。ほら、続き走るぞ。」

「えー!もぅ?もうちょっと休憩しようよぉ。」

「誰の為に俺がこんな所にいると思ってるわけ?須藤がやる気ないなら、俺帰るけどー。」

「うっ…走る、走りますー。それもこれも佐藤君と付き合う為だもんね?頑張らなきゃ。」

私が内藤に続いて立ち上がると、パンパンと同じようにお尻を叩く。

その様子を見ていた内藤が、クスクスとおかしそうに笑う。

「須藤ってホントちぃっこいよな。座ってても立ってもあんま変わんない。」

「失礼なっ!!もぅ、背の事を言わないでよ。」

「なんで?いいじゃん、女の子はちっちゃい方が可愛いし。」

「かっ可愛いって…背の事で可愛いって言われても…嬉しくない。」

あれ…何で、私心臓がドキドキしちゃってんだろ。

やだなぁ。『可愛い』って言葉に以上に反応しちゃってるよ……私ってば自意識過剰。

「まぁ、須藤も元の作りが良さそうだから痩せたらびっくりするくらい可愛くなるんじゃない?」

「じょっ冗談はよしてよ…痩せたってブサイクには変わりないってば。」

「外見はいくらでも変える事が出来るんだぞ?髪型やメイク次第でな。そんな事をしなくても須藤なら大丈夫だとは思うけど、もし痩せても自信がつかなかったら、俺がお前を綺麗にしてやるよ。」

「え…」



……それって…どういう意味?



「ほら、俺美容師目指してんじゃん?自分で言うのもなんだけど、結構腕はあると思うんだよな。美容師になって、いづれはスタイリストとかもやってみたいって思ってるから、須藤を俺のモデル第一号に任命してやる。」

あ…そういう事ね。

つまりは、練習台になれって事……だよね、そうだよね?

内藤の言葉にドキドキしちゃった私……やっぱり自意識過剰だわ。

「だからさ、頑張れよ?佐藤の彼女になれる為に。」

「う、うん。頑張る!」

そう言ってポンと私の肩を叩いてくる内藤の笑顔が、外灯に照らされて少し悲しげに笑っているように見えた。

「おし。じゃぁ、とりあえず軽くあと一キロ走るか。」

「……え。」

一キロって……無理ですけど?


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