Happy Bear(仮)


CLUB.METRON ...03

「この前言ってた合コンの事なんだけど……」

自分に割り当てられた事務机でパソコンにデーターを入力していると、隣りの席に座るみのりさんが突然そんな話題を振ってきた。

完全に忘れていたその話題に、びっくりして指がもつれて画面に意味不明な文字が連打されていく。

「え、ごっ、…えっ?」

「ほら、この前お昼の時に言ってたじゃない。彩のために合コンセッティングしてあげるって」

「あ〜……」

微妙な私のその反応に、もしかして忘れてたのー? なんて、みのりさんが意地悪げに笑う。

確かに忘れていたけれど、あれから話題にもあがらなかったから、みのりさんも忘れていると思っていたのに。もしかして現在進行形だった?

「あれね、やっとメンツが揃ったわよ!」

「え……合コン……本当にするんですか?」

「するに決まってるじゃな〜い。私と彼氏を引き合わせてくれたお礼もまだだったからね♪ 衛(まもる)に頼んで選りすぐりのいいオトコ、集めてもらったの! 向こうは衛含めて男子5人。こちらは私と彩と他に私の友人2人で女子は4人」

5対4でいい配分でしょ? と、得意げに言われたけれど、どんな点でいい配分なのかわからなかった私は曖昧に笑うことしか出来なかった。

正直言って合コンには行きたくない。だけど、みのりさんが私のためにと予定を組んでくれたことを考えると、無下に断ることも出来ないし…。

「彩? 衛にとびっきりのいいオトコを連れて来てよね!って口をすっぱくして言ってあるから、絶対参加だよ?!」

なんて言われた日には、益々断ることが出来なくなってしまった。



*** *** *** *** ***



家の近所だから存在自体は知っていたけれど、まさか自分が来ることになるとは想像もしていなかった未知の場所。

私は目の前に聳え立つ、重厚感漂う洋風の扉のあまりの迫力に絶句した。

ここは国内でも最大級と噂されるCLUB.METORON。雑誌やテレビでも数多く取り上げられているらしくかなり有名な場所だ。週末は若者たちが明け方近くまで踊れるダンスホールに。平日の夜はBARとなり、それ以外の空いている時間はイベントだったりライブが行われたりしているらしい。

平日の今日はBARとして営業している日。だからなのかわからないけれど、想像していたよりはスーツ姿の人も多かったし、年齢層も若干高いように感じた。

私のアパートは、ここから2すじ向こうに位置していて、会社はさらにその先にあるから普段は滅多にここら辺は通らない。というより寧ろ通らないようにしている。何故なら若者で溢れているから。

私と同年代の若者が多いとわかっているけれど、それ故近寄りがたい印象を持ってしまう。

きっと一人を好む私にとってここに集まってくる人は、人種が違うと言っても過言じゃないほどタイプがまるで違う人たちだと思うから。

だから避けたかったのに、こういう場所は。

天井まで届きそうな大きな扉を見上げて思わずごくりと喉が鳴った。 その様子にみのりさんがクスクスと小さく笑いながら、彩、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。と、声をかけてくれる。

緊張……しているわけじゃないんだけどな。


みのりさんの高校時代の友人だと言う他の二人は、疎い私から見てもみのりさん同様とっても綺麗でお洒落だった。

私と二つしか歳が違わないのに、まるで大人と子供ほど装いが違う。

一応、お二人からいただいたサンプルで化粧も薄くだけどしてみたし、みのりさんが指定してきた通り、私も持ち合わせている中で一番お洒落だと思うものを着てきたつもり。だけど、こうしてお三人さんと見比べてみると明らかに質も格も違っていた。

うーん。やっぱり、私一人だけ場違いじゃないかなぁ。

こうして連れて来てもらった事を申し訳なく思いつつ、私はみのりさんに促されるまま大きな入り口を抜けて店内に入った。

8階建ての5階部分にあるこのCLUB。ビルの中だから店内は狭いのかと思いきや案外広くて驚いてしまう。

入ってすぐの場所に小さめのバーカウンターがあり、それを横切って更に進むと広いホールにたどり着く。中央天井に大きなミラーボールがなければ、ここがダンスホールになるなどど想像できないほど店内はお洒落に飾られていて、そこにはもう既に満席じゃないだろうかと思うほど沢山のグループがワイワイ・ガヤガヤと盛り上がっていた。

「うーん、どこかなぁ。あ! いたいた!!」

キョロキョロと辺りを見渡しながら先を歩いていたみのりさんが、そんな言葉と共にスッと手を上げて軽く振る。その先の席からそれに応えるように、一人の男性が立ち上がって手を振り返してきた。

多分、みのりさんの彼氏、衛さんだろう。確か消防署で働いている…とか聞いたような記憶がある。それを裏付けるように遠目からでもわかるガッチリとした体格に長身の彼は、近づくにつれてその整った顔立ちが浮き彫りになる。

なるほど。みのりさんが彼の話ばかりするのもわかるな。

なんて納得できるほど近くで見た彼は爽やかで端整な顔立ちをしていた。

「ごめん、待った?」

「いや。俺たちもついさっき着いたとこ。あ、こんばんは〜。どうぞ、席座って?」

それぞれがそれぞれに軽く挨拶をし、女性陣が席に着く。私は進んで一番奥の端っこの席についた。

――――衛にとびっきりのいいオトコを連れて来てよね!って口をすっぱくして言ってあるから……

そう言っていたみのりさん。その言葉通り目の前に座る5人の男性は、若干一名を除き【いいオトコ】だと分類されるであろう顔ぶれで。

世の中にはこんなに男前がいるもんなんだなぁ、なんて変に関心してしまう。

「あ、じゃあ。みんな揃ったということで。皆さん、仕事お疲れ様でした! 今日はみのりに口うるさく言われたので…ちょっと頑張って俺の友人の男前どころを揃えてみました! が、若干一名都合で来れなくて…急遽、ちょっと…あれなんだけど…、まあ、宜しくお願いします」

そう言って衛さんがその若干一名に視線を送りつつ苦笑を漏らす。そう遠まわしに名指しされた彼は別段気にする風もなく、私の目の前の席で満面の笑みを浮かべて黄色い歯を覗かせた。

恒例の…なんだろう。一人ずつが軽い自己紹介をし、私も自分の名前と、みのりさんの後輩であることを告げて次にまわす。

「じゃあ…最後。染谷?」

「え、あ。俺? イヒヒッ。あー、ゴホンッ。俺、染谷太郎、25歳!! なかなか職に就けずコンビニアルバイトやってます! 目下とびきり美人の彼女大募集中でっす!!! いや、女の子なら誰でもウェルカム!!絶対拒みませんっ。どうぞよろしく〜♪」

妙にハイテンションの彼のお陰でこのテーブルに着くみんながドン引き。男性陣はみんな染谷さんと顔馴染みのようで、申し訳ない。と言う風にそれぞれに目線や態度で謝ってくる。そんな雰囲気の中でも上機嫌に見える染谷さんは余程の天然かそれとも……。

お酒が運ばれて、料理が運ばれて、みんなの会話に耳を傾けながら、時折振られた話題に応えたりして。アルコールが入っているからか私もそれなりに楽しめていた。

私が飲んでいるのはカシスオレンジと言うもので、アルコール初心者の私にもとっても甘くて飲みやすい。成人式を迎えた次の週末に、初めて三恵さんとみのりさんがお祝いだと言って飲みに連れて行ってくれた。そこで教えてもらったのがこのカシスオレンジで。だからというわけではないけれど、大体アルコールが出る席では私はこれを飲むようにしている。

「あ〜やちゃん♪ 飲んでるぅ〜?」

「え、あぁ……はい、飲んでます」

アルコールが進むにつれ、それとなくテーブル内ではそれぞれに輪が出来ていた。みのりさんと彼氏の衛さんの輪、イケメン3人と美女2人の輪、そして……私と、目の前の席に座る染谷さんの、輪。

まあ、そうなるよね。

私は曖昧に返事を返しながら、酔いがまわりはじめた染谷さんの相手をかれこれ30分くらいはしているだろうか。

「ねえ、彩ちゃん。藤原新一ってさぁ、知ってるぅ? ほら、サッカーで日本代表のエースの!」

「えーと…まあ、多分、はい。名前くらいは……」

「あいつさぁ、おれっちの親友でぇ〜。仲いいんだよね。今度会わせてあげるからさぁ、俺っちとデートしよ♪」

何回目だろうか、この台詞。

ことあるごとに染谷さんは「藤原新一」という名前を出してくるけれど、正直、サッカーとか興味なくて選手の名前なんてさっぱりわからない。
確かに名前は聞いたことがあるような気がするけれど、そう言われてパッと顔も出てこないし、第一、家にはテレビもなければラジオもない生活をしているおかげで、そういった情報にも私は疎かった。

「なっ、彩ちゃん。一回だけ♪ 一回だけ俺っちとデートしよ♪」

「いやぁ……デートはちょっと……」

「んなこと言わないでさぁ。藤原新一だよ? サッカー界のエースの!!」

そんな事言われても知らないし。 この人、完全に酔っ払いの域に入ってるよね。

やんわりとかわしながら苦笑いを浮かべつつカクテルを少し口に含むと、染谷さんの隣りに座る片岡さんという男性が堪らず、おいっ。と、止めに入ってくれた。

「染谷、お前いい加減にしろよ? さっきからそればっかで彩ちゃんに迷惑だろ。 それに、あんまシンの名前出すな。殺されっぞ?」

「えー、別に名前出すくらいいいじゃんよ。減るわけでもないんだしさー。あいつだってサッカー界のエースだとか言われて綺麗な女はべらせてんだぜ?きっと。ずりぃじゃーん!!」

「バッカ! シンの嫁さん好きはお前も知ってんだろ? んな事、シンに限ってあり得ねえし。そういう事を言いふらしてアイツに迷惑かけんな」

「そうだよ。その、姫ちゃんだってさー、俺っちが最初に目ぇつけたんだぜ? それなのに横からシンが奪って行きやがって! チクショーっ!! シンのバカヤローッ! 俺にも女よこせーっ!!」

「だーっ、お前はホント。相変わらず脳内それしかないのかよっ。この酔っ払いめっ!! ごめんな、彩ちゃん。変なヤツが紛れ込んで」

「あははっ。いえ、全然大丈夫ですよ?」

って、大丈夫じゃないけど。

片岡さんが染谷さんにヘッドロックを掛けてくれている間に、私は、ちょっと。と言ってトイレに向かった。

はぁ……なんだろ。どっと疲れた。

私は用を足すでもなくトイレの個室にこもり、大きなため息を一つ吐き出す。腕をクルクルっと振って時計を確認すれば、ここに入店してから軽く2時間は経っていた。

そろそろ帰れるかなぁ。

若干帰りたい気分が大きくなってきて、あとどれくらいこの店にいるんだろう。と考えるとまた一つ私の口からため息が洩れた。