未知なる世界へ ...06
「だったら週末でいいじゃない」
次の日の朝、私の顔を見るなり美佳子が、
『今日、勝負下着買いに行こうね』
なんてニヤケながら言ってくるもんだから、昨日の公園での篤との会話を伝えたら、平然とした顔でそう言われてしまった。
……いや、だからね?
「だって、痛いの嫌だし。不安なんだもん。だから、週末は外で遊ぶ事にした。篤もそれでいいって言ってくれたし……」
「そんなの先延ばしにしたからって痛みや不安が消える訳じゃないと思うけど?」
「……………ぅ」
確かに。
そうかもしれないけど、やっぱり不安なものは不安だし。
「誰だって最初は不安だよ。私だって突然だったけどやっぱり不安だったもん。そういうのに興味はあったけど、実際そうなっちゃうと、私はどうなるんだろう?って。でもね、大好きな彼と一つになれてベッドの上で抱きしめられてた時は本当に幸せだったよ?」
「……幸せ」
美佳子のリアルすぎる話に若干頬を赤らめながら、篤と自分の姿に置き換えてみる。
篤の腕の中に納まる自分の姿。
――――加奈子、好きだよ。
なんて、篤が囁く。
……………。
うーっわ!はっ恥ずかしすぎるじゃない!!
ぼっ。と頬を真っ赤に染めると、美佳子がすかさずツッコミを入れてくる。
「加奈子、何妄想してんのよ。顔、真っ赤よ?」
うっ、うるさい!!今は私をそっとしといて。
それから美佳子に懇々とどんなに素晴らしい事なのかという説明を(人はそれをノロケとも言う)聞かされて、若干ではあるけれど(20度ぐらい)気持ちが傾いている私。
結構単純かもしれない。
でも、朝からあの話は……濃すぎる。
パンクしそうな程脳が張り詰めてる状態で、授業など頭に入る訳がなく、ボーっとしたままお昼を迎えた。
*** *** ***
今日は雨が降っているから、私と篤は屋上ではなく階段教室の一番上の隅っこで床に並んで腰を下ろして昼食を取っていた。
今朝の美佳子からの話が頭から離れなかったけど、いつも通りに接してくれる篤に幾分か気持ちも楽になっていた。
「あぁー、腹いっぱい。眠くなってきたぁ」
「えーっ。まだ午後の授業あるのに、そんな事言っててどうするの?」
「んー。昼休み終わるまでまだ時間あるじゃん。加奈子、ちょっとココ座って?」
篤は自分の足の間の床を叩きながら、眠そうな目で私の方を見る。
「え……どうして?」
「いいから、いいから。早くー」
そうせっつかれて、頬を赤らめながら渋々篤の足の間に移動する。
と、すぐさま篤は後ろから私を抱きしめると、そのまま自分の背中を後ろの壁に預けた。
「わっ?!あっ篤?何、突然」
「ん? こうして加奈子を抱きしめたまま眠ったらいい夢見られそうーって思って〜?」
「………寝る気か」
「ぶははっ!だって、腹いっぱいになったら眠くなって来たんだもん。加奈子も一緒に寝る?」
「寝るわけないでしょうが。もー、篤が寝たら暇になる。ねぇ、寝るの?」
「……ちょっとだけー」
そう呟いた篤はもう既に目を瞑っていて、軽い寝息すら聞こえてきそうで。
私は、もぅ。と、小さくため息を漏らしながら、抱きしめられちゃってるから身動きも取れずに仕方なく頬を篤の肩に寄せてみた。
鼻をくすぐる篤の香り。時折思い出したように私の髪を撫でるように動く篤の指先。額に感じる篤の頬の温もり。
私に触れる篤の全てが心地いい。
この腕の中で篤と一つになったら……私はどうなっちゃうんだろう?
美佳子は痛みや不安なんてかき消されるくらい幸せになったって言ってたけど。
ねぇ、篤もそう思う?
今よりも、もっともっと幸せな気分になれるのかな……
そう思いながらふと篤を見上げると、バッチリ視線が絡み合う。
「うわっ?!あっ、篤……起きてたの?」
「こんな状態で本気で眠れるわけないっしょ?ずっと加奈子に見惚れてた」
「みっ見惚れてたって……変な事言わないでよ」
狸寝入りだったのか、このヤロー。
恥ずかしいじゃない!ずっと篤に寄り添ってて!!
「うーわっ!加奈子、顔が赤くなっちゃってかっわゆぃ〜。んな照れなくてもいいじゃんか」
「うっ、うるさい!篤のバカっ!! もぉ、寝てないなら離れる!!」
私が慌てて篤の体から離れようとすると、逃すまいと彼の腕に力が入る。
「おっと、逃がさないよ?なあ、加奈子……キス、しよっか」
「え?」
言葉の意味を理解する前に、もう既に重なっていた唇。
篤の柔らかい唇の感触が伝わってきて、一気に自分の体温が上昇する。
何度重ねてもこのドキドキは無くならない。
啄ばむようなキスを繰り返されて、次第に頭がぼーっとしてくる。
篤の手が頬に移動してきたと思ったら、今度は自分の唇を何かが這う。
……………え、何?
一瞬戸惑いを見せると、そのまま何かが唇を割って中に入ってきて、それが舌先に何度も触れた。
え、何?え…へ?もしかして篤の舌?
わっ、わっ!何々……こんな、こんなキスもあるの?
ちょっと、知らないってこんなキス。
美佳子とかからも教わったことないぃ!!
どうすんの?どうすればいいの??
やだ…どうしよう。心臓が痛いくらいに高鳴って、体がどんどん熱くなっていく。
自分の口内を蠢き、何度も舌に触れてくるこんな初めてのキスに、私はどうする事も出来ずにただ翻弄されるだけだった。
長い長いキスの後、篤はゆっくりと唇を離すと、ぎゅっと私の体を抱きしめてきて、
「加奈子、好きだよ」
って、そう耳元で囁く。
私は篤の腕の中に真っ赤な顔で納まったまま、言葉を発する事が出来なかった。
こっ、呼吸の仕方……どうすんだっけ。
胸が苦しすぎる。
「……俺、ディープキスって初めてした」
ディ………何?
とりあえず、キスの一種だって事は分かったけど。
「あー、すげぇ……ドキドキする」
篤は照れ隠しのように、私の髪を撫でながらクスクスと笑う。
いや、ドキドキってもんじゃないでしょう?
私はバクバクと心臓が破裂しそうなんだけど……。
破裂しそうな程高鳴る心臓を何とか抑えようと必死になってる私。それを知ってか知らずか篤が私の首元に顔を埋めて抱きしめた腕に力を入れると更に追い討ちをかけるような事を言ってくる。
「加奈子……さっき加奈子がいいって言うまで全てを貰うのは我慢するって言ったけど……できれば早めにいいって言って?」
「はっ、早めにって……」
「じゃないと俺、爆発しそう」
え、何が?爆発って……何が爆発しちゃうっての?!