*一回だけでいいから!






夏休みも終り、本格的に受験に身を入れなきゃいけない時期に入った。

学校が終わると、夜遅くまで塾に通う毎日。

先生の方も、受験対策の為に様々な資料を作ったり、問題集を作ったりで連日帰りが遅い。

そうなると必然と先生と会える時間が少なくなる訳で。

カナリ私の中の欲求不満度が高くなってるんだけど。

いや、変な意味じゃなくて純粋に先生に会えないという不満度だよ?…って、誰に言い訳してるのかしら、私。

はぁ…ゆっくり先生と会いたいなぁ。

しかも、こんな毎日毎日勉強漬けじゃ、頭がおかしくなっちゃう。

最近の私の脳は許容範囲を大幅に超えて、そろそろ爆発しちゃうんじゃないかって思えてくる。

だけど、私の志望する大学は今の自分の偏差値の若干上を行ってるんだよね。

他の科目は全然OKなんだけど、足を引っ張ってるのが英語と言うから尚更頭が痛くなる。

自分の彼でもある先生が担当してる教科なのに…うぅ、泣きそう。

これでも随分と成績は上がったのよ?だけど、あと少し足りないのよねぇ。

先生も時間がある時は勉強を見てくれてるんだけど、そのあと少しが中々縮まらない。

「あー、もう!どうして単語も綴りも覚えられないかなぁ」

はぁ。と、大きくため息を漏らして、私は持っていたシャーペンをポンっと机に投げ落とす。

「ほーら。そんな投げやりにならないで。繰り返しやってたら自然と覚えるから、ね?千鶴」

「久し振りに先生とこうして2人っきりで会えてるのに、勉強ばっかでつまんない!」

「もー、千鶴はまたそういう事を言う。もう少しの辛抱でしょ?ほら、頑張る」

最近…というか、ずっと口癖のように言い続ける先生からの『もう少しの辛抱』って言葉。

もう少し、もう少しってあとどれくらい?まだまだ先じゃない?私にはまだまだ『もう少し』の先が見えないよ。

そう考え始めると、折角先生と久し振りに塾の帰りに彼の家で会えてるって言うのに、どんどん気分が滅入ってくる。

ぷー。と拗ねた子供のように頬を膨らませている私に苦笑を漏らしながら、先生が優しく頭を撫でてくる。

「ちーづーる?そんなに頬を膨らませたら、可愛い顔が台無しだよ?」

「可愛くなんてないもん」

「はぁ…仕方ないなぁ。ちょっとだけ休憩しよっか?」

「うん、する!」

「…即答」

私のあまりに早い返事に、クスクスと笑いながら先生がソファに腰掛けて、私に向かって両手を広げる。

「おいで、千鶴」

その言葉に、私はニパッと顔を綻ばせ、先生の膝に跨るように座り、彼の首に腕をまわすと、ふわっと彼の腕が私の体を包む。

あー、やっぱりこういう時間が一番幸せ。

私は銀縁のメガネの奥から、優しい眼差しを向ける先生に向かって、少し投げやりに呟く。

「もう勉強ばっかで頭がおかしくなっちゃいそう」

「受験生だから仕方ないでしょ?」

「そうだけどー。そのうちパンクするよ?私の頭」

「あははっ。俺も受験の時、同じような事を言ってた気がする」

先生はおかしそうに目を細めて笑いながら、私を包み込む腕で背中を優しく撫でる。

…この笑顔、好きなんだよねぇ。

「そういう時って先生はどうやって気分転換してたの?やっぱり友達と電話とか?」

「ん?それは無かったよ。そうだなー…ラジオ聴いたり、CD聴いて歌ったり…かなぁ。今みたいに学生の頃から携帯を持ってた時代じゃなかったしね?」

「そっかぁ。じゃぁ、こうして…彼女とかと会ったりとかは?」

ちょっと今の自分と重ねてみて、先生も学生時代の彼女とこうして勉強をしあったのかな、なんて気になって聞いてみた。

今まで聞いた事なかったけど。

「あー、俺男子校だったし、結構オクテだったからね。高校時代は彼女なんていなかったよ?」

「嘘だぁ。先生って学生の頃、モテたんじゃないの?」

「そんな、モテてないよ。そうやってすぐに千鶴は俺の事を嘘つき呼ばわりするね?」

こら。とでも言うように、先生が私の頬をうにっと軽く摘む。

「だって。絶対先生ってモテると思うもん。じゃあさ、じゃあさぁ。先生は彼女が初めてできたのっていつ?」

「んー、19かな。大学入ってからだから」

「へぇー。じゃあ、初体験は?その人と?」

「……そういうの聞いてどうするの?」

「どうするって…どうもしないけど。ちょっと聞いてみようかなって」

「千鶴はそういう事聞いて嬉しい?」

穏やかなんだけど、痛い所を突いてくるような先生の言葉に、一瞬口をつぐんでしまう。

嬉しい…訳はない。むしろ嫌かもしれない。

もう終わった事とは言え、先生が昔好きだった女の人の事を口にするのは…

「嫌…かも」

「でしょ?人は好きになった相手の事を何でも知りたいって思うけど、知らない方がいい事だってあると思う。俺にとっては過去の人は過去の人で今現在必要のないものだから、千鶴が俺の過去の人の事を知った所で何のメリットもないと思うよ?」

「そうだけど…やっぱり気になっちゃうもんだよ?先生はどんな人と付き合ってたんだろう、とか。先生はどんな人が好きなんだろうって。そういう事喋るのって嫌?知られたくない過去?」

「ううん、別に。千鶴が知りたいって言うなら全部話すけど…聞いても千鶴はちっとも楽しくないと思うよ?知りたいって気持ちは分かるけど、千鶴が嫌な気持ちになるのが俺は嫌だな。それでも聞きたいって思う?まぁ…これだけ言っておいて、俺の過去なんてそんな大したモノはないんだけどね」

そこまで言われると…なんか、聞きづらい。

私は、じーっと先生の綺麗な瞳を見つめてから、ううん。と、小さく首を振る。

「やっぱりいい。聞きたいけど、きっと聞いたら嫌な気持ちになっちゃうもん。ヤキモチ妬いちゃうもん、私」

「あー、でも。ヤキモチ妬いてもらえるのは嬉しいかなぁ」

「えー、どうして?」

「だって、それだけ千鶴が俺の事を好きだって証拠でしょう?もっともっと千鶴に俺を好きになって欲しいからね?」

「今も、すっごくすっごく好きだよ?」

「うん、ありがとう。俺も千鶴がすっごく好き…もっともっと好きになって行くから、千鶴にももっともっと好きになって欲しい」

「なるよ?先生がびっくりするぐらい、すっごい好きになっちゃうもん!!」

そう力強く言うと、それは俺のセリフ。と、先生は目を細めて嬉しそうに笑う。

「ねぇ、先生?」

「んー?どうしたの、千鶴」

「キス…して?」

彼の首にまわした手に力を入れて、ちょこんと首を傾ける。

「ん〜……そんな可愛い顔して言わないで。この体勢でキスなんてしたら止まらなくなるから。休憩じゃなくなっちゃうでしょ?」

「キスしたら、勉強頑張る。だからね、一回だけ、一回だけでいいから!」

「ちーづーるー」

「ダメ?」

精一杯自分の中で可愛らしくおねだりをしてみる。

先生がこういうのに弱いっていうの、最近知ったから。

「はぁ…俺が千鶴のそういう仕草に弱いの知ってるクセに。意地悪だなぁ」

「意地悪って…キスしてくれない先生の方が意地悪だもん!」

「じゃあ一回だけね?」

そう言って、先生は軽くチュッと音を立ててキスをしてくる。

むぅ…短すぎる!

「やだぁ!ちゃんとしてっ!!」

「ちゃんとって…ちゃんとしたでしょう?ほら、キスしたら勉強するって言ったんだから、本題に戻る」

折角久し振りにちゃんとしたキスをしてくれると思ったのに。

最近の軽いキスと同じように、短いキスに私の頬がぶぅっと膨らむ。

子供染みた我侭だって思われてもいい…ちゃんとキスして欲しいんだもん。

「もっとちゃんとしたキスじゃないと、勉強頑張れないぃー」

私は先生の足の上でくねくねと体を揺らしながら、キスをねだる。

と、先生は困ったような表情で私を見上げてきた。

「こっこらこら。その場所でそうやって体を動かさないの!こら、千鶴?」

「やだ。してくれるまで止めないもん」

「一回だけって言ったでしょ?千鶴の嘘つきー」

「あれは一回に入らないもん。愛情たっぷりの先生からのキスが欲しいぃ」

「いつも愛情たっぷりなんだけど…あぁー、もう。千鶴のバカ…もう知らないからね?あとで問題集たっぷり出すから覚悟しなさい」

先生はクッと私の体を抱き寄せて、熱く唇を重ねてくる。

「んっ…んっ…センセっ…」

「千鶴…俺だっていつもこうやって…キスしたいって思ってるけど、我慢してるのに」

「分かってる…分かってるけど…たまにはして…欲しいもん」

「こんなキスをしたら…この先も欲しくなるでしょ?千鶴を離したくなくなる」

貪るようなキスの合間に会話を交わし、また舌を浅く、深く絡め合わせる。

「離さないで…私も先生が…欲しいもん」

「……千鶴」

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