*「目、瞑れよ…」






健康的によろしくない、白く濁った煙が私の隣りでモクモクと広がる。

自社ビルの5階にある事務室には、同僚達はおろか所長の姿すらなく、私の他にただ一人の人物を除いて、みんな無情にも帰ってしまっていた。

そりゃそうだよね…だって、今は23時30分。

もう後30分で日付が変わってしまうんだから。

私は漂ってくる煙に訝しげに眉を寄せて、隣りに座る人物を睨みつける。


「ちょっと。煙たいんですけど…さっきからバカバカと吸い過ぎなんじゃないの?」

「仕方ねぇだろ…明日までにこの企画書と見積書を出さなきゃなんねぇのに全然まとまんねぇんだからよ」

「だからってねぇ!吸い過ぎだっつうの。あんたのせいでガンになったらどうしてくれんのよ!!」

「そん時は俺も間違いなくガンだから、一緒に死んでやるよ」


そういう問題じゃねぇだろっ!!


「あー、もぅ。大体ねぇ!なーんで私が隆志の仕事を手伝って残業までしなくちゃなんないのよ…こんな時間まで残業手当出ないんだからね?サービス残業よ?コレって」

「文句言うなって。俺の仕事はお前しかやらせらんねぇんだからさ。優里は特別って事で…有難く思え?」

「思えるかっ!!」


そりゃ。そう言ってもらえるのは内心嬉しいし、他の誰かがこうやって隆志と一緒に残業するって考えたら嫌だけどさぁ…こんな時間まで残業だなんて、また話が別でしょう?


カナリ大きな現場で、社運までもがかかりそうなこのプロジェクトに隆志が抜擢されて、その手伝いをさせられてる今の私。

フレンチのコースを奢ってもらっても割りに合わないわよ。絶対。


「なぁ。お前に任せた見積もりは、もう出来そうか?」

「まぁ…8割方できたわよ」

「さっすが。これだけの量をこの時間までに8割がた仕上げるとはやるなぁ?」

「あったりまえでしょ?私を誰だと思ってるの?」

「優里様様…っつう事で、コーヒー入れて」



……はぁぁ?



思わず素直に立ち上がりそうになって、はたと気付く。



「ちょっと…言い方間違ってるでしょう?コーヒーを入れて来てくださいませんか?優里様。でしょうが」

「へぇへぇ。コーヒー入れて来てぇ、優里ちゃん♪」


き…き…キモっ!!


似つかわしくない甘えたような声を出して、ギュッと抱きついてくる隆志に、ぞわぞわっと鳥肌が立ってくる。


「ちょっちょっちょっと!キモイからやめてよっ!!」

「んだよ…お前好みだろ?こういうの」

「あんたがやるとキモイの!だぁぁ。鳥肌が立ってるってば」

「恥を忍んでやってやったのに…」


誰もやれって頼んでないでしょうが。


私は、はぁ。と一つ息をついてから立ち上がり、給湯室へと足を運ぶ。

何だかんだ言って、結構動かされてる気がする今日この頃。

コーヒーの入ったマグカップを2つ手に持ち、再び事務所へ戻ると、ん!と言ってそれを隆志に差し出す。


「おー。サンキュー」

隆志は嬉しそうに椅子を反転させてそれを受け取ると、一口飲んで、はぁ。と息をつく。

それから、向かい合うように隣りに座る私の姿をマジマジと見つめてから、呟いた。

「なぁ。お前のそのスカートの丈。短くねぇか?」

「はぁ?短いって…規定のスカート丈だと思うけど」

どこ見てんのよ。と、吐き捨てながら、私もコーヒーを口にする。


「ほら。こうして屈めば…パンツ見えんぞ?」

「ちょっ、ちょっと!なにやってんのよ、変態!!」


チラッと上体を屈めてスカートの中を覗き込んでくる隆志に、慌ててコーヒーを机に置いて、バチンとヤツの頭を叩きスカートの裾を押さえる。


「ってぇな。何も殴ることねぇだろーが。俺が見る分には何の問題もねぇだろうがよ」

「あるに決まってんでしょ、変態!」

「なに今更恥ずかしがってんだよ。優里、顔真っ赤だぞ?」

「うっうるさい!!コレってセクハラ。訴えてやる!!」

「あははっ!どこぞのテレビみたいな事言ってんなよ。注意しろって言ってやってんだろ?」

「そんな事するのなんて、あんた以外いないわよ」

「バーカ。男なんてそんなもんだ。隙あらばで、狙ってるヤツは結構いるんだからな?こーんな、生々しく足を出してよ…」


隆志はコーヒーを机に置いて椅子を動かし、距離を縮めてくるとスカートから伸びている足に触れてくる。


「ちょっ…」

「そうやって怯んだ隙にキスされて…」

「んっ…」


クイッと素早く後頭部に手を添えて引き寄せられて、唇を奪われる。


「あっと言う間に…ココを刺激されたらどーすんだ?」

「やっ…ぁんっ…ちょっと、やめてっ」


隆志は唇を啄ばみつつ、早業のように足に触れていた手をスカートの中に忍ばせて、クイッと指先で秘部を撫で上げる。


「お前をこうしてやりたいって思ってる男は沢山いるんだからな?こんな事されたらどーすんだよ、優里」

「んっ…やめっ…されるわけないでしょ?バカっ」


必死で隆志の手を動かそうとしてもビクともしないヤツの手。

隆志の指先は私の秘部に刺激を与えたまま離れる気配がまるでない。

チュッ、チュッと唇を重ねる音を耳に感じてしまうと、次第に抵抗する力が弱まってきてしまう。


「隆志っ…ダメだって…ここ、事務所よ?会社なのよ?誰か…来たらどうする…のっ?」

「こんな夜中に誰が来るんだよ。警備員のおっさんの巡回時間まではまだまだたっぷりあるし?ちょっと一息、リフレッシュしようぜ」

「リフレッシュって…バカじゃないの?…あっ…やっ…んっ!」

「体は正直なんだけどなぁ、優里。ほら…もうこんなに濡れてんじゃん」


隆志は下着の上から撫でていた指を中に滑り込ませて、直接秘部に触れてくる。


ダメだってば、ホント…こんな場所で。


だけど、体は本当に正直で、隆志の指が動く度に恥ずかしいくらいに自分の中から蜜が溢れ出てくるのが分かる。


「優里。もう観念して目、瞑れよ…」

「…はぁ?…」

「目ぇあけたままキスする趣味でもあんの?」


そう言って意地悪く笑ってくる隆志を軽く睨みつける。


「変態」

「お前がな」

「なっ?!」


なんで、私が変態なのよ!

ちょっとその言葉、訂正してもらいたわね。


「お前さぁ。アブノーマル系がお好みなんじゃねぇの?」

「なっ…なによ、それ」

「この間、ラブホで手首を縛られてた時もすげー感度よかったじゃん?今もこんな場所で刺激されて、いつも以上に濡れてんだけど」

「しっ知らないわよ、そんな事!」


私は少し前のラブホの時の事を思い出し、真っ赤に頬を染めながら、ぷいっと顔を横に背ける。


「優里…可愛いよな、そーいうとこ。ほら目、瞑れって」

「やだっ」

「気持ちよくしてやるから。残業を手伝ってくれたお礼に」

「だったら、美味しいものとか奢りなさいよ!…こんな事じゃなくって」

「優里?俺も気持ちよくなりてぇんだけど…家まで我慢なんて無理」


バカじゃないの?なんて、悪態をついてみても何の抵抗にもならないようで。

少し動かせば再び唇が重なってしまう距離でそう囁かれ、観念したかのように自然に閉じられる私の瞼と同時に隆志の唇が重なった。


Next→



お題配布→『桃色手帳』






top HOME